6 興味津々

◆ ◆ ◆






「侯爵令嬢が……鉱山!? しかも、坑夫として働いている、だと!?」


 レイモンドは開いた口が塞がらなかった。無茶苦茶な話に彼は目を剥いて、しばし硬直する。 

                                                                             

「はい。間諜によると、アングラレス王国の王子の命令で鉱山の潜入捜査を行っているそうです」と、側近のフランソワが事務的に告げる。

 レイモンドは眉根を寄せて、


「命令? アンドレイ王子は自身の婚約者を鉱山送りに? 一体なにを考えているんだ?」


 うんうんと頭をいくら捻ってもアングラレスの王子の意図が理解不能だった。

 鉱山は劣悪な環境で、死と隣合わせの危険な場所だ。

 そこに貴族の令嬢を送り込むなんて。将来の伴侶……ましてや未来の王妃に対しての扱いではない。


「間諜の話によると、侯爵令嬢は名目上は外交の勉強のために大使館勤務をすることになったそうなのですが、実のところ王妃になったら国の諜報部門の統括を任せたいと王子から言われているそうです。なので今回は令嬢自身に諜報活動の実践をさせたい……と」


 フランソワは淡々と報告しつつも、この荒唐無稽な話に眉を曇らせる。


「……なにか裏があるな」


 レイモンドの眼光がにわかに鋭くなった。

 フランソワは深く頷いて、


「はい。間諜もさすがに違和感を覚えたようで、現在追加調査を行っております」


「頼んだぞ。そもそも、いくら妃教育とはいえ婚姻前の令嬢を他国に送るなんて信じられん……」


 まだ爵位を継いでいない令息が学問を修めるために他国に留学をすることはよくある話だが、未婚の令嬢が外国に一人で長期滞在をするなんて貴族社会ではまずあり得なかった。


 令嬢には純潔が求められる。だから、僅かでも疑われるような行動を取ってはいけないのが、貴族社会の不文律だ。


 それに、婚約者を大切にするのは当然のことではないだろうか。アンドレイ王子は不誠実過ぎるのではないのか……と、レイモンドは静かに憤る。


「間諜には新たな情報が入り次第、逐一報告をさせます。侯爵令嬢が潜入している件はまだ鉱山の管理人には伝えておりませんが、監視など付けますか?」



「いや…………」


 レイモンドは少し思案してから、


「僕が直接見に行こう」


「はあぁっ!?」フランソワが素っ頓狂な声を上げる。「なに言ってるんだ、お前」


 思わずレイモンドの親友としてのフランソワに戻ってしまった。


「僕も坑夫として潜入する。そこで彼女と接触してみよう。上手く行けばなにか情報を引き出せるかもしれない」


「いやいやいや! お前は王太子なんだぞ!? そんな危険な真似をさせられるか! それに、仕事は? 今日もこ~んなに残っているんだぞ!」


 フランソワはドン、と王太子の机を叩いた。すると、堆く積み上がっている書類の山がグラリと揺れる。

 レイモンドは一瞬だけ顔を引きつらせるが、すぐに気を取り直して微笑む。そびえ立つ書類の山は見ないようにして。


「昼は坑夫として働いて、夜は王太子の仕事をする。悪いが、鉱山内に秘密裏に僕専用の書斎を作ってくれないか。もちろん、潜入の件も管理人以外には他言無用だ」


「そんなの駄目に決まっているだろ! 国王陛下に見つかったらどうするんだ?」


「仕事が滞りなく進んでいれば問題ない。昔から父上は結果を出せば文句は言わないからな。――じゃ、頼んだぞ、フランソワ」


「はぁ~~~………………」


 フランソワは長いため息をついた。

 このご主人様はいつもそうだ。巷では柔軟で物わかりの良い王太子なんて言われているけど、やはり王族。一度言い出したら聞かない我ま――頑固なところがあるのだ。

 主人の気まぐれに何度付き合わされて、その度に尻拭いをさせられたことか……。


 そのとき、フランソワはあることに気が付いた。そしてニヤニヤと意地の悪い笑顔を浮かべる。


「な、なんだよ」と、レイモンドは彼を訝しむ。


「いやいや、お前……令嬢とは関わりたくないんじゃなかったっけ? もしかしてジャニーヌ侯爵令嬢に興味持っちゃった~? 鉱山に潜入するような変な令嬢だから気になるのか? 王太子殿下は単純だねぇ~」


「ちっ……」レイモンドの顔がにわかに上気する。「違う! 僕はただ、侯爵令嬢が王子から不当な目に合っているんじゃないかって心配なだけだ! それに、鉱山内でもしものことがあったら、我が国の責任になるかもしれないだろう? だから……監視に行くんだよ!」


 ――とは言ったものの、レイモンドは侯爵令嬢のことが気になっていたのは事実だった。

 だって、高位貴族が平民の振りをして、危険な鉱山に?

 そんな令嬢、見たことがない。


 だから少しだけ……ほんの少しだけ彼女に会ってみたいと思ったのだ。


「はいはい。ま、お前が令嬢に興味を持ってくれて俺としても一安心だ。一部からは王太子殿下は男色の気があるのではって噂されているからな。――よし、これが終わったら婚約者候補たちを集めて王宮でお茶会を開こう。それが今回のお前の奇行に付き合う条件だ」


「はっ……」レイモンドはみるみる青ざめる。「それは……ちょっと…………」


「拒否をするのなら俺は協力しない」と、フランソワは強気で跳ね返す。長年レイモンドと付き合いのある彼は主の扱い方も手慣れたものなのだ。


 レイモンドは悔しげな表情を浮かべて、


「さっ……三十分だ…………」


 妥協した。


「一時間、な」と、すかさずフレンソワ。


 レイモンドはきっと彼を睨むが、観念して「……分かったよ」と承諾する。

 彼は側近であり親友であるフランソワには頭が上がらなかった。子供の頃から、自身を犠牲にして自分のために尽くしてくれていることを知っているからだ。例えそれが、階級社会が決めた義務だとしても。


「よーうしっ! 契約は成立だな。早速準備を始めるか」と、フレンソワは王太子の執務室を辞去した。


 彼の足取りは軽かった。令嬢嫌いの変人の王太子――その不名誉な称号をついに払拭できるチャンスがやって来たからだ。この調子でさっさと婚約者を決めて、陛下たちを安心させてくれ……と強く思う。



 ――が、そのとき、ある不吉な考えがふと彼の頭を過ぎった。


「まさか……あいつ、侯爵令嬢に惚れたりしないよな…………?」


 オディール・ジャニーヌ侯爵令嬢は隣国の王子の婚約者だ。それを横恋慕するようなことになると……。


 揉めに揉めて、最悪、戦争になるぞ……!


 国力からしてアングラレス王国に負けることはないと思うが、我が国の王太子がこんな馬鹿なことで戦争を起こしたとなると大問題だ。

 国民も貴族もレイモンドに失望して、王子としての資質を問われる。継承権の剥奪もあるかもしれない。


「いや……」


 フランソワは頭を振る。

 まさか、レイモンドに限ってそんな愚かな行動を取らないだろう。幼少の頃から後継者としての教育を受けていて、本人も聡明な人物だ。国より女を取るなんて、しないはず。


「それに、令嬢嫌いのあいつが令嬢に惚れるなんてあり得ないしな」


 フランソワは余計なことは考えないように、まずは目の前の仕事に集中することにした。


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