第13話 仕事4
数日後、与平は月守を伴って大吉のもとを訪れた。先日の草履が出来上がったのだ。使う人の足に合わせて微調整したいという月守の申し出によるものだが、どうもそれだけではなさそうだと与平は感じていた。
記憶を取り戻す糸口を探しているのかもしれない。与平は特に突っ込んだことは聞かずに月守を連れて行くことにしたのだ。
大吉の住まいは、狐杜や与平のそれとさほど変わらないものだった。それでも二部屋作られていたのには月守も驚かされた。
板張りの居間の隣には同じくらいの広さの土間があり、そこには藁だの干した山菜だのが所狭しと積んであった。
大吉の方は月守が武家か町医者か何かに見えたのか、「こんな汚ねえところに」と恐縮しまくっていた。
無理もない。五尺八寸の長身を絹の着物で包み、長い髪を小洒落た色の組紐で一つに結わえたその姿は、どこからどう見ても農家や商人ではない。かといって何者かと考えたときに何者の枠にも当てはめることができないような出で立ちと雰囲気を持っている。
「月守と申す。草履の調整をさせて貰いたい」
「いや、こんな汚ねぇ足……」
そこへすかさず与平が割り込む。
「月守はおいらの家族だ。おいらだと思って付き合ってくれよ」
「そうかい……与平がそう言うなら」
与平が月守を呼び捨てにしているのを見て、大吉は何か納得のいかないような顔をしながらも言うとおりにする。
そこに大吉の娘のお
「お兄ちゃん、遊ぼう!」
大吉の草履の調整のために屈んだ月守の背中に、お種が勢いよく飛びついた。
「お種!」
母親のお
お種は言われたことの意味が分からないようだったが、今はその時間ではないと肌で感じ取ったようで、大人しく月守から離れて待った。
その様子を与平は奇術でも見るような眼で眺めていた。
お種は人懐こく、与平も初対面で抱きつかれたものだが、その時は与平が「ちょっと待って」と言うのを遊んでもらっていると勘違いしたお種は、そのままずっと絡んで離れなかった。
――言葉じゃないんだ、態度なんだ。
与平は思った。小さい子には言葉でわからせようとしてもわかるわけがない。態度や空気から何かを感じ取って、自分の行動を決定しているのだ。
「月守さまは与平のところに住んでるんですかい?」
「与平殿はお母上と一緒ゆえ、狐杜殿のところで世話になっている」
「ああ、狐杜ちゃんねぇ。可哀想にお狐様のところに捨てられた子でさぁ。あの日は五年ぶりにドカ雪が降った寒い夜でね。あんな日に赤子なんか置いて行ったら死んじまう。そこにちょうど子供のない竹蔵さんが通りかかって連れて帰ったんだ」
「その竹蔵殿が狐杜殿の育ての親か」
「そうなんでさぁ。おかみさんとの間に子が授からなくてちょこちょこ見に行ってたらしいんだが、まさかあんな雪の日に置いて行く人がいるなんてねぇ。狐杜ちゃんも運が良いのか悪いのか」
三人分の鼻緒を調整し終えた月守は「待たせたな」とお種を振り返った。遊んでもらえると判断したお種は嬉しそうに飛びついた。
月守がお種の脇に手を差し入れ、少しばかり高い位置に抱き上げてやると、視点の位置が変わったのが嬉しいのかキャッキャと声を上げて喜んだ。
「大吉殿、お種殿を肩車にしても構わぬか」
「めめめめめめめ滅相もない!」
どもりながら慌てて手を横に振る大吉に、横から与平が口を挟む。
「月守は丈があるからお種坊も楽しいと思うぜ。おいらも一緒についていくから安心しなって。ちょいとその辺を散歩したらすぐに戻って来るからよ」
お喋りしながらも与平は月守を屈ませ、お種を抱きあげて彼の肩に乗せてしまった。もしも月守がここでお種を肩に乗せようと高い位置まで抱き上げようとすれば、きっと脇腹の塞ぎかけた傷口が開いてしまう。大吉に月守の傷を悟られないようにと、与平なりに気を使ったのだ。
「そうかい、すまないねぇ。与平がそう言うなら、月守さまにお願いしようかねぇ」
恐縮する大吉とお米を残し、月守と与平はお種を連れて散歩に出た。
お種はよほど嬉しいらしく、ずっと月守の肩の上で興奮している。
「高い高い! 遠くまで見えるよ、お城まで見える」
「お城?」
月守が聞き返すのへ、与平が答える。
「柳澤様のお城だよ。町の向こう側の外れ、山の麓にあるんだ。目が良けりゃ見えるさ」
「種は見えるよ!」
「すげえな、お種坊は。いい猟師になるぜ」
「リョウシ?」
お種の質問には答えず、与平はボソリと独り言のように呟いた。
「月守は柳澤様んとこの家臣じゃねえのか」
「すまぬが柳澤というのが私にはわからぬ」
「そっか」
推理が外れてちょっとがっかりした与平だったが、月守は続けて思いがけないことを言った。
「お種殿くらいの子供といつも一緒にいた気がする。男の子だ」
「えっ? 所帯持ちかよ」
「それほどまでに驚く事か?」
「月守と女がどうやっても結びつかねえ」
美男子ではあるけどな、というのは心の中に留め、与平はそれ以上は言わない。
「そうか。言われてみればおなごが近くにいた気がしない。小さな子供と……老人。いつも近くにいる老人が一人いたような気がする」
「婆さんか」
「いや、白髪の髷に覚えがある」
「爺さんと子供か……」
それ以上月守が思い出すことはなく、与平とお種は大声で歌を歌いながら帰った。
大吉のところへ戻ってみると、お米が土中に蓄えておいた根菜をたくさん並べて待っていた。
「うちはお金で払えないから、こんなので良ければ持ってっとくれ」
「待てって、おいらがいくら食いしん坊でもこんなに食えねえよ。あんたたちの食料もなくなっちまうだろ」
「でもねえ、払うお金がないんだよ。こんなに立派な草履を作ってくれるとは思ってなかったからねぇ」
どうやら思いの外、質の高いものを届けられて逆に困ってしまったようだ。
「大吉殿、食料は自分たちの分を確保されよ。こちらは少しで良い。それより竹が欲しいのだが」
「竹ならいくらでもあるから、藁と一緒に好きなだけ持ってっとくれよ」
こうして交渉はあっさりと成立し、月守と与平は少しの食料を抱え、竹と藁を山ほど背負ってあばら家へ戻って来た。
「なあ月守、この竹で一体何をするんだ?
疑問を呈する与平に、月守は涼しい顔で言った。
「
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