12 王太子の思惑
◆ ◆ ◆
「――で、良かったのかよ。貴重な鉱山の資料を他国に渡したりして」
ダイヤモンド鉱山から撤退して数日後、レイモンドは溜まっていた仕事を片付けて自室のバルコニーで寛いでいた。今は側近のフランソワも友人として臨席している。
レイモンドは珈琲を一口飲んでから、
「あぁ、問題ない。オディール嬢に渡したものは全てフェイクだからな。地図もこっそりと擦り替えた」
しれっと言ってのけた。
「お前……性格悪いねぇ」と言いつつも、フレンソワは愉快そうに笑う。
「そりゃ、国防にも関わる情報をおめおめと他国に漏らす必要はないだろう」
「ガセ情報を掴まされて可哀想に……侯爵令嬢」
フランソワが呟くと、レイモンドは「うっ」と顔を引きつらせた。
「あ、罪悪感はあったんだ」
「……もし、僕が渡した偽情報のせいでオディール嬢が酷い目に合うようなことがあれば、迅速に彼女の保護に動く。彼女に罪はないからな」
「王子は婚約者を鉱山に送り込むような卑劣な男だぞ。大丈夫なのか?」
「あぁ。王家の諜報員にオディール嬢を常に見張らせている。有事の際はすぐに助けるように、とな」
「へぇ~。王太子殿下は優しいねぇ」と、フランソワはニヤニヤと笑った。
「せっ、責任はあるからな。……僕は彼女を利用した」
レイモンドの顔が微かに曇った。
罪悪感で胸が傷んだ。彼はダイヤモンド鉱山で「レイ」として「オディオ」と過ごして以来、すっかりオディールに友誼を感じていた。
だから彼女を騙すような真似をして、自分は最低な人間だと良心の呵責があったのだ。
フランソワはそんな彼の様子を興味深く眺めてから、
「それで、アングラレス王国と本当に戦争に発展したらどうするつもりだ?」
「先に仕掛けてきたのは向こうだ。それに、仮に戦が始まっても舞台はダイヤモンド鉱山のみになるだろう」
「ま、そのつもりでアングラレスの王子も鉱山の情報を侯爵令嬢に収集させたんだよな」と、フランソワは眉根を寄せる。彼も婚約者を駒にするようなアンドレイに対して憤りを感じていたのだ。
「そのためのフェイクだよ」レイモンドはしたり顔をする。「ダイヤモンドの産出量などの情報は盛ってある。当然、今後の予測もだ」
フランソワは一瞬だけ目を剥いたあと、ニヤリと悪い顔をした。
「ほう……。じゃあ、あのことは伏せているんだな?」
「もちろん。あそこのダイヤモンドは枯渇しつつあって、来年には鉱山を閉鎖をすることは一切触れていない。むしろ、これからもっと採集できるだろうと記載しておいたよ。桁外れの金額とともにな」
フランソワはくつくつと笑って、
「本当、お前っていい性格しているな。じゃあ当然、あの山の奥のこともだんまりか?」
「当たり前だろ。あの情報はまだ国内でも非公開だからな」
オディールが赴いたダイヤモンド鉱山は年々採掘量が減っていて、これ以上の採掘は赤字を垂れ流すだけだとレイモンドの判断で打ち切ることになっていた。それはまだ鉱山の管理人にしか知らされていなかった。
同時に、現ダイヤモンド鉱山の奥にそびえ立っている山々に新たな鉱脈を発見していた。それも現鉱山に勝るとも劣らない量の。
「彼女に渡した資料には、ダイヤモンドが今後もどんどん採掘できるから坑道を広げる計画を載せた。地図も、工事の途中の様子に書き換えている」
「芸が細かいねぇ」
レイモンドは深く頷いて、
「戦が始まったらダイヤモンド鉱山は敢えて取らせる。だからアングラレス軍が攻めてきたら速やかに退避させて、鉱山内も実際にフェイクの地図と同じように作り変えるんだ。あちらさんは大喜びで採掘作業を始めるだろう。開発には金がかかるが、それ以上の利益を得られるとなれば惜しみなく資金を注ぐ」
「なるほど。ただでさえ一番金がかかる戦争で国庫が疲弊しているところに、更に資金投入させるのか」
「そうだ。資料を見る限りでは、投資する価値が大いにあるからな」
「だが、実際は――」
「ダイヤモンドはほとんど取れずに大赤字だ。下手をすれば、財政悪化で国が傾くかもしれないな。王子のせいで、な」
「本当にずる賢いな、お前は。やっぱり性格が悪い」
「……褒め言葉と受け取っておこう」
そのときだった。
「ピィーッ!」という甲高い声とともに、一羽の鳥がレイモンドたちのいるバルコニーに飛んできて、柵の上にちょこんと止まったのだ。
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