第207話演奏後のジュリア

私、ジュリアにとって祐君は、可愛い(いや、可愛過ぎるほど)の弟だ。

(6歳の頃、プールでおぼれていた時の涙目が忘れられない)


実の弟フィリップが亡くなり、5年もの失意の期間を過ごしていた私にとって、かすかに生きる希望をつないでいたのは、日本に行けば祐に逢えるということだった。


幸い、住所はわかっていた。(でも、フランス語とドイツ語、英語しかできなかったので、懸命に日本語も勉強した・・・祐と日本語で話したかったから)


「かつてのボスが東京のオーケストラで棒を振っていて、今、ヴァイオリン奏者を募集している」の情報は、友人のチェロ奏者から。

私は、「かつてのボス」ジャンに、すぐに連絡した。

「来てくれたら、助かる」の言葉の5分後には、荷物をまとめ始めた。


そんな経緯を思いながら、祐とデュオをした。

2回目だったけれど、やはり、祐は、すんなりと合わせてくれる人だ。(フランス人のように理屈を言わないし、ドイツ人のようにリズムが荒くない)


「本格的にピアノを習ったわけではない」と恥ずかしがっていたけれど、とてもなめらかで、上手なことは事実。(大先生に習っても、ダメな人はダメだから)


ただ・・・少し不満がないわけではなかった。


「祐君は器用なタイプ、でも、自分を解放していない」

「アグレッシブさも欲しい、もう少し」


だから、モーツァルトの二楽章から、仕掛けた。

ニュアンスを変えたり、テンポを変えたりして、祐君に迫った。


祐君は、少し驚いた顔で、私を見て来た。(え?いいの?って感じ)

だから、目で促した。

「好きな風に弾いてごらん」

「祐君のモーツァルトにしてもいいよ」


祐君の目の色が変わった。

途端に、モーツァルトが、甘美さを増した。

祐君の音が、どんどん、私の身体を浸した。

どんどん、奥に入って来る感じ・・・祐君と抱き合っているような感じ。


第三楽章は、二人の会話だ(愛の会話・・・もう・・・負けそうなほどに、揺さぶられて、祐君との愛の結晶みたいな感じ)


メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は、完全に操られていた。

弾きながら・・・やられた・・・と思った。

私が主役なのに、祐君のニュアンス、テンポで弾くほうが、気持ちがいいのだから。


演奏が終わっても、私は興奮がおさまらない。

だから、純子さん、真由美さん、春奈さんの間に割って入った。

(祐君は、困ったような顔だった)


英語で、祐君に聞いてみた。

「いつか、パリに来ない?」

「祐と暮らしたい」


祐君は、目が輝いた。

「行きたい!」


でも、すぐに顔を下に向けた。

「面倒な仕事が終わるまで、時間がかかるかな」

(すごく思いつめた顔だ)


私は話題を変えた。

「また、一緒に演奏してくれる?」


祐君は、可愛い笑顔。

「うん、面白かった」

(・・・まったく、あれほど思い通りに私を揺さぶったくせに)

(でも、可愛い・・・今度は私の部屋に呼ぶ、本物のポトフを食べさせたいし・・・その後は・・・ムギュ―ってしてあげる)


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