008

 部屋で待っていると、いつもの控え目なノックをされる。



「どうぞ、開いてるよ」


「お邪魔します・・・」



 おずおずと九条さんが入ってきた。

 まぁね、もうすぐ年頃になる男女だからね、一対一だったら緊張するよね。

 安心しなさい、この紳士は手を出したりしないよ。死にたくないし。



「まぁ座ってよ」



 俺の部屋には何もない。

 備え付けのベッド、モニターと机のみ。

 机の上のアナログ筆記具がやけに目立つ。

 クローゼット内に申し訳程度の私服や制服の替えがあるくらいだ。

 だから他人を受け入れる設備がない・・・唯一、何故か持っていた座布団を床に敷いて座ってもらう。

 俺は椅子を反転して、背もたれに腕を乗せてリラックスした風の雰囲気を作り出す。



「何もなくてびっくりした?」


「えっと・・・はい。本当に何もありませんね。驚いてます」


「俺は無駄なものは持たない主義だからな!」


「その、御本も置いてないのですね? 電子書籍が中心ですか?」


「・・・そ、そうそう! 嵩張るのが嫌でさ!」



 遠い昔に「趣味は読書です」なんて言ったような記憶が蘇ってきた!

 クラスの自己紹介のときだっけ?

 つか、そんな昔のことよく覚えてんな、九条さん!

 読書趣味の奴は、物理的な本を読んでいる。

 覚えておこう・・・



「ふふ、ごめんなさい。緊張させてしまってしまいましたか?」


「ハハ、ソウナンダヨ! 可愛い女の子が部屋に来るなんて初めてだから!」


「!」



 掠れ声ー!!

 あ、やべ。またセクハラポイントか!?

 顔を赤くしちゃったじゃん。

 どーしよ。こういう時は話題を変える!



「と、ところで相談って。学校の話?」


「えっと、はい。部活動のことなのです」


「弓道部で? 何かうまくいってないの?」


「えっと・・・」



 何とか話題転換オッケー!

 ・・・だけど表情が暗くなっちまった。

 おい、結構、深刻な状況なのか?



「あの。きっと、わたしの態度や接し方の問題だと思うのですが」


「うん」



 一呼吸置きながら九条さんは言葉を繋ぐ。



「先輩たちからの接し方が、その、ちょっと辛くて・・・」


「・・・」



 ああ、とうとう遭遇してしまった。

 いじめ問題。

 相談するくらいなんだから、きっと状況は酷いのだろう。



「最初は軽い無視だったのです」


「うん」


「でも、最近は独りで片付けとか、弦の張替えとかさせられることが多くて・・・」


「他の1年生たちは?」


「基礎練習してることが多いです。わたしひとり、端で作業しているのです」



 う~ん、先輩からの風当たりが強いのか。

 九条さん、なまじ上手だから生意気に見えちゃったのかな・・・。



「その作業をさせてくる人は?」


「3年生の部長、橘先輩です」


「橘先輩、ね・・・」



 うん、知らね。

 もしかして最初の見学のときに会ってるかもしれんけど記憶にない。



「う~ん。その、物を隠されたり壊されたりってのは無いんだよね?」


「はい、そこまでは」


「そっか。でもひとりだけ風当たりが強いと嫌だよね」



 ふむ。

 まだ2か月程度だし、気に入らない程度の話なんだろう。

 本気で嫌だったらもっと過激になってそうだ。



「顧問の先生には?」


「ええと・・・わたしばかり作業させられていると話したのですが・・・」


「うん」


「張り替えやってくれて助かる、ありがとなー、くらいの軽いお返事だけで」



 顧問の先生ェ・・・。

 んー、つまり顧問が見ると、いじめってより部員たちの活動の形態の問題なわけか。

 そりゃ生徒は先生に気付かれないようにアレコレするだろうしなぁ。

 てことは、現段階で明確ないじめ証拠を掴むことも難しいと。



「先輩に直接、わたしばかり、って言ってみた?」


「・・・はい。でも、これは1年生の仕事で、1番余裕があるのがわたしだからって」


「そっか。先輩、嫌がってるのに分かってくれてねぇなぁ」



 分かった上でやってるんだろうけど。

 とすれば・・・元凶の橘先輩に直談判するしかないか。

 九条さん本人からだと、はぐらかされたり強弁されたりするだろうから・・・。



「俺がその橘先輩に話をしてみるよ」


「え!? さすがに部外者の京極さんには・・・」


「俺は相談を受けた当事者だぜ! 部外者じゃねぇ!」



 ババっと立ち上がり、偉ぶって自分を指差す。ちょっとアホっぽい雰囲気をワザと演出した。



「・・・ふふ。やっぱり京極さんですね」


「ん? やっぱり?」


「いえ。何でもありません」



 また何か思わせぶりな・・・。

 ま、これだけ一緒に行動してりゃ、冗談のひとつふたつ言うようになるか。

 俺も寝過ごしたりして大概だしな。



「折を見て弓道部に行くからさ。しばらくは我慢してて」


「わかりました」


「もし辛いなら部活休んでも良いんじゃないか? 少しくらいなら用事って誤魔化せるだろ」


「そうですね」


「よし! この話は終わり!」



 ぱん、と拍手して立ち上がり、俺はフローリングに座った。

 九条さんと同じ目線になる。



「今日のオリエンテーリング、九条さんはどうだった?」


「えっと。わたしのパートナーは、1組の花栗さんという方でした」


「うまく回れた?」


「はい! とても良い方でお友達になりました!」


「お! いたじゃん、友達になれる人!」



 気分も話題も変え、時間の限り雑談をした。

 嫌な話はさっさと忘れるに限る!

 愚痴を言いたくなったら、また来ても良いよと逃げ道を用意しておいて。

 俺は大人の対応で九条さんの相談を終えた。



 ◇



 今回の九条さんの問題を俺が解決する必要があるのか。

 一人になってからしばらくそのことを考えていた。

 目の前のいじめは見逃せない、それは間違いない。

 これは俺のアイデンティティの問題だ。

 いじめは許せない。

 息子が学校でいじめを受けたとき、親の無力さ、遣る瀬無さは痛感した。

 だから、当事者に近い立場であればあるほど見逃せない。

 何としてでも止める。


 だが彼女は俺が何もしなくても無事に高天原へ入学するはずだ。

 そうしないとラリクエが始まらないのだから。

 ゲームパッケージの一番前で大きく描かれている九条 さくらが開始前にドロップアウトとか、何の冗談?ってことだ。

 このいじめイベントは彼女が過去に乗り越えたものだと思う。

 もしかしたらゲーム本編でトラウマとしてあった彼女の自信の無さを生じさせた事件かもしれない。

 そうすると助けることで性格が変わってしまうことになる。

 

 俺が手を出すことで物語に狂いが生じないかという問題もある。

 高天原で俺が知っているストーリーが展開されるのであれば各種イベントに介入しやすい。

 だが俺の知らない話になると主人公たちをコントロールして魔王へぶつけることが難しくなる。

 今はまだゲームと同じ流れになると信じたい。

 俺は大きくは関わっていないからだ。


 彼らに深く関わって既存ルートを変えてしまうのは攻略という視点からは良くないはずだ。

 ラリクエの最後の戦いは主人公6人全員で部隊を組んで挑む。

 ゲームではどのようなパートナーの組み合わせになっても全員の部隊で挑まないと勝てないからだ。

 なにせ彼らはこの世界で人間離れしたAR値を保持している。他人には代替できない。

 ひとり欠けるだけでも厳しい。全員参加が必須なのだ。

 


「あー・・・どうすっか・・・」



 攻略ノートを眺めながら俺は悩んだ。

 メインヒーロー、ヒロインの6人の情報を読む。

 各メンバーの攻略ルートを追ってみても各々の性格が絡み合っている。

 彼女に影響を与えるイベントを変えるわけにはいかない。



「・・・九条さんには悪いけど・・・」



 九条さんの陰りのある顔。

 息子、剛の陰りのある顔。

 ふたりの苦しんだ顔が重なる。

 ・・・俺は・・・見逃せるのだろうか・・・。

 その痛みを知っている俺は・・・。

 どうすれば良いんだ・・・。


 結局、その日に結論が出ることはなかった。

 ただ方針だけは決めた。

 出来ることはやっておく。

 手を出すかどうかは最後まで判断を留保する。

 AR値と同じく先送りにしたのだった。



 ◇



 オリエンテーリングから2日後。

 俺は飯塚先輩(リア研の部長だよ!)に部活を用事で休むと伝え運動部の部活棟へ来ていた。

 何はともあれ敵情視察。彼を知り己を知らば百戦危うからず。

 手を打つ方法までは押さえておこうという算段を立てるための下見だ。


 弓道場は和建築になっているため外から木窓の隙間を使って覗くことができる。

 ・・・女子が多い部活を覗くこの絵面、かなりヤバい。

 俺は13歳の中学生だから、いざ見つかったときに魔が差してで何とかできるけど・・・。

 中身はおっさんが覗いてるわけだから完全にアウトだ。

 つまり見つかったら俺は自分が自分を許せなくなる。

 いやこれって既にアウト・・・?

 って、そんなことはどうでも良いんだよ!

 九条さんのための下調べだ!

 誰も不幸にならなきゃ悪ではない!(開き直り)


 弓道場を覗くと前に九条さんが説明したとおりになっていた。

 俺から見て奥のほうで、九条さんはひとりで弓具の手入れをしている。

 何だありゃ、10本近くあるぞ・・・ひとりでやる量じゃなさそう。

 あれじゃ練習できないよな。そりゃ文句のひとつも言いたくなる。


 一方、その隣で巻藁をやっているのは1年生っぽい。

 身長や動きの拙さで分かる。

 彼らは傍観者だろうからキーマンではない。

 で、こちら側にいる数人が2年3年の部員だろう。

 あ、あの人は見学の時に説明してくれた人か。

 見覚えのあるポニーテールだ。

 吊り目で鋭い視線。悪役令嬢っぽい顔付き?

 ・・・人に指示してたりする様子を見るに、もしかして彼女が橘先輩か?

 道衣に名前があった。間違いない。

 そうか、あの面倒見の良さそうな人が・・・見かけによらないというか。


 様子を見ていると合間に話をしている声を聞き取ることができた。

 「もっと真面目にやりなさい」「手を抜いてるでしょ」。

 あれ、同輩に対しても厳しいお言葉。

 なんかいじめる人の言葉じゃなさそうだけど・・・。


 そう思っていたら「九条、いつまでかかってるの! 弓2本持ってきて」と言いつけていた。

 他の部員たちがその光景をニヤニヤして見ている。

 持ってきた九条さんに「あなたが遅いせいで練習が出来ない」と目を吊り上げて文句言ってる。

 ああ・・・これか。これだな。

 なるほど、傍から見れば練習の風景だな。いじめと断定はできない。

 けれどもこれが毎日となると気持ちを削ぐだろう。

 きっとこれが続いているんだろうな。こりゃ辛い。

 状況を把握した俺は覗くのを止めた。

 少し離れた場所で考えることにした。


 ・・・さて。どうするか。

 見た感じ、九条さんと橘先輩をフェアな状況で話し合いさせるのが解決の近道だろう。

 たぶんお互いにすれ違ってるだけな予感がするから。

 だけどそこまで手を出すと俺が解決させてしまう。それは良くない。

 けどなぁ・・・下手に転ぶと陰湿ないじめになりそうな状況でもある。

 九条さんが気丈なおかげでバランスを保ってるだけだろうし。


 ちょっと橘先輩とサシで話をしてみるか・・・。

 その後のアクションはそれから考えよう。

 橘先輩がひとりになるまで俺は待つことにした。


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