第4話 解決するために

「そう言えば、茉莉奈まりなちゃんって反抗期あったん? いつもここで美味しそうに晩ご飯食べとったよねぇ」


「あー」


 言われ、茉莉奈は自分はどうだっただろうと記憶を手繰たぐり寄せる。香澄かすみに反抗していた時期があっただろうか。


「……無かったかも」


「うん。茉莉奈は反抗期無かったねぇ。私もいつ来るかいつ来るかって構えとったんやけど。でもねぇ、調べてみると、反抗期が無いのって、親にはともかく、子どもにとってはええことばっかりや無いんよ」


「そうなん?」


「そうらしいよ」


 香澄が調べたところによると、反抗期が無い理由は主に3種類。


 まずひとつ目は、子どもが親に反抗する理由が無いこと。親が子どもの望みを全て受け入れたり、無理を言わないなどの場合だ。


 これは下手をすると甘やかしになるので、決して良い傾向とは言えないのだろう。


 ふたつ目は、子どもが親に従うことに慣れていること。これは親が子どもを押さえつけているということが多く、子どもは抵抗する気が起きないか、しても無駄だと諦めるかだそうだ。


 そしてみっつ目。子どもの優しさから両親を悲しませたくないと我慢したり、親が忙しいなどの理由で反抗する隙間すきまが無くなっているということだ。


 これは子どもが自ら反抗を抑え込んでいる場合が多いとのこと。


 反抗期の良し悪しは別として、子どもが反抗期を迎えた時に、感情を吐露とろできる環境は大事なのだろうと香澄は言う。もちろん親は大変なのだろうが、これもまた子どもの大切な成長過程のひとつなのだ。


 香澄は切なげに目を伏せる。


「ほら、私、茉莉奈が中2の時にこの「はなむら」を開店させたやろ。ちょうど茉莉奈の思春期に被っとった。せやから忙しくなってしもうた私に遠慮して、我慢させてしもうたんや無いやろうかって思ってねぇ」


「んー、どうやったかな。私、そんな我慢したとか記憶無いんやけど。確かにママは「はなむら」で忙しかったけど、朝とか休みの日とか、できるだけ話とかする時間は取ってくれとったと思うし、反抗期来たんやったらそれなりにそれらしくしたと思うんやけど」


「そうやろうか」


「うん。せやからママは心配せんでええよ」


 茉莉奈は香澄を安心させる様ににっこりと微笑んだ。


「茉莉奈ちゃんは優しい子やからなぁ。ああ、もちろん反抗期のある子が優し無いってわけや無いんやけど」


「そうやねぇ。でも世羅ちゃんはさつきさんに似とって、さつきさんほどや無いけど思ったこと言う子やねん。せやから反抗期や無くてもちょくちょくふたりの言い合いみたいなんはあって。でも引きずらんと数分後にはけろっとしてる。でも今回はそうや無い。世羅ちゃんはあまり部屋から出てこんくなって、それでも食事とかでは顔を合わすやろ? そこでさつきさんもつい一言二言言うてしまうんや。それが世羅ちゃんの気に障るんやな。さつきさんも普段は空気読める人やのに、こと娘のことになったら難しいみたいでなぁ。いやね、さつきさんも別に喧嘩けんかしに行ってるわけや無く、必要なこととか訊くぐらいや。でもそれがあかんねんなぁ」


「ほんま、反抗期って本人もやろうけど、周りも大変なんですねぇ……」


 茉莉奈はつい気の毒になってしまって、肩を落としてしまう。雪子ゆきこさんは「まぁまぁ」と茉莉奈を労わる様に笑みを浮かべた。


「反抗期やねんから一時的なもんや。遅うに来たんやし、あの子もまだ成人はしてへんけど、もう大人言うても差し支えないし、そう長引かんのと違うかなぁ。楽観的かも知れんけど」


「そうやったらええですね」


 香澄が言い、高牧たかまきさんも「せやのう」と肯首した。


「あ、でもそれと、先週来はれへんかったのと、どう関係が?」


 茉莉奈があらためて訊くと、雪子さんは「あ、そうそう」と手を打つ。


「まぁ家の中がそんな感じやから、外食どころや無くて。さつきさんは気にせんと「はなむら」に行ってくれって言うてくれたけど、今家族が顔付き合わせて、私がおらんかったら修羅場や。せやから来られへんかったんよ」


「仲介役がおらんとあかんのか。大変じゃのう。今日は大丈夫なんかの?」


「今日は世羅ちゃんお友だちと食べて来るって。私のスマホに連絡が来たわ」


「親や無くて雪子さんにかいな。徹底しとるのう」


「……でも、大丈夫かも」


 茉莉奈が思案しながらぽつりと言うと、香澄に雪子さん、高牧さんの視線までもが茉莉奈に集まった。


「どういうことやの? 茉莉奈」


「うん。そんな状態でも、ご飯は家族で食べてるんやろ? 顔を見たく無かったり、なんや言われたりするのが心底嫌なんやったら、時間ずらすこともできるやん。お母さんも世羅ちゃんが反抗期やって解ってるんやから、世羅ちゃんがそうしたいんやったら叶えると思うねん。でもそうや無い。きっとこれまでみたいに普通に仲良くしたいって思ってるんちゃうかな。多分、いらいらとかそういうの、これまでお母さんとお父さんに沸いたことの無い大きなもんを抱えて、世羅ちゃんが一番戸惑ってると思う。れ物に触るや無いけど、今はそっとしとくしか無いと思う」


 茉莉奈が慎重に言葉を選びながら言うと、真剣に聞いてくれた雪子さんは「なるほどなぁ」と嘆息たんそくする。


「茉莉奈ちゃんは世羅ちゃんと歳も近いから、気持ちが解るんかも知れへんねぇ。確かに、もう大人や言う歳になってからこんなことになって、いちばん困ってるんは世羅ちゃんかも知れんねぇ。世羅ちゃんも私とやったら普通に話してくれるから、少しお話ししてみるわ」


「それがええね。落ち着いて話できたら、頭も整理されるかも知れんしねぇ」


「それやわ、香澄ちゃん。混乱してるかも知れんしね。茉莉奈ちゃん、ありがとうねぇ。高牧さんも話聞いてくれて、助かったわ」


「わしは何もしとらん。茉莉奈ちゃんのお手柄や」


「そんなん。私も見当違いなこと言うてしもたかも知れませんし」


 茉莉奈が慌てて言うが、雪子さんは「何言うてんの」とねぎらってくれる。


「おかげで世羅ちゃんと話をしようと思えたんやからね。ああ、安心したらお腹空いたわ。あ、焼酎ももう空やん。香澄ちゃん、力付けたいんわぁ。なんやお肉のんが欲しいわ」


「せやったら、肉豆腐でもしようか? お肉多めに入れてね」


 肉豆腐は薄切りの牛肉にさえ火が通れば、すぐに仕上がる一品である。玉ねぎも薄めに切ってしまえばあっという間だ。


 牛肉と玉ねぎを炒めて香ばしさを出したらふくよかなお出汁を張り、沸くのを待って調味をし、軽く水気を切った木綿豆腐を入れる。


 牛肉のコクと玉ねぎの甘さが溶け出した滋味深い煮汁が、じんわりと豆腐に染み込んで行く。豆腐は煮込むことでふわふわの食感になり、優しく舌に馴染むのだ。


 肉豆腐は「はなむら」の今日のおしながきに無い。だがお客さまのご要望で、おしながき意外の料理を作ることがたまにあるのだ。


 香澄はご年配の雪子さんでもお肉が食べやすい様に、煮物である肉豆腐を選択したのだろう。余分なあくと脂を取り除けば意外にあっさりと食べられる。


「あ、ええねぇ。茉莉奈ちゃん、伊佐美いさみのお湯割りちょうだい。今日あるなんてラッキーやわ」


「はい。すぐにお作りしますね」


「茉莉奈ちゃん、ついでで悪いんやけど、わしには生のお代わり頼むわ」


「はーい。こちらもすぐに」


 「伊佐美」は鹿児島県の老舗しにせである甲斐かい商店が造る芋焼酎だ。さつまいもコガネセンガンと黒麹くろこうじを原材料にしている。黒麹を使用するおかげで濃厚な味わいで、だが癖は強く無く、深く、なのに優しい味わいが楽しめる。


 この伊佐美、実は製造量が少なく、幻の芋焼酎とも言われている。お店によってはプレミア価格が付いている一品だ。「はなむら」では定価で入手できる時だけ仕入れている。


 ちなみに生ビール、「はなむら」ではサントリーのプレミアムモルツだ。さっぱりしつつもビール特有の良い癖もあり、まろやかとも言える。そして程よい炭酸が喉を爽やかにさせてくれる。数あるビールの中でも人気のある銘柄である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る