第9話 お客さんのお出迎え

 宇宙港に隣接するエリアの内装は全てクリーム色に統一され、天井全体が温かい光を放っている。そのフロアには二基のエレベーターと非常階段を取り囲むように幅四メートル程のドーナツ状の通路が設けられていた。エアロックはドーナツ状通路の外側、二か所だ。

 イグナチェンコ評議員が所有するデルタ翼のプライベートロケットは直径数百メートルの宇宙港中央に設置されたエアロックの片方に横付けし、マコトたちは該当のエアロックの船内側の扉の前で待機していた。

 いくらお偉いさんの視察とはいえ、外部の人間を船内に入れるにあたっては、セキュリティの確保や検疫を目的としたいくつかの手順を踏む必要がある。

 船長に付き従って宇宙港(スペースポート)の検疫所兼エアロックの前までやってきたのは企画調整担当という名の何でも屋のマコトとクリス、そして、警備の意味合いで自警団のダルとアイーシャだ。

 ちなみにマコトは自警団の意味合いも兼ねている。そして、自警団のメンバー三人は腰に長さ五〇センチほどの銀色の電磁警棒を提げていた。

「今日の夕食ですが、何時頃お邪魔すればよろしいでしょうか」

 マコトの背後に立つアイーシャが隙間時間を利用して自身の横に立つダルに小声で話しかけていた。午前中にダルが約束した仕事終わりのインド料理を随分と楽しみにしているようだ。ダルは一瞬考え込むような素振りを見せた。 

「よく考えたら、今日はいろいろあるから定時に仕事が終わるとは限らんよな。なぁマコト、そっちは何時ごろ終わりそうだ?」

 アイーシャに比べて随分と大きな声でダルがマコトに話しかける。クリスが怪訝な表情を浮かべマコトを見つめた。

「お客さんを第四街区のリゾートホテルに案内するのが今日最後の仕事になると思いますから、ダルの家に辿り着くのは早くても十九時くらいかと」

 マコトはクリスの視線を気にしながらも正直に答える。

「そうか、アイーシャと一緒に来てもらおうと思ったんだが」

「私、コントロールルームで待ってますから大丈夫です」

 アイーシャがマコトの方をじっと見て答えた。

「マコトくん、夜、忙しいんなら、私がホテルへの御案内とかやっておくよ。今日はいろいろ助けてもらったし」

 クリスが三人の間に視線を巡らせながら笑顔で答える。しかし、何故かその笑顔がいつもと違って少し強張っているようにマコトには感じられた。

「いや、そういうわけには」

「ていうことは、今日は晩御飯はいらないということでいいかな」

 マコトの発言を遮るようにクリスはアイーシャに視線を向けた。

「うん、遅くなると思う」

「ふうん、遅くね」

 なぜかクリスは少し不機嫌そうだ。

 それに対して、アイーシャの切れ長の黒い瞳は、いつにもまして表情が読めなくなった。

「え、えっ?」

 マコトは何だかよく分からないが、とても居心地の悪い空気を感じ、ダルは何かに気づいているのか、天井を見上げて頭をかいた。

「そろそろですね」

 そんな空気を打ち破ったのは船長の一言だ。

 マコトが慌ててエアロックの脇に設けられたモニターを確認する。

 すでにエアロック内部には簡易宇宙服姿の人影があった。宇宙港(スペースポート)側の扉が閉まる。

「全員、エアロックに入りました」

 マコトは、周囲の全員に注意を喚起した。

「七人か」

 マコトの背後でダルが難しい表情を浮かべ腕を組んだ。

 七人というのは、モニター画像で確認できるイグナチェンコ評議員一行の人数だ。マコトたちは全部で五人だが、戦闘要員としてカウントできるのは、ダル、マコト、アイーシャの三人。恐らくダルが頭の中で考えているのは、万が一、イグナチェンコ評議員一行が敵対行動に出た場合、対応できるのかというところだろう。

 確かに危機管理の面では必要な考え方だが、考えすぎではないかとマコトは思った。

「ICチップによる個人認証を開始します」

 アイーシャがエアロック内の人間に埋め込まれたICチップの電子身分証をチェックする。

「評議員と、その親族、民間警備会社のガードマンが五人、そのうち一人は退役軍人か。また随分と物々しいな」

 チェックした結果はエアロック脇のモニターに表示された。ダルはボディガードの人数が多すぎると考えていたようだがマコトにはそのあたりの相場は分からない。

「続いて、銃器及び爆発物を所持していないか、スキャンします」

 スキャンの結果を見て、ダル、マコト、アイーシャの三人は一斉に息をのんだ。

「銃器、爆発物以前の話だな、これは」

「どうしましたか?」

 ダルのつぶやきに、後ろで事の経緯を見守っていた船長が身を乗り出してきた。

「電磁警棒を所持している人間が一人いるのは、まあ仕方がないとして、ガードマンの一人、退役軍人がサイボーグなんです」

 ダルが困ったように説明した。

 スキャンデータによれば、くだんの退役軍人は全身の骨格が金属フレームでできており、生身だと思われるのは、首から上だけだった。

「戦傷病者を差別するわけにはいきませんよ」

「それはそうですが」

 これでは、武器の持ち込みを禁止しようとしているのに、強力な戦闘能力を持つ人間を船内に入れてしまうことになりかねない。

 とはいえ、先の大戦で義手や義足になってしまった軍人は決して珍しくはなかった。医術の進歩で昔なら死んでしまったような大怪我でも命を永らえることができるようになっていたからだ。

「銃器や爆発物の反応はないのでしょ?」

「はい」

 地球連邦最高評議会の決定で、戦場で欠損した肉体を補うための義手や義足に武器を組み込む改造をすることは禁止されている。もし、そのような改造がなされていれば、入船を断る十分な理由になった。

 ただ武器は内蔵していなくても馬鹿げたパワーを秘めている可能性はある。それはそれで移民船アークにとって十分な脅威だ。

「船内に入れるしかないでしょう」

 船長に判断されてしまうと、ダルも断ることはできなかった。そうでなくても、評議員は面倒くさいお偉いさんなのだ。

「わかりました。検疫の方は?」

「赤外線センサーでチェックしたところ、発熱している人はいません」

 こちらを確認したのはクリスだった。閉鎖環境の宇宙船で感染症は大敵だ。しかし、これも潜伏期間の関係で完璧な対応というのは不可能だった。次善の策として、体調不良者の乗船を断ることぐらいだ。

「船内側の扉をあけます」

 マコトは周囲に目配せする。船長が無言でうなづくのを確認して扉を開けた。

 七人とも銀色の装飾を入れた黒い簡易宇宙服に身を包んでいる。ヘルメットはすでに脱いでおり、首の後ろに下げていた。

 前列中央には、頑丈そうな顎と鷲鼻が特徴的な、意思も我も強そうなプラチナブロンドの老人が立っていた。広い額と眉間には深いしわが刻まれている。スマート眼鏡は、メタルフレームのウェリントンタイプだ。マコトの眼鏡には『イワン・イグナチェンコ』と表示される。

「久しぶりですね、イワン。ようこそ恒星間移民船アークへ」

 船長は、にこやかに両手を広げて歓迎の意を伝えると、右手を差し出した。

「久しぶりだな、ジャン」

 評議員は大きな肉厚の手で船長の握手に応えた。

「お孫さんですか?」

 船長は評議員の隣に立っている若い女性に目を向けた。少女といってもいい若い女性だ。金髪のツインテールで、瞳は淡い色合いの青。口元に自然な笑みを浮かべ、不思議な色気を放っている。眼鏡はメタルフレームのオーバルタイプだ。

 マコトが視線を向けると、スマート眼鏡に『イリーナ・イグナチェンコ』と表示される。

「あ、ああ」

 なぜか、評議員の表情に影が差した。

「大きくなりましたね」

 船長は小さかった頃の評議員の孫娘のことを知っているらしく、自分の孫を見るように目を細めた。なぜか評議員はバツが悪そうに眼を背ける。

「今日はテロ騒ぎで大変だったんじゃないんですか?」

「我々はバイカルコロニーから来た。軌道エレベーターは使っていないから影響はない」

 船長の気遣いにも評議員は硬い口調で答えた。表情も暗いままだ。

「一応規則ですので、所持品検査をさせてもらいます」

 それまで後ろに控えていたダルが、姿勢を正して評議員の前に進み出た。丁重かつ毅然とした態度だ。背後に控える五人のボディガードが冷たい視線を一斉にダルに向ける。

「すまないね、イワン」

「いや構わんよ。存分にやってくれ」

 しかし、所持品検査といっても評議員もボディガードたちもみんな手ぶらで、手荷物は評議員の孫娘イリーナが持つ小さなポシェットだけだ。内容の確認は女性であるアイーシャが担当した。

「これは?」

 ハンカチや、ティッシュ、コンパクトに、裁縫セットという小物のほかに、アイーシャはケースに入った注射器とアンプルを見つけて手を止めた。麻薬等の薬物は当然持ち込み禁止だ。

「それは、インスリン自己注射のセットよ。おじいちゃんの持病の薬。ね」

 そういうと、イリーナは評議員の腕を抱えるように身体を寄せ、甘えたような仕草を見せた。

「あ、あぁ」

 評議員は、そう肯定したものの困惑したような表情だ。

「クリス、確認してくれる?」

 アイーシャは注射器の入ったケースを看護師でもあるクリスに手渡した。

「確かにアンプルには『インシュリン』と書いてあるわ」

 さすがにそれ以上は確認しようがない。

 クリスはアイーシャにケースを戻し、アイーシャは丁寧にイリーナにケースを返した。

「結構です。ご協力、感謝します」

「どういたしまして」

 評議員の腕に寄り添ったまま、イリーナはケースを受け取って艶然とほほ笑んだ。

「テスト航行には、まだ時間があります。それまでの間、船内をご案内しましょう」

「ぜひ、お願いします」

 船長の提案に、イリーナは目を輝かせた。

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