第135話秋山先生のお宅にて(2)

秋山先生、いや、勲章受章者の大先生の「さて・・・」の言葉に、私純子と真由美さん(この場面では、明太子女とは思わないであげよう)は、背筋をまっすぐに。

でも、祐君は、いつも通り、少し猫背、何の緊張も感じられない。


秋山先生は、柔らかい口調。

「実はね、源氏物語の講演があるのさ、来月、銀座で」

「そこで、若菜上の講演を頼まれていて」

「ほぼ、原稿は出来上がった、と言っても、以前に書いた本から書いた」

「それでね、祐君のような若い人の意見を聞きたいのさ」


祐君は、まだ、表情を変えない。

それでも、口を開いた。

「若菜上は、一言では言い切れないと思います」

「朱雀院の長引く病から始まり、様々なストーリーを経て、柏木の苦しみまで」

「・・・いろんな捉え方もあるけれど・・・身分制社会の・・・」

「男の身勝手さ、耐える女の苦悩、子を思う心の闇」

「光源氏への、朱雀院とかつての頭中将の、結果的なしっぺ返し」

「光源氏と紫上の完璧な愛の秩序が崩れて行く過程も、しっかり書かれていますし」


祐君は、そこまで言って、済まなそうに頭を下げた。

「ごめんなさい、言い切れません」


秋山先生は、祐君の言葉、一つ一つに目を閉じて、頷いていた。

「良く読み込んでいるね、さすがだよ」

「確かに、私だって、若菜上は一言では言えない」

「いや、誰でも、言えない」

「栄光の頂点からの滅びの始まり、と言っても、まだ滅びたわけではない」

「その兆しが・・・だから」


私も、真由美さんも、この時点で全く口を開けない。

ただ、祐君と秋山先生の会話を聞くばかりになった。


祐君は、恥ずかしそうな顔で、秋山先生に聞く。

「若菜上の講演の原稿は、拝見出来ますでしょうか」


秋山先生は、その言葉に、にっこり。

ひょいと、書棚の引き出しを開けて、封筒を取り出し

「祐君、これ」と、祐君に渡す。


祐君の動きも、速い。

そのまま封筒から原稿を取り出す。


祐君は、読み始めて、すぐにポツリ。

「以前、先生にお聞きしたんですが」

「文として読ませる場合と、講演で聞かせる場合で、使う言葉が違うんですよね」


秋山先生は、その祐君に苦笑。

「覚えていたか・・・」

「うん、そうなんだよ、書き物の転用だ」


そして、祐君に身を乗り出した。

「これを話し言葉、聴衆が聞きやすい言葉に変換して欲しいのさ」

「その上で、祐君のブログのような、やわらかな言葉が欲しいなあと」


祐君は、ようやく笑顔。

「わかりました、なるべく早めに」


秋山先生も、ホッとした顔になっている。


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