柿ノ木川話譚1 ー狐杜の巻ー
如月芳美
序
第1話 序1
凄まじい勢いで開け放たれた
「
声をかけられた若者は正座を崩すことなく、顔だけを家老に向けると静かに頷いた。
「こちらに。私が付いておりますゆえ」
彼が落ちつきはらっているせいか、姫もさほど動揺してはいない。
「爺、
「若様は奥方様と共に奥の間においでじゃ。
「姫様でしょう」
落ち着いた橘とは対極を為すように、家老は「おのれ
「勝孝様の仕業であれば、姫様と若様まとめて始末しようとお考えになるはず。お二人が御一緒でなければまずは姫様から片付け、若様は後回しになるでしょう。数年の猶予がありますゆえ」
橘の声に被せるように、部屋の外からは「曲者はどちらへ行った」などという声が聞こえてくる。
たった今、自分の命が狙われていることを教育係の青年から教えられたばかりの少女は、柳澤城主の自覚をもって毅然と顔を上げた。
「橘、わたくしは
若者は少し考えると、「隠れていただきましょう」と言った。
「私が姫様を連れ出したと見せかけて敵に追わせます。小夜を連れて行きますゆえ、姫様はこのまま城にて身を隠しておられませ。明日、夜が明ければ勝孝様も無茶はできますまい」
姫が頷くのを確認すると、若者は部屋の隅の少女へと視線を移す。
「
「只今」
小夜と呼ばれた僅かに
「忍はおらぬであろうな、橘」
「心配ご無用。気配はありませぬ」
橘はさらに声を落とし、言葉を継いだ。
「御家老様は喜助と共に、奥方様と姫様と若様にお付き添いください。私は小夜と共に追っ手を山奥へと誘導いたします。追っ手を
「小夜、必ず戻るのですよ」
「姫様もお気を付けて」
二人の少女が手を握り合うのへ、橘の声が重なる。
「小夜、急げ。私から離れぬよう」
「はい」
橘は姫の羽織を着た小夜と共に、音もなく出て行った。
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