羞恥で赤くなる女の子が可愛いなんて誰が言った

 早朝。6時半。いつもの駅前公園にて。


「不破さん! 不破さんの体重って今なんキ――ぐぇっ!!」


 太一は不破から腹部に先日と同様の苛烈なキックをお見舞いされた。


「お前バッカじゃねぇのか!? ストレートに訊くか普通!? ぶっころすぞ!!」

 

 珍しく顔を赤くして不破が吼えた。

 しかし今回は太一も引き下がることなく不破を真っ直ぐに見上げる。

 

「い、いえ。別に他意はなくてですね。ただその、今後ダイエットしてく中でどうしても不破さんの体重を知る必要がありまして。それというのもこうしてただ漠然と毎日痩せるまでダイエットって難しいじゃないですか。やる気とかも続かないかもしれませんし。それでですね、」

「なげぇ! 一言でまとめろ!」

「すみません! えと、要するに……不破さんのダイエット計画を立てたいので、体重を教えてくれると、嬉しいです……」

「は? 計画? お前が?」

「は、はい」

 

 太一はたどたどしくも自分の考えを不破に聞かせた。

 まずダイエットと一口に言っても目標設定がなければ達成までのアプローチを考えづらい。

 かつ計画日数を定め、日々の成果を記録することで常にモチベーションを保つ。

 ただ漠然と痩せたい、と願望だけ持っていてもダイエットを続けるのは難しい。成功させるとなればそのハードルはさらに上がる。

 

 太一は先日姉に購入してもらった本の内容を思い出しながらなんとか不破に説明していく。 


 不破は胡散臭そうにしながらも耳を傾けていた。


「――って、言う感じで……不破さんの今の体重から、目標体重までを把握しておきたいって……思い、まして……」

 

 最後の方はぼそぼそ自信なさげに小声になってしまう。

 恐る恐る不破の様子を確認した。彼女は腰に手を当てながら足で地面を鳴らしてなにやら考え込んでいる。



「おい」

「は、はい!」

 

 不意に彼女は鋭い視線を太一に向けた。少年の体が小さく跳ねる。



「そこまで言うならお前に計画? っての立てさせやるよ。ただし、もしもなんの結果も出なかったり、あたしの体重が周りにバレるようなへましやっがたら……」

「し、したら……?」

「徹底的にシメル」

「そ、そんなぁ。僕だってダイエットなんて初めてなのに……」

「お前が言い出したんだろうが。それともなに? 適当言ってアタシをまたバカにしようとしてたわけ?」

「ち、違います!」

 

 思わず顔が引きつる。つい先日から本格的にダイエットについて調べ始めたばかりだというのに、それに対して確実な成果を要求してくる不破に太一は理不尽を覚えた。

 

 ……でも、やるしかないんだよなぁ。

 

 そう。どちらにしてもこの状況から抜け出すには不破が納得するような成果を出すしかないのも確かだ。つまりはどう転ぼうと太一の理不尽は変わらないし不破からど突き回される未来にもそう大きな変化はないだろう。

  

 ならもう覚悟を決めて少しでも早くダイエットを成功させることを考えるしかないではないか。

 

「……わかりました……不破さんが痩せられるように、僕がちゃんと計画を考えます。なので、その……可能な限り、不破さんも僕の言うことに従ってほしいんですけど……」

「チッ……………………ああわかったわかった。最初くらいは素直にお前の言うことも聞いてやるよ。ただし体重になんの変化もないときは速攻でやめっから」

「う、うん。ありがと」

 

 舌打ちのあとの間が少々気になったが、太一はとりあえずホッと胸を撫で下ろした。そこで改めて、不破に体重を確認する。


「そ、それで……不破さんの今の体重って」

 

 まるで猛獣の檻に手を突っ込むような心境で、太一は不破に再度質問を繰り出した。 

 


「………………ぜってぇ誰にも言うんじゃねぇぞ」

「は、はい。約束します」

「ぜってぇだかんな。チクったらマジでぶっとばすから………………66キロ……」


 火を噴きそうなほどに顔を真っ赤にした不破は、絞り出すような小声で体重を口にした。太一はその数字を忘れないようしっかりと脳内に刻み込んだ。 


「えと、それじゃ一緒に教えてほしいんですけど。スマホで見せてもらった時の体重って、何キロだったんでしょうか?」

「おい、そこはさっき訊かなかっただろうが」

「あの、でもそこが不破さんの目標値ですよね? なら、知っておかないと」

「……ああもうわかったよ! あん時で確か55キロいくかいかないかくらいだよ!」

「あ、ありがとうございます」

「チッ……ここまで教えてマジでなんの成果もなかったらお前、覚悟しとけよ」


 不破は赤い顔で太一を睨みつけてきた。彼女の身長がおよそ170センチ。僅かに肥満度が高くはあるが、太一と比べればまだ標準に近い。


「と、とりあえず、教えてもらった数字をもとに、計画を立ててみます……なので、今日のランニングはいったんお休みでも」

「は? それはやるに決まってんだろ。あたしは一日でも早く痩せたいんだよ。別に計画なんて帰ってからでもできんだろうが」

「ええ~」

「なんだよ。不満でもあんの?」

 

 そりゃ疲れて帰ってきて頭まで酷使しろと言われているのだから不満がないはずがない。

 が、ここでいやと口にできるなら、太一は最初からこんな状況に巻き込まれてなどいないのだ。


「分かりました……」

 

 結局、その日の放課後も、太一は不破に首根っこを押さえられ、日が沈むまでランニングに付き合わされることになった。



 

 ドタドタε=ε=┏(;>×<)┛ ヒィ、ヒィ!


 

  マンションに帰宅したときには太一の体力はレッドゾーンに突入していた。今なら秒でベッドに沈む自信がある。

 

 が、今は疲労を押してでもやらねばならないことがあった。

 

 ……自分から言い出したことだしなぁ。

 

 さっそく先ほどの自分に後悔の念を抱きつつ机の上のノートPCを起動させる。

 

 高校入学祝いに買ってもらったノートPCは中にワードやエクセルといったオフィスソフトも完備されている。しかし一般的にはなかなかに高価なオフィスソフトも、これまでの太一にとってはただただ無用の長物でしかなかった。


 だが、これからはかなりの高頻度で世話になる。手元には先日に買ったストレッチの他、今日の帰路で新たに追加購入したダイエットのノウハウについて記載された本を机に並べて「よし」と意気込みを入れる。

 

 開いたのはエクセル。学校の授業で軽く触れた程度の知識で、太一は画面トップのセルに『不破満天ダイエット計画』と記入した。

 

 明日からの、(彼にとっては)本格的なダイエット及び彼女との関係清算を目指す、彼自身の計画をスタートさせる。

 

 太一は学校のテスト期間でも発揮したことのないほどの集中力でもってダイエット本に目を通していく。

 

 元の平穏な生活を取り戻す、ただその一心である。

 

「なるほど。野菜をただ食べて痩せるわけじゃないのか。あ、むしろお肉とか魚は積極的に食べないとダメなんだ……え? 油? 油ってダイエット中にとってもいいものなの? あ、サラダ油とかじゃなくてオリーブオイルとかなんだ。あ、そういえばアマニ油ってCMで聞いたかも。え? グラスフェットバターってなに? あ、一番太る原因……糖質……うぇ、これ、全部僕が普段から食べてるヤツしかない……ごはんもパンもダメって……」

 

 調べれば調べるほどに、これまで自分が想像していたダイエットの知識が偏ったものであることがわかってきた。

 

 そもそも、ただ体を動かぜば痩せるわけじゃないということを思い知らされたのが一番大きい。

 

 が、ならば毎日のランニングも無駄なのか、というと、そういうことではないようだ。闇雲に、がむしゃらに走ることが無意味ということである。


「む、難しい……」

 

 思わずくじけそうになる。書いていることを読むのは簡単だが、これを実行するとなると難易度は格段に跳ね上がる。が、なにもしなければいつまでも自分は彼女から解放されない。ずっと不破に怒鳴られながらの生活を想像する。カラダに怖気が奔り、吐き気まで覚えた。

 

 ……それだけは、絶対にいやだ!

 

 太一はやる気に小さく火をつける。

 

 ダラダラと長期戦を想定するのは自分の精神がもたない。やるなら極力短期決戦で。

 

「3か月……どんなに遅くても3か月で8から10キロ減だ」

 

 太一は目標までの期日を設定し、プランを練っていった。



 (。-`ω-)ンー

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