第26話
「必要なものはこれで全部、ですかね」
「いいのか? 荷物ならまだ持てるけど」
「無駄に荷物を増やす意味、ありませんし」
「ま、それもそうか」
あくまで彼女は居候。
どれくらいの期間になるかわからないが、私物を増やしすぎてもあとで面倒になる。
「連絡先、すぐ交換しますか?」
「あとでいいだろ」
「両手、塞がってますもんね。なんだかすみません」
「思ったより少なくて軽いから、どうってことない」
両手の袋には衣類や日用品が入っているが、想像していた量の半分程度だった。
一度荷物を降ろせばスマホを取り出して連絡先の交換もできるが、今すぐする必要もないだろう。
「それじゃあ、もう帰りますか?」
「どうしたもんかな」
ショッピングモールに来てから、まだ二時間も経っていない。
この倍くらいは時間がかかると思っていたので、正直拍子抜けしている。
「いつもあんな感じなのか? 服とか買うとき」
「うーん、なんともです。もとからあまり興味がないタイプなので」
「それはなんか、見てればわかる」
「あ、どういう意味ですそれ? バカにしてません?」
「してないって。ただ、随分と迷わず買うもんだと思ってな」
「流行りものとか高い服を着ても仕方ないですし」
「だからってなぁ」
彼女が買った服の基準はただ一点。
格安セール品かどうかだけだ。
さすがに季節外れのものは対象外だったようだけど、デザインがどうとか、色味がどうとかを気にしていた様子はない。
店の入り口付近から眺めていた俺でもわかるくらい、手早く選んで購入を決めていた。
「サイズとかさ、大丈夫なのか?」
「あまり気にならないので。質より数です」
「気持ちはちょっとわかるけどさ」
俺もそこまでファッションに拘りはないし、ブランドなんかも気にして買ったりはしない。
付き合っていた頃は見繕ってもらったりもしたけど。
「基本的には出かけるときに着るものがあればいいので。私としてはジャージでも構わないくらいですよ」
「さすがにどうなんだ、それ」
「ダメですか?」
「女の子としても正義の味方としても、ちょっとどうかと思う、正直」
俺でさえジャージで十分だなんて思わないし。
最低限の身だしなみというか、ラインはあると思う。
「……やっぱりあなたもそう思いますか」
「そりゃあ――」
当然だろうと笑いかけようとした俺は、彼女の表情に目を奪われた。
遠いなにかに想いを馳せるような、ほんの一瞬で通り過ぎた、寂しげな表情に。
あなたも、か。
「元カノさんは時間かかるタイプだったんですか?」
「ん、あぁ、それなりにな」
彼女はすぐになんでもない顔をして、楽しげに質問してくる。
俺もそれに合わせて答えた。
「あれですか、どっちが似合う? とかやってたり?」
「いや、咲奈はそういうタイプじゃなかったな。買い物に付き合わされはしたけど、どれを買うかは自分で決めてた」
俺の意見が当てになるとは思っていなかったのだろう。
ファッションに疎いことも知っていたし。
「案外イチャイチャしてなかったんですね」
「イチャイチャって……あぁでも、俺のほうはいろいろと着させられたよ。何度も試着とかさせられてさ」
「あー、楽しそうですね、それ。今度やってみたいです」
「やるか」
わざわざ彼女の玩具になんてなりたくない。
「考えておいてください」
「だからやらないって」
買い物でテンションが上がっていたようには見えないが、今の彼女は気持ちテンション高めに見える。
ひとをからかうことに楽しみを見出して欲しくはないのだが……。
「で、この後、どうします?」
楽しげなテンションのまま、彼女が俺の顔を覗き込んでくる。
そう言えば、そういう話だったな。
「ちょっと時間は早いけど、どこかで食べてくか?」
せっかく外に出て来たんだから、外食で済ませてもいいだろう。
この時間なら空いているはずだし、どこでも入れそうな気がする。
「食べたいものとかあるか?」
「特には。逆になにかあります?」
「俺も、なぁ」
ふと思いついただけなので、これだという店はない。
こういうとき、あれがいいと意見が出てくるタイプなら良かったんだけど。
俺は当然として、彼女もそういうタイプではないようだ。
「なら、練習したいです」
「練習? え、帰って作るってことか?」
「はい。昨日はできませんでしたし、この時間なら材料を買って帰っても、そんなに遅くならないかなって」
「時間はまぁ、そうだけど」
「じゃあ決まりですね」
どうせ食材などは買って帰る予定だったので、そこは問題ない。
問題となるのは、意気揚々とスマホで検索し始めた彼女だろう。
練習という言葉を使った通り、料理の腕はまだまだ発展途上だ。
いや、練習した回数で言えばこれが最初の一回目。
先日の野菜炒めを思い出してしまうのは、当然のことだろう。
「食べたいもの、あります?」
そんな俺の心配など知らずに、彼女はリクエストを募集し始めた。
よくぞそこまで、と感心すらしてしまういい笑顔で。
「リクエストに応える自信、あるのか?」
「それはそれです。まずはチャレンジしてみないと」
「いや、そのチャレンジ精神をまず捨てるべきだろ。レシピを守れ、レシピを」
「わかってますよ。じゃあ、食材を見ながら考えましょうか」
「……無難にな、ホント」
こうなると俺にできることは限られる。
最低でも難易度が高くない料理を選ぶように、彼女を誘導しなくては。
野菜炒めより難しくない料理はなんだろうか、と考えつつ、彼女とショッピングモールを後にした。
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