第28話 眠らない姫と北の魔皇国

 メルティアは、完全に分離不安症となりシェスターにベッタリである。以前からあった状態が酷くなったと言えばそれまでである。


 笑わなくなった事と、悪夢を見るため眠らなくなり、仕方なくシェスターが魔法耐性の強いメルティアに自分の魔力の半分を使って『スリープ』の魔法をかける始末である。


 そんな中、幼魔法師のクロエの成長が目覚ましく、最近は精神魔法の才能にも目覚め、常にメルティアに付き添い、精神治療を施しているのだ。お陰で、メルティアの容態も改善に向かっていた。


 原因を作ったシーベルは、幼魔法師達に責められていた。


 「お前メル姉になんて事したんだ!許さない。」


 セージが空間転移を連続発動しシーベルに斬りかかる。シーベルは、セージの連続攻撃を受け流すが、鋭い攻撃に驚いている。


 「ふん、中々良い腕だ。」とは、言うものの仲間からの攻撃に、実は落ち込んでいた。

自分だってメルティアを傷付けるつもりは無かったのだ。


 「クロエ!例の魔法をお願い。」


 クロエは、頷くと魔法を放つタイミングを測っている。


 再びセージはシーベルの間合いに空間転移で入ってくるが、そこでセージだけ急激に加速してシーベルの魔法着の胴部分を薙ぐ。クロエがセージの周囲だけ時間を早く進めたのだ。


 「ぐっう」


 なんとシーベルの腹部は血で染まった。


 「メル姉が困る様な事はしないでくれよ・・・メル姉が笑ってくれないと、俺、おれ・・・」セージは、ベソをかいていた。


 いつも微笑んで支えてくれていたメルティアが笑ってくれなくなったのがこたえているのだ。


 シーベルは、幼魔導師達の成長に愕然とすると同時に、現在のアンブロシアにとってメルティアが如何に大きな存在かを実感し、自分の軽率な行動を反省していた。






 「シェス?また、シェス以外が見えなくなっちゃった。最近やっと、孤独感が薄まって来た感じだったのに・・・」


 「いいよ、僕はメルだけ見てるから、心配しないで。僕はメルと一緒に居れるからうれしいよ。」


 メルティアは頬を赤らめて返事をする。

 「うん・・・」


 



 

 そんな毎日の中、1通の書面が届く。


 オルドラン魔皇国・・・見慣れない国からの同盟要請とは名ばかりの降伏勧告であった。


 オルドランとは、大昔に人と魔族が共存していた地域と言う事であるが、現在では全く国交もない地域であり、情報すら無いのが現状である。


 勧告条件は食糧含めた定期的な物資の提供とアンブロシア聖教国の皇姫メルティアの引き渡し要求であった。


 どうやらエールドベルグとの戦争でメルティアとシェスターが使った魔力が彼らの興味を引いたらしいのだ。


 通常の戦力では、魔皇国が明らかに勝っているはずだ。無碍にする訳にも行かないのだが、受け入れられない内容なのだ。


 オルドラン魔皇国は魔族と人間の共存国家とはなっているが、もともと人族の生命力が弱いため殆どが魔族となってしまっており、人族はほとんど残っていない。


 魔族は血液が濃すぎるため魔族同士の交配が進むと、子孫ができにくくなったり、優秀な個体が生まれなくなってくるという特徴があり、定期的に人族の国を襲うのが習性となっていた。


 現在は魔族同士の交配が進みついに人族の国を襲うタイミングになっていたのだ。


 そんな状況の中、先日のアンブロシアとエールドベルグの戦争で魔族をも凌ぐ魔力を持つ人族がいることがわかり、その標的としてアンブロシアが対象となったのだ。


 交渉場所は魔族の王都であるベルリオーズの王城である。


 非常に遠く通常は到達すら危ういところだが、魔族としては今一度アンブロシアの能力を試しているのだ。


 座標さえわかればメルティアにとって、遠距離の遠隔転移もさほど苦労ではなかった。使者としてはシェスターが妥当だが、メルティアが一人に出来ない都合もあるためクロエを含めた3人で交渉に向かう事になった。





 

 荒廃した大地、街並みに人影を見つける事はできない。かなり、魔族としては切迫した状況に見受けられた。


 皇城の前に立つと、迎えの魔族の女が現れた。門を開けるとメルティアとシェスターを招き入れる。


 中には、屈強な魔族達が並び殺気を放っている。長い廊下の突き当たりは、玉座の間である。中に入ると、玉座には若い魔族の男性が座っている。


 魔王は、人族とは変わらないが頭部には2本の角が生えている。


 魔王の容姿はとても美しく、整った顔立ちで、燃える様な真っ赤な瞳に、鋭い眼尻の美丈夫である。


 魔王は、メルティアの容姿を見るや感嘆する。


 メルティアの大きな真っ青な瞳、凛とした眼尻にみずみずしい果実の様な唇は、魔王の眼から見ても特別な物であった。


 「そなたは、あのエールドベルグを相手に大魔法を放った魔導師だな。能力だけでなく美しくもあるのだな。」


 「お初にお目にかかります。戦聖女メルティアと大賢者シェスターで御座います。」


 「聖女?我等の天敵なのか・・・」


 「本日は、書面を頂きました件につきまして交渉に参りました。」


 「さて、お前達に交渉に値する材料などあるのか?」


 「アンブロシアは、現在防衛は致しますが、他国は侵略いたしません。望む物は平和のみでございます。」


 「我々は、物資の速やかな引き渡しと、種族維持の為の優れた血統をもつ女性である。」


 「アンブロシアは、女性達の人権も尊重しますので、彼女達の希望に沿う魔族の男性ならば可能かもしれませんね。」


 「我々と戦争をしたいらしいな。」


 「アンブロシアの北の大地に人間と魔族の交流できる町を作るのは、如何でしょう?」


 「これは、交渉では無い。受け入れよ!」


 「ここで、私たちの力をお見せするしか無いのでしょうか?ただでは済まなくなりますが、宜しいですか?」メルティアの真っ青な瞳は、魔王を見つめる。


 「そなたが、アンブロシアの皇女か?ならば、まずは其方が我が妻になるのが条件だ。」


 「お断りします。アンブロシアは、あくまで平等な契約を要求します。もしも私が欲しいなら、貴方にその価値がある事を示しなさい。」


 「捕らえよ。」


 玉座での戦闘が開始された。

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