ある種の始まり

そこは廃村と言っても差し支え無い村だった。その村にある少年が住んでいた。少年は父親と2人で暮らしていた。しかし父親は少年に優しくは無かった。昼間より酒を呑み、働く事も無かった。少年が働いて稼いだ金銭すら酒代に使用する様な父親だった。

ある意味その程度の話はよく聞く事だろう。ある日、少年はそんな生活に嫌気が差し家を飛び出した。何処をどう移動したのか、少年は気が付くと辺境都市へと辿り着いていた。少年はその都市で生きる事を決める。ただそうと決まればやらなければならない事があった。仕事だ。生きる為には金銭が必要でそれを得る為には働く必要がある。当然、仕事は色々な物があった。しかし学の無い少年に出来る仕事は力仕事だけ、そして少年は自身が1番簡単に出来そうな仕事として傭兵を選んだ。当時、大陸には幾つかの国が存在し魔物以外に人とも戦う事もあった。

少年は傭兵になり戦場へ出る。少年の初陣は酷い結果だった。目の前で血が飛び散り、恐怖に駆られ逃げて終わりだった。

人は慣れる者で、戦闘に2回、3回と参加していく事で戦果を上げられる様になった。それから少年は青年となり、傭兵稼業で生活が出来る様になった。すると今度は周りの事が気になり出し、他の都市へと観光気分で出掛ける事にした。見る物全てが初めての青年は心が躍る様だった。そんな中、偶々立ち寄った都市で職業選定の儀式をいていた。基本貰えない物で与えられれば得をする。そんな軽い気持ちで受けてみたのだ。結果は[料理人]という職業を得た。

青年は炊事等した事は無い。食事も腹が減ったと感じなければ良いという考えで、今まで味を気にした事も無い。[料理人]は包丁が有ればどんな肉や魚も捌ける様になり、食べ物の味だけでどんな調味料を使ってるかが瞬時に分かるという物だった。[料理人]は青年に取って必要の無い物だった。その日はそのまま酒場へ行き自棄酒を煽っていた。

その時、場末の酒場に似つかわしく無い美女が1人で呑んでいた。このまま1人で自棄酒では面白く無い。青年は彼女を口説き、一緒に呑めば気も紛れると思い向かう。だが、結果は惨敗だった。話すらまともに出来ず、彼女が指を鳴らしただけで青年は意識を無くしていた。彼女は相当な魔導師だった。

この国は職業選定をせずとも生活出来る。国民は最低限、必要な魔力を持っている。何より才能のある者や環境の整っている者は自分に出来る仕事を選び生きる。

基本的に遺伝で継承すると言われている職業選定は貴族の中でしか授かる事は無い。そして貴族達に取っても称号のような扱いを受けていた。一応、恩恵として仕事の時に補正が掛かり助けてくれるという効果もある。

なので何も持たない者からすれば突発的に"才能"を授かるこの儀式は意外と重要だと言える。だが[料理人]という職業を活かす知識も経験も無い青年には意味が無かった。そんな使い方も分からない道具を、後生大事には出来ない。青年は愚痴をこぼしながら今日も自棄酒を呑んでいた。


女性「あんたも意外と苦労してたんだね。あたしも家族を放り出してきた人間さ、境遇は大分違うだろうけど。」


不意に話し掛けられ振り返ると昨日の女性がいた。青年は自分の独り言を聞かれ、恥ずかしくなる。


女性「気にするな、生きてりゃ文句の1つも言いたくなるさ。」


それから青年と女性はお互いの生まれの話をする。そして流れで職業選定の儀式に出た時の事も話した。


女性「フッ、そのなりで[料理人]か言っちゃ悪いが似合わないね。」


青年「俺もそう思う。今まで飯なんて意識した事だって無い。なのに今は一口食うだけで何が入っていて何が足りないかすぐ分かる。」


女性「普段、料理しない人間には確かに必要無いかもね。」


青年「神父が言うには、同じ職業を得た奴等は、包丁を使えば硬い鱗の魚も簡単に捌ける様になるんだと。傭兵の俺に必要か?何の役に立つんだよ?って話だろ?」


女性「確かに、一層の事、使う剣を包丁とかに見えそうな鉈にしたらどうだ?案外補正がかかったりして。」


青年「ハッハッハ。そいつは面白い。今度試してみるか。」


青年は女性とひとしきり話し笑い合った。一緒にお酒を呑み意気投合。そしていつの間にか女性の泊まっていた宿で朝を迎えていた。いつ頃からか記憶が曖昧で覚えてる事もあるが、とにかくびっくりしてそのまま女性の部屋を出た。

後から考えると彼女に悪い事をしたかも知れないと青年は考えたが、その時は驚きでつい逃げ出していた。その後に女性と再会する事は無かった。そういえばと名前を思い出そうと記憶を探る。確かに自己紹介はした筈だがお酒の所為か記憶が曖昧になっていた。いずれは思い出すだろうと考え後回しにする事にした。

青年は辺境都市に戻り、女性との会話を思い出す。鉈を使えば補正がかかるかもと言われた事だ。魔物の森が近いこの都市は偶に群れからはぐれて悪さする魔物が出る。この都市ではその対処も青年達、傭兵の仕事だった。丁度良いと効果を試す事にした。

魔物を見つけ鉈を振るうと今まで以上の成果が上がる。青年は笑いが止まらなかった。役に立たないと思っていた物がもしかしたら意外に優れ物かも知れない。そう分かったからだ。

青年は魔物退治で苦戦する事が無くなり稼ぎが増える。金銭に余裕が出来ると今度は食事に気を使える様になり、気が付くと暇な時は料理する様になった。料理の腕前は補正のお陰か一気に上達し、気が付くと傭兵団の食事の用意は青年の仕事になっていた。

青年自身、あまり運がある方では無いと感じていた。しかし、それでも最近は仕事が上手くいっている為、未来に希望を感じていた。そんな時だった。青年は今までで1番の窮地に追い込まれた。大量の魔物達が突然暴れ出す"氾濫"が起きた。その時の規模は中々に大きく一部の魔物が街の方に侵入した。都市の4割程が壊されたが幸いと言うべきか人的被害はあまり無く多少の負傷者で済んでいた。

ただ別の問題も発生していた。都市の領主をしていた貴族が一般市民を見捨てて逃げた事だ。

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