第5話 荻島リゾートアイランド計画

電話の受付で各ショップが気にするのは主にABCの3つだ。


A 海は静か?(風向き)

B 透明度は?

C 水温は?

D 今後の予測


『海況はどう?』ときかれたらABCを応えれば、まず問題ない。


今回、蒔絵が難癖をつけられたのはDの部分だ。


季節の変わり目、低気圧の通過、台風など時に聞かれることが多い。

『マリンウェザーニュース』や『釣り天気』をチェックしていれば応えやすい。


さらにある程度天気図を読み取る力があればもっと予測を付けやすい。


俺はその天気図の見方と前線と風の吹き方、そして海の影響を少しだけ教えてあげた。


そうそう、人に物事を教わっているときの蒔絵はとても素直で勉強熱心だ。


「でもさ、そこまで覚えなくてもいいと思うよ。蒔絵は期間限定の手伝いなんだし」


「そうかもしれないけど.. 私、あまり特別扱いされるのは嫌なんです」




「こんにちは。佐藤開発工業のものですが」

「はい。何でしょう」


「あの沿岸整備工事についてのお知らせです。オーナーさんいますか?」


その作業着姿の人が置いていった紙には整備されていない海岸沿いの『工事計画に伴う現地調査のための立ち入り禁止期間』が記されていた。



「 ..何これ? 佑斗ひろとさん、この工事計画って何ですか? 」


そこには沿岸整備工事だけではなく、今後開発されるマリンレジャー施設の概要も記されていた。


「うん。なんでも荻島をもっと遊べるレジャーアイランドにしたいらしいんだよね。ここって小さな漁村と海しかない感じだろ? 島のレジャー施設はこのダイビングセンターくらいなもので、しかも一般観光客相手じゃないし」


「そんなの必要ないじゃない。ここはこの静かで素朴なのがいいのに! 」


「蒔絵の意見と同じ人もいるだろうけど、観光客の増加はこの島の経済発展や仕事の雇用にも役立っていくんだと思うよ」


「 ..じゃ ....あの場所も壊されちゃうの? 」

「あの場所? 」


「 ......」


(ああ、あの場所ってあの大岩の事か)


蒔絵がなぜ、そんなにも泣きそうで、辛そうな面持ちをしているのか俺にはわからなかったが、彼女が毎年同じ岩の上に立って海を眺めているのは、彼女なりの想いを持ってのことだろうと推測はできた。



「いつから? 」

「え? 」


「工事っていつから始まるの? 」

「来年の春先かららしいよ」


「 ....そうなんだ。そうするとここも閉鎖しちゃうの? 」

「オーナーの話だと閉鎖はしないらしいよ。ただこの施設前のエリアはだいぶ縮小してしまうらしい。その代わり島の裏側をダイビングエリアとして一部開放してもらえるように漁協さんと役場とで話し合っているって」


「 .....私、海の中に潜ってみたい」


いったい蒔絵は何を思い立ったのだろうか。



****


シーズンが本格化する前にオーナーは蒔絵にオープンウォーター、さらにアドバンスドオープンウォーターのライセンスまで取らせてあげた。


俺はアドバイザーまたはアシスタントとして講習に参加した。


海に潜るのは何かの目的のためだったのだろうが、新しい事を始める楽しみを彼女が実感していたのも事実だ。

彼女はたくさんのアドバイスを求め、海に入った時の感動を俺に話してくれた。


****


施設の壁に飾られている12枚の写真を見ながら彼女は尋ねる。


「佑斗さんて写真とか撮らないんですか? 」

「撮るよ。ほら、壁に飾ってあるアレとアレは俺が撮った写真だよ」


「凄い。どうやったらあんなに綺麗な写真が撮れるの? 佑斗さん、もしかして凄い人? 」


俺も相当見くびられていたものだ..


「あの.. 佑斗さん、私にカメラの撮り方を教えてくれないかな? 」

「カメラの撮り方? 」


「うん.. ダメ?? 」


「 ..あ、ああ。別にいいよ。じゃ、まずはもっとダイビングに慣れて、中性浮力を自然にできるようにしなきゃね。俺のバディとして一緒に潜ろうか」

「バディ.. 佑斗さんのバディ.... それって海の中だけの話ですよね? 」


「な、なにが? そ、そだよ。 ちょ、調査ダイビングに付いてきてもらうって事だから.. 」


「あ、何だ! そういうことか。業務の一環ですね! じゃ、お願いします」


彼女は手を叩いて晴れやかに返事をする。

でも、それって男としてなんか悲しいぜ..


その日からさっそく業務のひとつである生物調査ダイビングに彼女を『バディ』として同行させた。

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