第3話 序3

「それで、橘はどうされたのじゃ」

 目を真っ赤にしながらも、小夜は気丈に自分の職務を全うした。

「敵は四人おりました。三人は橘さまがあっという間に倒されましたが、最後の一人が鎖鎌遣いでございました。橘さまは敵の太刀と短刀を奪って応戦されましたが、脇腹を斬られ、傷を負われました」

 あの橘がどうやら怪我をしたらしい。だがその後の足取りが全くわからないのである。

「そのあと橘はどうされた」

「私が着ていた姫様の羽織を持って行かれました。敵を山の方に引き付けるゆえ、その間に闇に紛れて城へ戻るようにと仰せになりましたゆえ」

 ――緋色の羽織は敵の気を引くためのおとりだったというわけか。橘め、無茶をしおる。

「どちらへ行かれた」

「川上の方へと」

 予定通り、山の方へと賊を誘い込んだようだ。

 怪我をしているのならそれ以上の無理はせず、追っ手をいてからここに戻って来るだろう、家老がそう言うと、小夜は安堵したのかやっと少し落ち着いたようだった。

 そしてふと、何かを思い出したように小声で追加した。

「橘さまが……『俺』と仰せになったのです」



「それでおめおめと引き下がって来おったか、この役立たずめが」

「申し訳ござりませぬ。一人が目を潰され、一人が脚を切られ、一人が死に、某は肩を外され申した。橘は、あれはただの教育係ではござらぬ」

 勝孝は苛立ったように扇子をパチンと閉じた。

「つまらぬ言い訳をするでない、戯けが! その後の橘はどうした」

 男は頭を地べたに擦り付けて平伏すると、震えて上ずったような声を出した。

「わ、我々は追える状態ではなかったゆえ他の者に追わせたところ、山に向かう彼奴めを見かけたと。追っ手に気付いた橘は、姫を抱いて橋から川に飛び込んだとのことで」

「本当に姫が一緒だったのだな?」

「橘と一緒にいた姫は確かに赤い羽織を」

「もう良い、下がれ」

 ――昨夜の雨で川は増水しておる。そこに飛び込んだとあらば、手負いの橘はもう生きてはおるまい。姫も橘と共に沈んだであろう。萩姫、悪く思うな。柳澤の家は我が息子勝宜かつのぶが立派に継いで見せようぞ。そなたと桔梗丸の出番は永遠に参らぬ。

 勝孝は扇子を開いてフンと鼻を鳴らすと、再び音を立てて閉じた。

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