第84話 鏡開き

『鏡開き・鏡割り』


 正月に、神様や仏様に供えた鏡餅を下げて食べる、日本の年中行事[。神仏に感謝の気持ちを示し、無病息災などを祈り、供えられた餅を食べる。武道を嗜む南山之寿。正月明けの稽古というと、鏡開きを思い出す。鈍った身体。寒い空間が更に追い打ちをかける。開放的なものゆえ、寒さが厳しい道着。油断しようものなら、気を失いそうになる南山之寿。


 今日の稽古は、鏡開き式。稽古の後には、餅を振る舞う。汁粉の甘さが脳天に突き刺さり、もがき苦しむ南山之寿。今年のあんこは自家製ではなく缶詰。調子にのって数種類開封し、汁粉を作成。丼で汁粉を食す南山之寿。甘さで目が眩む始末。


 『餅』という文字を見ては、思い出す旅路。若が小学生一年頃のこと。電車にハマっていた若。電車で旅行に行きたいと言う。運転しなくて良い旅行も悪くは無い。車内でビールとおつまみを片手に、旅ができる。そう思っていた南山之寿。甘かった。


 若が提案してきたのは、電車の大回り。例えば、東京から有楽町に行けば一駅。それを反対方向に、かつ一度通った駅は通らないという条件で移動。どこで、そんな知識を得たんだ、若。安請け合いなどするものではないと後悔する南山之寿。


 乗り継ぎ駅や移動ルート、時刻についてを調べるのは南山之寿。意外と難しいが、パズルの様で面白い。早朝から夜までのルートを作成。そして、夏休みに決行。旅のお供に、大福と煎餅。若の所望。渋い選択。


 基本的には普通列車の旅。特急料金を払って乗り込む路線が無い。湘南、北関東、都心、房総半島、どこにいるのか、どこに向かっているのか分からなくなる南山之寿。とは言いつつも、行き先は決まっている。指摘はご容赦願う。


 車窓にも飽き、唯一の心の救いは旅のお供。お供が切れ、途中立ち寄る駅で食べる、駅弁に立食い蕎麦。立上がれと南山之寿を励ます品々。駅のホームに一時間滞在するのは、生まれて初めての経験。


 途中の駅から同じ電車に乗り合わせた、中学生と思われる一人の少年。降りる駅、乗る電車が尽く被る。たぶん同じ電車旅。慣れているのだろうか、無駄の無い動き。Google先生に引率してもらっている南山之寿。無駄な動きに、小さな間違えが散発。少年は手帳を広げ旅路を確認したり、デジカメの写真を整理。暫らく彼に着いて行きたくなる南山之寿。


『餅は餅屋』

 

 やはり、専門家には敵わない。そして、この『餅』という文字に繋がる大回り。無駄な文章の旅路。

 

 目的の駅に到着し、開く電車の扉。無事に長旅が終わり、安堵の息をつく南山之寿。その後直ぐに、家まで帰らねばならないことに気が付く。安堵の息は、ため息に変わる。


 ――やはり、家に帰るまでが旅。

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