第804話 最悪を想定しておくぐらいがちょうどいい

「ああ、そうだろうなぁ……『心を入れ替える』だなんて、そういう系統の奴らがよく使う常套句だろ……」

「……然り」

「どうせトードマンの親からしても、それで落ち着いてくれたらラッキーぐらいにしか考えてねぇんじゃね?」

「まあ、その農村自体にどれだけの魅力があるのかは知らんが、商家としてはそっちのほうが本命かもしれんなぁ?」

「うむ、そうでなければ、ほかの商家から嫁を娶るか……商家としての格を上げるため、多少の訳アリだったとしても目をつぶって貴族家から嫁を迎え入れようとさえするだろうよ」

「いや、そもそもトードマン自身が放蕩息子っていう訳アリなんだからさ、商家にしろ貴族家にしろ、まともなトコはお断り一択なんじゃない? まあ、その相手の家によっぽど追い出したい娘がいれば話は別なんだろうけどさ……」

「追い出したい娘ねぇ? そういうのはむしろ家の恥になるかもしれないからって、外に出さない気もするけどなぁ?」

「であれば……それこそ、没落寸前の家とかだろうな」


 あ、また脱線しそう……と思ったら……


「まあまあ、本題と関係ない可能性の話は置いておくとして……とにかくトードマンの言葉には、信じるに値する『誠実さ』なんかないと思うよ?」

「そうですねぇ……ごくまれに、本当に心を入れ替えて大成する方もいらっしゃるようですが……果たして、トードマンがそのごくまれの部類に属する人間かどうか……」

「まっ! そのミカルって子の笑顔に力があるって思いたい、ワイズの気持ちも分からんでもないけどな?」

「そうさなぁ、惚れた娘さんの笑顔だもんなぁ……」

「しかしながら……あまり楽観的に考えるのはやめておいたほうがよかろう」

「うんうん! 好きな子の将来のことなんだから、最悪を想定しておくぐらいがちょうどいいはずさ!!」


 最悪を想定か……確かに、そうだろうなぁ……


「そうやって他者を信じようとするワイズの姿勢は美点とも言えるんだろうが……今回に限っては、欠点だと思うぜ?」

「ええ、ワイズ君は優し過ぎます」

「つぅか、今回のこともそうだけど……そんなんじゃ、将来子爵の地位を引き継いだとき困るんじゃねぇ?」

「猜疑心バリバリになるのも困りものだろうけど……もちっと、本質を見極めようとする姿勢も必要かもな?」

「そのとおり……そして話は戻るが、その縁談で仮に短期的には村に恩恵があったとしても、長期的に見てどうかってことも考えたいところだ」

「ああ、金儲けが何より大事な商人なら、村の人間がどうなろうと知ったこっちゃないとばかりに、何を仕出かすか分かったもんじゃない!」

「なんだかんだと上手いこと言いながら農民には理解の難しい契約をどんどん結ばせて行って……どうにもならなくなった辺りで奴隷村の完成といったところか……」

「うわぁ……マジでありそう……」

「しかも、頭の回る商人共のことだから、領主に口出しされないギリギリのところを上手く突いてくるだろうな……」

「それに、正式な手順を踏んだ契約を反故にさせられる領地なんてウワサを立てられたら……真っ当な商人にも逃げられちゃうかもしれないもんね……」

「む、むぅ……そうか……皆の話を聞いていて、私の視野の狭さを情けなく感じるばかりだ……」


 本人よりも、他人のほうがよく見えているってこともあるあるみたいだからねぇ……


「そう落ち込むなって! それだけワイズは深く深く悩んでたってことだろ?」

「だね! こうやって偉そうに述べちゃってる僕らだって、ワイズと同じ立場になったら、もっとワケ分かんない感じになってたかもしんないんだしさ!!」

「たぶん俺だったら『どうしよう? どうしよう!?』って、あっちこっちギャアギャア騒ぎまくってるだろうなぁ……」

「まあ、それはそれで誰かにいいアドバイスをもらえるかもしれんな?」

「とりあえず、ワイズはもっと俺たちを頼ったらいい」

「そうとも! ここには超一流の相談員たちが揃っているんだからさ!!」

「フッ……ツマラヌモノであれば、ズバリと明快! 一刀両断にしてしんぜよう!!」

「皆の気持ち……ありがたく……」


 ふぅむ、「アレスの熱血教室」を開講する心の準備はできていたのだが……超一流の相談員たちがハッスルしていて、その出番がなさげだ……

 でも、ここらで俺も存在感を示しておかんとな!

 そうでなければ、異世界転生の先輩諸兄に合わす顔がなくなってしまうかもしれん!

 というわけで……アレス、出るぞ!!


「して、ワイズよ……皆の意見を聞いて、答えは出たか?」

「答え……」


 おそらく、ワイズ自身も反対意見を表明する心積もりにはなっているだろうが、もう一押しあってもいいだろう。


「ついでだから、俺の意見も言わせてもらうとすれば……こうなったら、お前自身の両の眼でそのトードマンを見定めるんだ! そうして本当に『誠』のある男ならば、大いに託せばよかろう! でなければ、断固として渡すな!!」

「えっ……え?」

「見定めるって……」

「あ、あのぅ……アレッサン?」

「う~んと、それってつまり……ワイズがトードマンの男ぶりを審査しに行くってことォ?」

「というよりむしろ、ワイズが直接婚姻を差し止めに行くって感じか……」

「いや、でも待てよ……確かに、ワイズが婚姻に反対だと手紙を書いたところで、それだけで止めることはできないかもしれんからな……」

「ああ、トードマン側の指図で『手違いにより、手紙を受け取ることができませんでした』とか言わされる可能性もじゅうぶん考えられるだろう」

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