第19話 異なる能力の強化人間

「なんだ、あいつら、一体どこに隠れたんだ?」

 クリスは、オスカーが次々に立ち上げるモニターに視線を合わせ、テロリストたちの会話に耳を澄ませていた。それがそのままマコトに伝わり、彼を有利に導くはずだ。

「船内カメラで確認できないのか?」

 オスカーのボヤキにユルゲンが反応する。

「さっきまで廊下にいたのは見えたんだが」

 オスカーは苛立たし気に爪を噛んだ。

「くそっ、役に立たないカメラだな! 設置台数が少なすぎる。死角だらけじゃねえか」

 オスカーの文句を聞いて、偽イリーナは船内カメラで現場の情報を収集することに見切りをつける。

「仕方ない。先にエアロックの修理よ! 兵士たちを船内に入れてしまえば、害虫どもが騒い

でも気にする必要がなくなるわ。見つけたら踏みつぶせばいいだけよ」

 当初の予定では、先にマコトたちを片付けて、それからエアロックの修理を行う予定だった。

 だがマコトたちは廊下におらず、監視カメラでも居場所を特定できない。かくれんぼに無駄な時間を費やすことをテロリストたちは嫌った。

「つまらん、ただ機械を修理するだけならオスカーをよこせばよかろう」

 偽イリーナの指示を聞いた途端、クラウスが不機嫌そうに返信してきた。

「はぁ、クラウスの旦那は、まっきりやる気がなくなっちまった」

 よほど酷い態度なのだろう。トミーが愚痴をこぼす。

「オスカーをコントロールルームから動かすわけにはいかないわ」

 偽イリーナの冷たい声にかぶせて当のオスカーがさらにダメを押す。

「クラウスにとっては悪い知らせだ。そこにいた奴らは連絡ロビーに降りたらしい。中央エレベーターの運行ログと連絡ロビーのカメラをチェックすると、そういう結論になる」

「そいつはどうも」

 トミーの投げやりな返事が返ってきた。

「どうだ、エアロックの様子は」

 現場のモチベーションを無視するかのようにユルゲンが状況を確認する。

「エアロックの操作パネルは、うんともすんとも言わないな」

 また、トミーの声だった。仕事をしているのは、もっぱらトミーらしい。

「操作パネルに何かランプは点いてるか?」

 オスカーが船内カメラのチェックにケリをつけ、修理作業の後方支援に専念しはじめた。

「何も点いていない。真っ暗だ」

 トミーは残念そうに応える。

「電源がカットされてるみてぇだな。周囲に分電盤とか、EPS室とかねぇか?」

 機械設備関係の技術者だと思われるオスカーがいきなり核心に迫る。マコトは緊張に身を固くした。

 実はマコトが隠れていたのは、先ほどサムが中に入って作業していたEPS室だった。

 とっさに隠れることが可能な場所として、ほかに思い浮かばなかったからだ。

「なんだEPSって?」

「Electric Pipe Shaft(エレクトリック・パイプ・シャフト)またはElectric Pipe Space(エレクトリック・パイプ・スペース)の略だ。普通、扉にEPSって書いてある」

 トミーは電気設備関係については素人らしく、オスカーに頼り切っている。

 二人の会話を聞きながら、マコトはEPS室に隠れたことを後悔した。

 発見されたら、どこにも逃げることができない。こちらから討って出るしかなくなる。

 せめて奇襲が成功することを祈るばかりだ。

 血を拭ったヘルメットの中に自分の呼吸音が充満していく。一人きりで、とても心細い。

 マコトは自分を落ち着かせるように深呼吸すると、ゆっくりと刀を鞘から抜いた。

 鞘は腰のカラビナに下げている。

 刀身を顔の前に立て、両手でしっかりと柄を握りしめた。

 心臓が別の生き物のように胸の中で跳ねまわり、口から飛び出しそうだ。

「おう、これか! 扉にEPSって書いてある」

 扉の向こうからトミーの声が聞こえた。

 カチャリと、ロックの外れる音がする。

 宇宙船仕様のEPS室の扉は気密扉になっており、分厚く丈夫だ。

 その重量にふさわしく、扉はゆっくり開く。

『やるしかない!』

 通路にあふれるまばゆい光が真っ暗なEPS室に流れ込み、マコトの眼の奥を刺激した。

 正面に、例の黒い簡易宇宙服姿の長身の男の存在が確認できた。

「はっ?」

 トミーが妙な声を上げるのと、マコトが裂帛の気合とともに手にした刀を突きだしたのは、ほぼ同時だった。

「ごっ」

 トミーの口から息が洩れ、マコトは信じられないほど硬い手ごたえを感じた。

 刀は、トミーの胸、心臓や肺のある辺りに切っ先がめり込み、簡易宇宙服のジャケットを傷つけていたものの、肉体に刺さった感触はなかった。

『しまった。簡易宇宙服の下に防刃服を着ているのか!』

 瞬時に判断したマコトは刀を返し、喉元に突きを放った。

 しかし。

「殺す気満々だな。おまえ」

「嘘だろ」

 確かに刀の切っ先はトミーの喉元に食い込んでいた。

 だが、刺さらなかった。

 トミーの咽喉には傷一つない。切れ味が鈍いはずがなかった。先ほど、マコトの電磁警棒の金属部分を苦も無く切り飛ばした刀だ。人間の身体など軽く切り裂けるはずだった。

 身体中から血の気が引く。

「なんだ、随分と驚いた顔をしてるな」

 トミーは下がらない。だから、マコトはEPS室から出ることができなかった。

「俺はニコライとはデキが違う。刃物など通じんよ。ついでに言うと、お前が自動小銃を持っていたとしても、俺の身体には傷一つ付けられないだろうな」

 長身で猫背のトミーは不敵な笑みを浮かべた。彼はそういうタイプの強化人間らしい。

 皮膚が異常に丈夫で大抵の攻撃を無力化してしまうのだろう。

「クラウスの旦那。俺の獲物だ。手を出さないでくださいよ」

「わかった」

 トミーの後ろにいるクラウスが、つまらなそうに腕組みしている様子がマコトの視界に入る。

 マコトは急速に気力が衰えていくのを感じていた。この状況では逃げることはできない。

 おまけに目の前の敵はマコトが持っている刀ではダメージを与えることができないのだ。

「さて、刀で斬られたら痛いんだぞってことをお兄さんが教えてあげるとしようか」

 トミーは、EPS室の扉を完全に開け放つと、腰に下げていた刀を鞘から抜き放ち、フェンシングのように構えた。刀を使ってマコトのことを切り刻もうということらしい。

 マコトは奥歯を強く噛みしめた。

 そして、防御のために自分の刀を自分の身体の正面に構える。

 できるかどうかわからないが、できるだけ耐え忍んで時間を稼ぐしかない。そう思った。

 うまくいけば、サムが応援を連れてきてくれるかもしれない。それだけが心の支えだ。

「そら!」

 トミーが右手に握った刀の切っ先が煌めく。

 マコトは身体の正面に構えた刀で、その切っ先をはじき、軌道を変えた。

 金属音が響く。

 切っ先は矢継ぎ早に繰り出されたが、マコトはギリギリでかわし続ける。

「おっ、生意気だな。お前」

 トミーは右手を伸ばし、刀を片手で握るフェンシングのようなスタイルだったが、正直、マコトは彼の剣術が優れているとは思わなかった。フェンシングはスピードが信条であるはずなのに、攻撃に鋭さが欠け、動きも読みやすい。

 しかも、マコトを弄ぼうという意図があると見えて、先ほどのニコライのような相手の心を削る殺気もなかった。

 マコトの心に多少、余裕が生まれた。

 しかし、こちらの攻撃が通らないことには、そのうち傷を負わされ、反応が鈍ったところでジワジワと切り刻まれていくことが確実だ。

 マコトは必死でトミーの攻撃をかわしながら相手にダメージを与えることを考えていた。

「おらっ!」

 ひときわ鋭い攻撃がマコトを襲い、マコトは間合いを取ろうとして、背後のケーブル類にぶつかった。

「うっ」

 辛うじてトミーの切っ先はかわしたものの、ちらりと背後を見やって冷や汗をかいた。

 サムが『危ないから触るな』と口を酸っぱくして言っていた黄色い皮膜の高圧ケーブルがマコトの背中のすぐ近くにあった。トミーの刀で被膜が傷つき、そこにマコトが触れれば大変なことになる。まさしく、前門の虎、後門の狼の状況だ。トミーの刀に切り裂かれて死ぬか、感電死するかは時間の問題に思える。

「ほらほら!」

 マコトの焦りを感じ取ると、トミーは嵩にかかって攻撃の手数を増やした。

 はやくサムが応援を連れて来てくれないだろうかと、トミーの攻撃を必死でかわしながらマコトは弱気になっていた。

『旅に出たら、俺たちは外部に応援を依頼することができなくなる。俺たちだけの力で何でも解決しなくちゃならないんだ』

 再びダルの言葉がマコトの脳裏に蘇る。その言葉に『わかってますよ』と応じたことも。

 マコトは、ギリっと奥歯を噛みしめた。

 切り刻まれるのも感電して黒焦げになるのも願い下げだとマコトは強く思う。

 そして、この窮地を打開する、ある考えを閃いた。

「随分、へたくそな攻撃だな」

 突然、マコトはトミーを挑発した。

「あ?」

 一方的にいたぶっているはずの相手が自分を見下していることに気付き、トミーは静かに怒りを沸騰させた。

「さっきの奴の攻撃の方が遥かに鋭かった。剣術をやっていて、お前くらい下手くそな奴を僕は知らない」

 ある意味、真実でもあったので、マコトの言葉は深くトミーの心を抉った。

「ほう」

 通路の向こうでつまらなそうに腕を組んでいたクラウスがマコトのセリフに興味を示す。

「よく言った。二度と生意気な口をきけないようにしてやる」

「刀はあきらめて、銃でも使うか?」

 マコトはトミーを見下したように揶揄した。

 銃を持っていないのは知っていたが、攻撃方法を変えさせないための発言だ。

「串刺しにしてやる」

 それは、マコトの望み通りの反応だった。

 しかし、これでしくじったら元も子もない。天国でダルに笑われてしまうだろう。

 トミーは呼吸を整えると、刀を大きく引き、力をためた。

 今までのような小手先の突きではなく、強烈な一撃を放とうとしているのは明らかだ。

 マコトは息をのんだ。

「死ねぃ!」

 鋭い踏み込みとともに、今までとは比べ物にならない鋭い突きが放たれた。

 マコトの刀がトミーの刀を弾く。

 二人の刀は甲高い金属音を響かせた。

 凶悪な切っ先はマコトの右肩をかすめ、背後の壁に到達する。

 マコトは身体を沈めトミーの左脇をすり抜けようとした。

 背後で火花が散り、マコトは衝撃で弾き飛ばされる。

 トミーは右手で刀を握ったまま、激しく痙攣した。

 刀はマコトの背後の高圧ケーブルの被膜を切り裂いている。

 トミーは周囲に火花を撒き散らしながら、身体から煙のような水蒸気を発生させた。

 彼はしばらく立ったまま痙攣していたが、やがて皮膚が黒く変色し、枯れ木のように崩れ落ちる。

「ほう、高圧ケーブルとはな。狙ったのか」

 仲間が目の前で死んだというのにクラウスは冷静そのものだ。

「さぁ、どうだろうな」

 マコトは、それだけ答えるのがやっとだった。EPS室から転がり出て、肩で激しく息をしている。

 クラウスの強さはよく知っている。

 EPS室から脱出できたのだから、このまま逃げるのもありだとマコトは内心思った。

 見逃してくれればという条件付きであるが。

「おまえ、ひとりなのか?」

 クラウスとマコトの距離は、三、四メートルというところか。

 マコトはクラウスから目を離さないように立ち上がり、ゆっくりと刀を身体の正面に構え、切っ先をクラウスに向けた。逃げることも選択肢に入れていたが、どうやら逃げられそうにない。

「答える必要があるのか」

 マコトは厳しい視線をクラウスに向けたが、マコトを見るクラウスの視線は不思議と暖かい。

「刀一本で、ここを守ろうという覚悟は大したものだ」

 クラウスは組んでいた腕をほどき、ゆっくりとマコトに近づいてきた。

 腕は丸太のように太く、胸板も厚く、筋肉は岩を削って作ったようだ。

 とんでもない威圧感に、マコトは気圧され、じりっと後ろに下がる。

「刀は使わないのか?」

 コントロールルームでのやり取りで知ってはいたが、マコトは時間を稼ぎたかった。

「俺には必要ないからな」

 間合いが詰まる。マコトの刀の間合いに入った。

 背中を向けて逃げるという危険を冒す選択肢は、マコトになくなる。

 ならばやることは一つだ。

「!」

 飛び込むように面を打つ。

 丸太のような腕が半円を描いた。

 硬いゴムでも叩いたような衝撃を感じ、マコトの身体が横に流れた。

 受け流されたのだ。

「ちっ」

 体勢を崩しながらも、刀を横に払う。

 刀は硬い腕で叩き落され、マコトは必死で体勢を立て直す。

 やはり刃物は通じない。

 しかもクラウスは改造された肉体に頼っているだけではなかった。体さばきもとんでもないレベルだ。

「太刀筋はいいな。しかし」

 クラウスは一気に間合いを詰めてきた。

 マコトは電光石火の突きを繰り出す。

 読んでいたようにクラウスの上体が後ろに流れる。

 マコトの突きは空を裂き、クラウスの横蹴りがマコトの腹部にカウンターでヒットした。

 かわす動作と攻撃姿勢が一体となった見事な動きだ。

「がっ」

 マコトは刀を握ったまま遥か後方の通路の壁に叩きつけられた。脳みそが頭蓋骨の中でシェイクされ、横隔膜が痙攣して息が止まる。肋骨が砕けたこともマコトにはわかった。

「無謀なバカは嫌いじゃないが、手ごたえのない奴をいたぶる趣味はない。死にたくなければ引っ込んでろ」

 ズルズルと床に崩れ落ちるマコトをしり目に、クラウスは悠然とコントロールルームとの通信を開始した。

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