探索の始まり
コツ、コツ、と固い石材が返す足音が三つ、仄暗い空間に響く。
降り始めて数分。松明の明かりがギリギリ足元を照らす壁際を伝いながら、四人の距離が離れすぎないように進んでいた。
そこから長い階段が終着点を迎えるまでにさらに数分かかることになるのだが、その間文句や不満をこぼすメンバーは一人としていなかった。
四人全員が呪い持ちであるということは全員が本物の遺跡を経験していて、遺跡の入り口が長い階段から始まるなんてことが珍しいことじゃないと知っていたからだ。
「……やっと着いたな」
体感にして十分以上は経ったかと思った頃、ついに階段に終わりが見え、その先の微かな光すらない暗闇が続いているのが見えた。
しかしいつの間にか先頭に躍り出ていた風香が腰に掛けたランタンライトを点けることで少し先の視界が確保された。
ライト等の遺跡探索や発掘のための道具は入学の際に全員に無料で支給されている。ただし改造することを止められていないので大抵の場合原型を留めてはいないが。
「あの、こんなところで聞くことじゃないかもしれないんですが……」
数分間隔で訪れる二択の分かれ道を多数決で選択しながら進んでいると、遺跡は雑談している余裕がある場所ではないことは分かっていると前置きしてから伊佐与さんが続ける。
「遺跡の入り口に松明やライトが設置されているのは知っているんですが、これって何の意味があるんですか?」
本来なら咎めるくらいされてもおかしくないのだが、話を始めたのが本物の巫女の呪い、つまり短時間の先読みの天才がいるのなら罠云々の心配はさほどないだろう。
「当たり前に思ってましたけど、授業の一環であるこの遺跡ならまだしも普通の遺跡にも入り口には灯りが付けられているなって、ふと気になったんです」
こんな風に、遺跡に関する知識はものによっては「あるのは知っているけど理由は知らない」と言う人が意外と多い。
とはいえ、脳筋寄りな墓守ならともかく発掘者である伊佐与さんが遺跡保全の知識を知らないのは比較的珍しいパターンではあるけど。
「あれ、いのりは知らなかったのか? なら蓮陽、説明してやってくれ」
「いや、自分で教えてあげたらいいだろ」
「ふん! オレは知らん!」
「おいキュアレイター。あんたの専門分野だぞ」
それがどうしたと言わんばかりに、ふんっ! と漢太が胸を張る。
そんな漢太の盛り上がった部分を風香がものすごい形相で睨みつけているのだけど……きっと漢太の知識のなさに呆れているのだろう。そう思っておこう。
「あのな、入り口の灯りは遺跡の保護のために付けられてるんだ。灯りが設置されている遺跡はすでに考古学者が入って調査をしたという証になるからな、それだけで考古学者と鉢合わせしたくない盗掘者とか、未発見の遺跡にしか興味のない自称トレジャーハンターとかいう厄介盗掘者を寄せ付けなくなることができるんだよ」
一見遺跡をそれっぽく見せるための装置にも見える灯りだが、その実遺跡に入りやすくするのではくむしろ人を寄せ付けないための役割を持っている。そしてそのことを知らない身内も多いからこそ、管理者が率先して灯りを設置する役割を担っている、はずなんだけどな……。
「へぇ〜」
「おいコラせめて興味あるフリくらいしろ」
「まあまあ、私は知れてよかっと思ってますよ蓮陽君。ありがとうございます」
僕の呪いの嘘判定は意外とガバガバで、直接嘘の言葉を僕に向けて言わないと嘘だとカウントされない。だから動きや表情の嘘は分からないし、声のトーンを変えるくらいなら判定に引っかかることはない。
そのことを漢太も知っているはずなのに、それでも普通に興味ないって反応しやがった。
「お、次の分かれ道だぞ。今度は四つか……そうだいのり、せっかくだから当たりがどの道か視てくれ」
話を逸らすように……ではなく、自分の中で完全に話題が切り替わってしまっている漢太が目の前で分かれた四つの道を順に指さした。
まだまだ素人に毛が生えた程度とはいえ、今後の遺跡攻略のためにも二択、三択の道なら練習も兼ねて自力で判断するべきだとここまでやってきた。
そもそも占いがある今の状況の方が珍しいのだから頼るのは最終手段にするべきだ。
「もう……」
マイペースな漢太に伊佐与さんが呆れた声でため息をつくが、さすがに漢太の彼女をやっているだけあって、その手はすでに占いを始めていた。
占いと言ってもテレビなんかで見るカードを使ったものとかファンタジーみたく水晶で占うことはない。
日本で巫女の呪いを持つ者が多く使うのは太占(ふとまに)と呼ばれる古い占いで、鹿の肩骨を熱してできた割れ目の模様で占うというものだ。
「では、始めます……」
とはいえ、だ。鹿の骨を、しかも占う回数を増やそうとすればそれだけ多くの量を運ぶことになるわけで、いくら優秀な巫女の呪い(本物)の能力だとしても、その労力は計り知れないものになる。
なので、調査発掘のために使用された科学技術によって占いの過程は大きく省略されることとなった。
スマホを取り出し、目を閉じたまま人差し指で画面を一度だけタップする。
太占のためにだけに開発されたAIを利用した通称「占いアプリ」。元は占いのパターンを学習させて巫女の呪いなしで占いを行うことを目的として開発されたものだが、タップによって落とされた火がどのような割れ目を作り出すのかは学習できても、その読み取りは占う人によって異なるため結果として巫女の呪い用の簡易版として利用されることになった。
実は少しだけ占いの精度が落ちるのだが、それをカバーするには十分すぎるほどメリットが大きいため大半の巫女の呪い所有者が利用している。
「…………視えました。そこと、そこ、そしてその通路はよくない未来が待っています」
時間にして一分と言ったところか。スマホに視線を落としたままの伊佐与さんが一番右から続けて三つの通路を指差した。
「うわ〜、四分の三が罠選択肢かよ……」
「ごめんなさい、アプリだとその先が罠かどうかまでは分かりませんでした。でも、落胆の声ではなく悲鳴が視えたので漢太ちゃんの言う通り罠があると思います」
「分かった、ありがとう伊佐与さん。なら進むのは左の道ってことになるけど……一応ハズレの道も調べておく?」
「いや、わざわざ自分から罠に突っ込んでいくことないだろ」
「まあ伊佐与さんの占いもあるし罠しかないって分かってるんだけど……」
「けど?」
占わずとも漢太に揶揄われる未来が見えてその先の言葉に詰まる。
「隠し扉」
ボソッと、そんな僕の代わりに風香が零した。
「隠し扉? そんなものあるのか?」
「……ん」
頷いた風香を見た後、漢太がこちらに視線をよこす。
風香を疑っているとかではなく、文章で説明が聞きたかったのだろう。
「遺跡の侵入者対策だよ。わかりやすいところにそれっぽいお宝を置いて、一番大事なものは隠し扉とか隠し通路の中に隠すんだ。で、その隠し扉が罠を降りた先にあったりするんだよ」
そもそも、遺跡に罠があると分かったのもつい最近の話、科学の発展により考古学が大きく進歩した後の話だ。つまり、それまでは罠の存在する通路さえも見つけることができないほどうまく隠された場所がたくさんあったということ。
そしてその先に隠された大事な物となれば、さらに厳重に見つかりづらい工作がされていて当然のことだ。
「そうなんですね……。私、ディスエントマ専攻なのに知りませんでした」
「いやいや、気にすることないぞ、いのり。ほぼ一般教養しか学んでない二年生の初めの時点でこれだけ知識がある方がおかしいんだからな。ま、さすが考古学大好きな蓮陽とその同類の石川さんだよ」
「うん、好き」
返事として正しいのかどうかはともかく、風香は少し笑顔を浮かべながらためらうことなく答えた。
「……ほら、次は蓮陽の番だぞ」
「うっ……まあ、好き、だよ……」
結局漢太にニヤニヤとされてしまった僕は恥ずかしさに視線を床に逃しながら答えた。
考古学が好きなことは間違いないのだけど、いざ口に出して、しかも流れに乗せられて言わされるのはものすごく恥ずかしい。
「漢太ちゃん、今は蓮陽君で遊んでいる暇はないと思いますよ。あと、蓮陽君と風香ちゃんには申し訳ないですけど、今回は罠に対処できる装備は持ち込みできないですから隠し扉は諦めてください」
「そっか、そうだよな……。わがまま言ってごめん」
本来支給されている探検セットには罠対策のアイテムも入っているのだが、今回の探索では定点カメラによって中の様子が監視されているため罠にハマれば即失格、教師に救助されてそのまま外に放り出されるシステムのためそれらの道具の持ち込みは許されていなかった。
まあつまり、そもそも罠に落ちた時点でアウトならそこに隠し扉は用意されていないってことになるわけだ。
「あ、あの……二人してそんな顔されると罪悪感が……」
「いや、そんなつもりは……」
そう言いながら横を見ると、小さく口を開けて声に出していなくとも「そんな……」と言いたいのだと分かる風香の顔が映った。
「そんなつもりがないなら無意識ってことだな。蓮陽も石川さんも、いのりのツッコミでワクワク顔が一気に曇ったからな」
まさか僕もあんな分かりやすい顔してた……んだろうな……。
「わかりました。これからは罠だけじゃなくて隠し扉があるかどうかも占いますから。だから……ね?」
わがままを言う子供を宥めるように優しく声をかけられて僕が余計に恥ずかしさを感じる一方、多分呪いのせいで精神までロリ化した風香は勝手にカゴに入れたお菓子を棚に戻された子供のような顔をしながら小さく頷いていた。
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