第46話 救出2

 一瞬、勝孝の言ったことの意味が理解できなかった。それは漣太郎も同じだったようだ。

「今、なんと仰せですか?」

「聞こえなかったか? 八重を勝宜の嫁にもらうと言ったのだ。気の強いおなごなのであろう? そなたに御しきれるとは思えん」

「いや――」

「そもそもそなたは器量良しという理由で八重という娘を選んだのであろう。器量の良し悪しで選ぶのであれば、もっと美しい娘も探せばおるのではないか」

「し、しかし」

 痛いところを突かれて漣太郎は言葉に詰まる。

「他に理由でもあるのか?」

「いえ、ですからその、柳澤さまの領地で一番の大店と言われる松原屋さんに積み荷の売買を任せるわけですし、松原屋さんと強いつながりを持っておくためにも」

 しどろもどろの漣太郎に勝孝はさらに追い打ちをかける。

「そのためにつながっておく人間がそなたである必要はないと申しておる。大船屋は柳澤の下請けになるということをわかっておらぬのか? かれこれ十五年、廻船事業はすべて柳澤で公共事業としておる。そなたを間に挟まずとも、直接勝宜と八重が祝言しゅうげんを挙げれば良い話であろう。勝宜ならそなたと違って八重を御すことなど容易いことだ」

「は、はぁ……」

「八重もそなたの嫁になるのと柳澤に嫁ぐのとでは、随分身分が変わるのではないか? 八重に選ばせても良いのだが、どちらを取るかは火を見るより明らか。違うか?」

 ここへ来てやっと十郎太は気づいた。勝孝は漣太郎を試すために一人で来させたのだ。いずれ大船屋を継がねばならない漣太郎を案じ、浪太郎も「相手が勝孝なら」と漣太郎を一人で寄越したに違いない。

 だが漣太郎に突き付けられた条件は彼にとってあまりにも理不尽で、且つ、理にかなっている。

「どうじゃ、漣太郎。そなたと八重は離れるに離れられないほどの相思相愛というわけではなかろう。政略結婚だと自分で申したな」

「いや、まあ」

「どうなのだ、漣太郎。八重を勝宜に譲るのか」

「は、はい、いえ、その私の一存では決めかねます故、一度家に戻り父と相談してから」

「そなたはそんなことも父上殿と相談せずには決められぬのか。大船屋の若旦那が聞いて呆れるな」

「しかし」

「ええい、もう良い。大船屋とはもう終わりだ。そなたと話すことはない、帰れ」

 これは漣太郎が食い下がる。そして勝孝の思い通りになる。十郎太にはもう結果が見えている。

「お待ちください勝孝さま、仰せの通りに致します。私の一存にて八重を勝宜さまに。父には私から決定事項として伝えますゆえ」

 その瞬間、背後のふすまが勢いよく開けられた。

「はぁ? どいつもこいつも勝手なこと言ってんじゃないわよ。わたしはそこの木偶の坊と夫婦になるつもりも、鬼畜の家に嫁入りするつもりもないわ! 人を何だと思ってんのよ、恥を知りなさい!」

 お八重が鬼の形相で仁王立ちしていた。

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