第17話 最初の戦い
エアロックは二カ所あったが、先に壊すのは評議員のプライベートロケットが接続している方だ。通路に面して設けられたEPS室の扉を素早く開け、サムがその中に入る。
EPS室は、人一人が何とか入れるくらいのスペースで、黒や黄色、赤や青といった様々な色の被膜のケーブルが、きれいに結束されて、壁一面を埋め尽くしていた。
マコトは通路側に残り、周囲を警戒する役回りだ。
「急いで、急いで」
「うるせえな、黙ってろよ」
できれば、テロリストに気づかれることなく作業を終え、撤収したい。
マコトは気が気ではない様子だ。一方、サムはマコトを振り返ることなく作業に集中していた。
マコトが強引に気持ちを落ち着けてサムの手元見ると、縦に何本も走るケーブルの中に、先ほどの作業の際、迂闊に触るなとサムが注意を促した黄色い皮膜の太いケーブルが中央に設置されているのが目に入る。
「ここにも高圧ケーブルがあるんだ。この高圧ケーブルはどこに通じてるの?」
「スペースポートだ。で、お目当てのエアロックの扉に給電しているケーブルはコイツだ」
サムは言うと同時に絶縁用の手袋に握ったニッパで、黒い電源ケーブルを断ち切った。
マコトは安堵し、踵を返す。
「お前、何をやっている!」
その瞬間、怒声がマコトの耳を打った。
電撃に撃たれたように体が縮みあがる。
背中に冷たいものを押し付けられ、胃を鷲づかみされているようだ。
肩幅が広く、屈強な雰囲気のニコライが、大股でマコトの方に歩み寄ってくる。
マコトは奥歯をかみしめて、必死で恐怖を抑えつけた。
そして、『お前ら』ではなく『お前』と一人称で呼び掛けられたことに気づき、サムを背中に隠すように電磁警棒の先端を相手の喉元に向けて右手で構え、一歩前に出た。
「お前だな。連邦宇宙軍に連絡したのは」
ニコライは表情も声のトーンも変えなかった。よほど修羅場慣れしているのだろう。
「そうだとしたら?」
マコトは首の後ろに倒していたヘルメットを被った。
ニコライを睨みつけ、緊張で手が震えそうになるのを必死で我慢する。
「ふざけやがって、切り刻んでやる」
マコトを侮ったニコライはヘルメットを被ることなく、無造作に刀の鞘を払い、波打つ刃文の禍々しい刀身をマコトの眼に晒した。そして、鞘を後方に放り投げる。
「お前の負けだな」
マコトは咽喉の渇きを感じながらも、ニコライを挑発した。敵対する相手に大言を吐くなど、マコトらしくない。
ただ、このときのマコトは、勝つためには何でもするつもりだった。
「なんだと!」
「昔、剣の達人が鞘を投げ捨てた相手に言ったそうだ。刀を鞘に戻す自信がないから鞘を捨てたんだろうとな」
「馬鹿が!」
ニコライは右肩に刀を担ぐよう右手を振りかぶると、雄叫びを上げながら一気に距離を詰めた。凄まじい気迫がマコトを圧する。
マコトは思わず後ずさりしそうになった。
しかし、ここで引いたら、わざと怒らせて冷静さを失わせた意味がなくなる。
「おぉ!」
マコトは雄叫びを上げると、床を蹴り、ニコライに向かって突進した。
余計な動き一切なしで、電磁警棒による突きをニコライの喉笛に向けて放つ。
相討ち覚悟の一撃だ。
ニコライの刀が振り下ろされ、一瞬遅れで空気を切り裂く音が周囲に響いた。
マコトの電磁警棒の先端が切り飛ばされる。
「えっ?」
ニコライの動きはマコトの予想外だった。
電磁警棒を狙うのではなく、マコトを袈裟懸けに斬り付けるものと思っていたのだ。
おかげでマコトは負傷を免れたが、ニコライに手傷を負わせることにも失敗し、獲物が短くなった。攻撃間合いが短くなったのは正直とても痛い。
続いて、いったん振り下ろされたニコライの刀が床付近から跳ね上がった。
重い真剣を使っているので、馬鹿げた膂力がないとできない動きだ。
刀の軌道上に、突きのため伸びきったマコトの右肘があった。
簡易宇宙服の機能を有する制服だが防刃機能はない。
「くっ」
マコトは床を蹴りつけ、横に飛ぶ。
ニコライの刀は空を切った。
マコトが胸をなでおろす暇もなく、ニコライは距離を詰め、空を切った刀を再度振り下ろす。
マコトは何とかこれもかわしたが、反撃には移れなかった。
意外なことにニコライの間合いの取り方は、攻撃一辺倒ではなかった。
見た目と違って慎重な剣さばきだ。
マコトはサムがいるEPS室からニコライの視線を外すため、大きく横に回り込み距離を取った。
そして、短くなった電磁警棒を正眼に構えながら注意深くニコライを見据える。
「だいぶ短くなったな。その様子じゃあ電撃も出ないだろ?」
刀を右肩に担ぎながら、ニコライは余裕の笑みを浮かべた。
マコトの乏しい攻撃力すら殺いでいくのがニコライの戦術らしい。
そのニコライの背後に、バールを手にしたサムがEPS室の扉の陰から出てくるのが見えた。
しっかりとヘルメットを被っている。
マコトは気取られないように表情を消した。
そして、サムを支援するための偽りの攻撃の気配をニコライにぶつける。
「この!」
ピクリとニコライが反応した瞬間、サムは釘を抜くための尖った部分をニコライの頭部に向け、横殴りに叩きつけた。
ニコライはマコトを侮ってヘルメットを被っていない。当たればタダでは済まないはずだ。
「ふん!」
しかし、ニコライはマコトを見据え右手に刀を握ったまま、左手でバールを受け止めた。
マコトの踏み込む隙ができない。
ニコライは力任せにバールを引き、サムはタタラを踏んでニコライに引き寄せられる。
ニコライの横蹴りがサムの腹部を襲い、サムは通路の壁に叩きつけられた。
「サム!」
サムはうめき声をあげて床に崩れる。常人とは思えないパワーだ。
どうやらニコライも肉体を強化しているらしい。
「薬でも使っているのか!」
「俺たちは神に選ばれし戦士だからな。普通の人間だと思わない方がいい」
マコトの怒りに満ちた抗議に対し、ニコライは不敵な笑みを浮かべた。
ニコライの背後でサムが腹を押さえながら、よろよろと立ち上がる。
眼の光は失われていない。致命傷は負わなかったようだ。
「偉そうに。ただの人殺しだろうが!」
マコトの叩きつけた侮蔑の言葉に、誇らしそうだったニコライの顔が怒りに歪む。
「神の御加護もわからん、有色人種が!」
ニコライは再度刀を右肩に担いで構えると、必殺の一撃をマコトに叩きつけるべく気を貯める。気のせいか身体が膨れ上がったように見えた。
マコトの電磁警棒は斬られて短くなり、先ほどよりも条件は悪くなっている。
『何とかするんだ! 俺が!』
マコトは必死で自分を鼓舞した。
『お前は決して弱くない。気持ち次第だ』
ダルの言葉が脳裏に蘇り、マコトを後押しする。
集中力を高めていく。
ニコライが咆哮した。
先ほどと同じ。
マコトは無駄のない動きで片手突きを繰り出す。
小細工はしない。
しかし、気持ちがマコトを加速させた。
ニコライは先ほどのように電磁警棒を狙うのではなく、マコトの首筋から脇腹に向けて袈裟懸けに斬り下ろすべく間合いを詰める。
「くそが!」
そのタイミングでサムがニコライの腰にタックルした。
マコトに向かって集中力を高めていたらしく今度はサムの攻撃をかわすことができない。
ニコライのバランスが崩れた。
先端が破損し、斜めに尖った電磁警棒がニコライの喉に吸い込まれる。
電磁警棒の先端がニコライの首に深々と突き刺さった。
頸動脈が裂けたらしく、鮮血が噴水のように噴き出す。
ヘルメットのフロント面が鮮血に覆われ、マコトの視界は赤く染まった。
ニコライの膝が崩れ、仰向けに倒れる。
そして、ピクリとも動かなくなった。
マコトの右手は硬直し、痙攣し始めた。
血まみれの電磁警棒を握ったままだ。
マコトは、ゆっくりと後ずさり、ヘルメットを後ろに倒すと、尻餅をついた。
膝がわらっている。
マコトは息が苦しいと思った。
「こ、殺した。ひ、人を」
マコトはガクガクと震えだした。
そのマコトに腹を押さえたサムがゆっくりと近寄る。
「仕方ないだろ。やらなきゃ、こっちがやられていた」
サムの言葉を聞いてもマコトの震えが収まることはなかった。
腕の筋肉が痙攣と硬直で言うことを聞かなくなり、血にまみれた電磁警棒に張り付いた指を離すこともできない。
サムは頭を振ると、床に落とされたニコライの刀と、投げ捨てられていた鞘を拾った。
「お前が持ってろ」
サムは刀を鞘に納め、マコトの目の前に差し出した。
「えっ?」
マコトは恐怖に震える目をサムに向けた。
「お前の方が、うまく使えるだろう。その電磁警棒はもうダメだ」
サムはマコトが握りしめている壊れた電磁警棒を顎で示した。
「それに、奴ら、また来るぞ、これで終わりじゃないからな」
マコトは強烈な吐き気に襲われ胃が激しく痙攣したが、何も吐き出すことはできなかった。
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