第4話 私は悪い子。

病院沙汰になったのは、今回がが初めてだったが、以前から、体育水泳を休みたいと言ったり、運動着も、絶対半袖半パンは着なかった。

顔にあざを作ってきた事も珍しくもなかった。

しかし、『転んだものだ』としか、朱羽子は言わなかった。

そんな事があったから、児童相談所が自宅に何度か来たことがあった。

それでも、橙史のDVは見逃されてしまった。





そう、あの日まで―――…。







「朱羽子!寝る前に酒買って来い!!」

泥酔して、一段と荒れた口調で、橙史は朱羽子に命令をした。

「私…子供だから…お酒…買えないです」

「あぁ!?俺に従えないってことか!」

橙史が立ち上がり、少しずつ朱羽子近くに迫ってきた。

キッチンまでじりじりと間を詰め、蹴る事の出来る距離に追いやった。

そして、まだまだと言うにやけた顔で、朱羽子を殴ろうとした瞬間………、


カタン…。


何かが朱羽子のすぐ隣で倒れた。


それは、孤独と体と心に負った傷が呼んだに違いない。

朱羽子の悲しみと、怒りと、苦しみは、とうに限界を超えていた。

だから、こんな事が起こってしまったんだ。


朱羽子は落ちて来た包丁を、恐る恐るつかむと、



「もう…いや…」

「あぁ!?何言ってんだ!!」

朱羽子は、震えながら口を真一文字に結び、立ち上がった。


「私…悪い子でいい…」

涙を瞳に涙をたっくさん溜めて、ゆっくり立ち上がった。


そして…目を瞑りを握りしめ、


「なんだ。俺を殺そうとでも思ってるのか?バカが。お前は一生逃げられないんだよ!」

「なら…逃げ…られないなら…」

溜め込んでいた、涙をポロポロ零しながら、恐怖に負けそうになりながら、こんな何も悪いことなど、した事の無い少女が――…。


「逃げられないなら…してやる…」

「あんだって!?」



「逃げられないなら、殺してやる!!」


鈍く、肋骨の隙間を抜け、包丁の刃先が内臓を通り、そこを通過して、包丁の先が、何とも言えない音と感触で心臓に着地したのが解った。



「う…朱羽子…お前…」

橙史は少しだけ息を吐くと、目を見開いたまま、床に崩れ落ちた。

口からは血が溢れていた。


「はぁ…!はぁ…!はぁ…!」

朱羽子は息を荒げ、握りしめた包丁を抜き、手が生暖かい血にまみれた。


「お…おとう…お父さん…?」

カシャンッ!カランカランッ!ペチャ…。


包丁が床に落ちて、橙史の体から流れ出た、血の海にダイヴした。

「あ…あ…」

声にならない声で、必死で自分のしたことを、把握しようとする朱羽子。


「おと…とさ…お父さん…?あ…あぁ――――――――――――――!!!!」

震えた声は、あっという間に悲鳴に変わった。





その後の事は、朱羽子は、よく覚えていなかった。

泣いていたのか、ボーっとしていたのか、何も考えていなかったのか、もう何も考える余裕などなかったのか…もう…それすら…。

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