当事者より他人の方が時に張り切ってしまうはなぜだろう
「ぜぇ、ぜぇ……こ、これ……ほんとに、ゲーム?」
不破にダイエット拉致されてから早いもので一週間が過ぎようとしていた。
現在時刻は夕方6時。窓から差し込むスリット状の日差しが汗まみれになった太一を照らし出す。
手にはリング状のコントローラーを握り、肩で息をしている。
足下に敷かれた暗緑色のヨガマット(涼子購入)にはぼたぼたと汗がしたたり落ちて小さな水たまりが出来上がっていた。
不破との水泳ダイエットから帰宅したのち、太一は姉の勧めで某有名ゲームメーカーから発売されたフィットネスゲームをプレイしていた。
しかしゲームを勧めてくる姉の顔に、なにやらいやらしい笑みが浮かんでいたのを太一は見逃していなかった。が、その真意に気づくことなく、いつの間にやら購入されていたヨガマットを引っ張り出してきて、いざゲームを起動したのがつい15分ほど前のこと。
が、ふたを開けてみればこれはゲームという名にかこつけてゴリゴリの筋トレを要求してくる鬼畜仕様な代物であった。
普段から運動などしてこなった太一は開始5分から衣服を汗に濡らすほど。腹筋関係は勿論、下半身に負荷が掛かるトレーニングメニューでは軒並み地獄を見せられた。
ヨガマットの上で芋虫よろしくグネグネと無様を晒す弟を姉は指さして笑いものにした挙句、腹を抱えて咳き込む始末だ。
誰かあのクソ〇マに鉄槌を下してください、と太一は涼子を睨みつけた。
「ひぃ、ひぃ……お腹痛い、あははっ!」
「姉さん……このゲームの仕様知っててやらせただろ……」
「そ、そりゃ、ね。ぷくくく」
金銭的に支援してくれている手前文句を言えない太一は押し黙るしかない。だがいつかこの恨みは晴らしてやると固く誓い、脳内の復讐リストに姉の名前を刻み込んだ。
「あははっ……はぁ~ぁ、笑った笑った。ごめんごめん。そりゃわたしのデータでやればあんたには当然きついって。最初にあんたに合わせてデータを作らないと」
「最初からそうしてくれよ」
「いやだって、絶対に面白くなると思ったし、ぷくく」
弟の痴態を鑑賞して何がそこまで面白いというのか。
太一は不承不承の体で早速自分のプロフィールをゲームに入力し新しく自分用のデータを作成し、再度ゲームを開始した。
なんやかんや、ゲームをプレイしているという環境がモチベーションを維持させているらしい。
顔をしかめながらも、先ほどより負荷の減ったフィットネスプログラムに悪戦苦闘しつつ、30分ほどプレイに没頭していた。
着ている服は汗を吸って重くなり、熱気が湯気になるほど体を酷使した。
「お疲れさん。ほら、水分補給も大事」
そう言って、涼子は温い経口補水液を持ち出してきた。
「けっこう頑張ったねぇ。うわ、汗すご。夕飯の前に軽くシャワー浴びて来なさい」
「そうする。もう全身が気持ち悪い」
もはやパンツまでびっしょりだ。
太一はゲームの画面を閉じてヨガマットを片付けると、そそくさシャワーを浴びに行く。
15分ほど汗を流し、部屋に戻るとテーブルの上には既に夕食が準備されていた。
前回、不破にパシリにされた時にも買ってきたチキンサラダ、ドレッシングの代わりにオリーブオイルが掛かっている。それとバナナにプレーンのヨーグルトをまぜたデザート、野菜たっぷりの味噌汁。最後に小さなおにぎりだ。
色どりが鮮やかで食欲がそそられる。
ここ最近は姉によりヘルシーかつ運動後に最適とされている食事が採用されている。
というよりも、姉の太一のダイエットに対する気合の入れ方が若干本人よりも本気度が高く、間食をしようものなから烈火のごとくキレ気味に叱責され、なかば強制的に健康的な食生活を送らされていた。
それ自体はいい事なのだろうがどうにも当事者である太一よりも姉である涼子の方がダイエットにのめり込んでいる印象だ。
「ほら、さっさと食べちゃいなさい。運動後は45分以内に栄養補給しないといけないのよ」
「もうそれ何度も聞いたよ……いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせて箸をつける。あっさりした献立だが薄味すぎるということもない。甘みと塩気が絶妙で箸が進む。これまでなにも考えずドカ食いしていたが、最近はゆっくりと噛んで食事をするように涼子から注意され意識するようになった。
「ごちそうさま」
「お粗末様。食器片づけるの手伝って」
「うん」
食事以外にも、太一の生活は若干の変化が見られた。
まず、朝のランニングのために早朝に起きなくてはならないことから、就寝時間が必然的に早まった。今ではどんなに遅くても11時半までにはベッドの中だ。
これまでは深夜1時、2時まで起きてるなんて当たり前だったが、不破を待たせている中で遅れることの恐怖を痛感させられた太一は、絶対に遅刻だけはすまいと早めの就寝を心掛けるようになっていた。
皮肉な話ではあるが、周囲に強制された環境が彼の生活習慣を改善させるきっかけになっていたのだ。
とはいえ、毎度毎度、不破と一緒に罵詈雑言を聞きながらのダイエットは精神的にも来るものがある。
「早く……早く不破さんを痩せさせるんだ」
が、彼は気づいていない。確かに不破と毎日のようにダイエットに付き合わされてそれなりのストレスを抱えつつも、いまだ自分が心折れずに前向きにダイエットに励んでいる事実に。
更には、現状において不破よりも太一の方がよっぽどダイエットらしいダイエットに取り組んでいるという現状に。
とある研究によれば、運動には抗うつ剤より遥かに優れた抑うつ効果があり、かつストレスの発散においてはかなり大きな効果も期待されているという。
なんとも数奇なものである。彼が努力すればするほど、彼は不破と対面していくだけのメンタルを回復させ、彼女と会うたびにストレスにメンタルゲージをゴリゴリに削られつつも運動によってそれを回復させてまた削られる。
まさしくゲームで言うところのリジェネ状態である。しかし状況的には継続ダメージを発生させる毒沼にでもつかりながら回復し続けているようなものであり、もはや意味が分からない。
太一は明日に備えてジャージを準備しつつ、ほどよい疲労感による眠気にいざなわれるまま、きょうもまた健康的に眠りにつき、明日もまた不破という名のスリップダメージ発生器と顔を合わせに行くのである。
Zz。.(⁎ꈍ﹃ꈍ⁎)
不破とのダイエットから2週間が過ぎた。
いつものように早朝のランニングに出掛けると、
「なあ。お前なんかさ、最近ちょっと痩せてね?」
「え?」
と、幾分か軽快になった足取りで走っている最中に、不意に不破からそんな感想が零れた。
「そ、そうかな?」
自分の体重などまるで興味がなかったため計っていない太一はいまいちピンを来ず首を傾げた。
「いやぜってぇ瘦せてっから。え? なに? なんかアタシよりダイエット効果出てね? は? なんで? お前の作ったあのクソ面倒な紙の通り動てるし食ってんだけど。なんでお前の方が痩せてるわけ。意味わかんねぇんだけど」
などと言われても困る。
太一が不破に渡した計画書には書籍から得た就寝前にやると効果的なストレッチのやり方、ヘルシーかつ栄養がしっかりととれる食材と簡単な調理でできる料理メニューを記載しておいた。一日当たりの摂取カロリーも記載し、最終的に月一で3~4キロほど痩せることを目標にした設定してある。実際、不破の体重は1キロほど下がっていた。
が、これはあくまで不破のために計画した内容であって、太一自身がそれを実践しているわけではない。
しかし客観的に見て太一は確かに顎にべったりとぶら下げていた重量級ミートアーマーからライトなアーマーに換装されていた。
「そ、そうですかね」
不破の嫌味もそれが自分の変化、しかもそれが良いベクトルの内容であることに太一は表情を緩ませた。
しかし忘れてはならないのがこれが本来不破のダイエットであることだ。
当然彼女からすれば付き添い兼パシリ程度にしか思ってなかった相手の方が成果を出していることなど面白くない。
体重計に乗っても大きく数字に変化が見られないこともまた彼女の不満を更に高める要因であった。
「うざ。マジでうざ。てかお前さ、絶対になんかアタシに隠れてやってんでしょ」
「え? い、いや、そんなことは……」
「はっ!? 嘘つくなし! ぜってぇやってる! 毎日こうして同じランニング、水泳やってんのにお前だけ効果出るとおかしいから!」
不破はそう言うがそもそもダイエットの効果には個人差が出るもである。一概に同じ運動をしたら同じ効果が出るなどあり得ない。しかしそんな正論が通じる相手ならそもそも太一は苦労などしていない。
「そんなこと言われても…………あ」
と、困惑しながらも自分が彼女と違う点を発見してしまい思わず声を出してしまった。不破にも目ざとく気付かれ追及を許す。
「やっぱあんじゃん! てか一緒にダイエットしてんのに隠すとかありえなくない!? おら吐け! なにやってんのか全部言え!」
声を荒らげる不破。しかし彼女は肝心な部分を見落としている。こうして無駄話に興じていながらほとんど息切れすることなくジョギングができている事実。スタイルはともかくとして体力はそれなりについてきているようだ。若さゆえに適応能力か。2週間のランニングでもそれなりの効果が見込めているらしい。
最も、彼女が重視しているのは理想のスタイルのみ。体力のことなど付属品程度にも思っていないようだ。
「え、と。実は家に帰ってから、ちょっとだけフィットネスのゲームを」
「は? ゲーム?」
「う、うん。CMとかで見たことない? あの、体を動かして遊べるって」
「ああ、確かにそんなんあったかも……は? それでそんな痩せたわけ?」
「そ、そうじゃないかな……多分」
実際は張り切った姉の、強引な献身という名のお節介からくる食生活の改善も手伝っての今という結果なのだが。
「マジか。それでそんな痩せるか、やべぇな今のゲーム」
「そ、そうだね。かなり疲れるし、いい運動になるかも」
「へぇ」
ゲームに興味を持ってくれたことに気分が高揚して発言した今の言葉。
これが、彼にとってより過酷な環境への片道切符になるなどとは考えもせず。
「じゃあ今日の水泳のあと、お前んち行くから」
「え?」
聞き間違いか、と思った。だがそのすぐ直後、
「アタシもそのゲームやるっ、つってんの。一発で分かれよそんくらい」
「え……ええええええええええっ!?」
早朝の空に、近所迷惑な絶叫が木霊する。付近の皆様ごめんなさい。しかしそんなことに気を割く余裕など、今の太一にはあるはずもなかった。
(ー△ー;)エッ、マジ?!!!
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