第22話 アンブロシアの戦聖女
最前線は、国境線を割り込み、後一つ砦を落とすと王都まで目と鼻の先になってしまうのだ。
別にアンブロシアが弱いわけではないのだが、エールドベルグが上手く弱点を突いて攻めて来ているのが、実情である。
とは言え、本来のアンブロシアなら、ここまで侵攻を許す事も無かった筈なのだが、やはりメルティア達の勢力との戦闘で、主要戦力が欠けてしまったのが大きかったのだ。
「なんか拍子抜けなんだけど、アンブロシアってこんなものだったのでしょうか?」
真っ赤な巻き毛の長髪、やや吊り上がった眼光の鋭い黄金の瞳、美しい戦乙女はルフェリアその人である。彼女は魔法もステータス増幅に特化した強大な魔法スキルを持っている。一度、魔法を行使すれば、単なる雑兵が最強兵団に変わってしまうのだ。
「いや、まだ名のある将軍や、将校、大魔道士が誰一人出てきていないのはおかしい。国内で何かあったと考えるのが妥当な所だろう。」アルグレンは訝しげに呟く。
ルフェリアの兄であるアルグレンは、魔法攻撃や魔法防御を含めた魔法効果をほぼ無効にしてしまうほどの、魔法無効スキルを自分や自軍に付与することができる。
アンブロシアにとってこれほど恐ろしい相手が過去にはいただろうか?さらにそんな彼は、非常に慎重かつ聡明であり、まさに隙のない次世代の皇帝なのである。
「理由があるにしても、罠でない限りは、此方が有利である事には変わりないでしょう。」
正当に考えても、魔法国であるアンブロシアは、魔法の効力が抑えられたら当然その本領が発揮出来なくなるのは必然である。
エールドベルグは、ここでアンブロシア制圧の正念場を迎えるのであった。
アンブロシアは、アルセンシア城。
「教皇、次の砦を落とされると後がありません。」
「ふふふっ、久しぶりに私の実戦を御覧にいれるかな。血統、特殊スキルと固有魔法で磨き上げられたこの私の魔法を抑えられるかな。」
最強の魔法国の最高権力者として歩んできた道に終止符を打つかのように自らを鼓舞するのだ。
教皇アンゼルは、アンブロシア聖教国を世界最強にするために貫いてきた先進的とも反倫理的とも言える、信念や行為の数々を思い返す。
あまつさえ、自分の妻や娘すらその実験材料として使う冷徹さ、その徹底ぶりは悪寒を覚えずにはいられない過去を積み重ねてきた。
そして、その最高傑作とも完成形とも言われるメルティアを作り出すが、その関係にも結局は大きな亀裂を生じさせ、全てを失う結果となってしまっているのだ。
そのころメルティアは、早々にエールドベルグの動きを確認するかのように、最前線にもっとも近い町アジスに到着し、大規模な空間探知を行っている。
エールドベルグ軍の配置や兵力構成を探知していた。どうも次の砦を落とすためにかなりの戦力を割いてくる計画であるようだ。
「シェス、ベノーラ砦を絶対の戦力で落としにかかる予定みたいですね。それも近日中でしょうか?」
「おそらく、この迅速な兵の動きは間違いないでしょうね。敵兵は魔法防御や魔法強化、ステータス上昇スキルによって強化された、重装騎兵と重装歩兵が主体のようです。わざわざ、魔法の得意な国に魔導士は送り込んでいないようですが、強いて言うなら王大使と王女がその役目を二人で果たすつもりのようです。」
「大した自身ですね。昔の私を見ているかのようです・・・」
シェスターはその輝くような微笑で、にっこり笑うと、メルティアを諫める。
「姫に限っては、そんな残念な判断を下す事ことはございませんよ。過去にも我が同胞や、アンブロシアのために最良を常に選択してきたと、私は考えております。それがいかに甘い理想であっても、あなたはいつも我々と国の事を考えておられました。」
「ありがとうシェス、決心がつきました。今回私はエールドベルグが二度とアンブロシアに侵攻できるなんて思わないように、彼らを殲滅します。」
「はっ、このシェスター全力で姫をお守りいたします。」
アンブロシアとエールドベルグの勝敗を決する砦の争奪戦がはじまった。エールドベルグは、魔法強化・ステータス強化を行った、強化兵が、アンブロシアの魔法攻撃を物ともせず砦に攻め上がって来る。
エールドベルグ軍が押し切ろうとしてるまさにその時、メルティアの声が響く。
「エールドベルグの若き王子よ、この警告が最後です。引かなければ、貴方はアンブロシア最強の戦聖女と相対する事になります。」
「戦聖女・・・聞いた事がないな・・・・・・進め!」
アルグレンは、選択をした。
メルティアは、静かに詠唱を開始する。
『インテグラル・セイント・アロー‼︎』
メルティアは、覚醒後初めての大詠唱を唱える。
エールドベルグ軍の頭上に、巨大な魔法陣が出現し、光が周囲を包み込む。見渡す限りの広範囲で光の矢が降り注ぐ。
《ずどどどどどおおおん》
一瞬でエールドベルグ兵の3分の2に当たる1万2千人は、光の矢に貫かれ息絶えた。
「な、なにぃ、そんな馬鹿な・・・魔法効果を100分の1に減じて尚、有り余る魔力が放出されたと言うのか・・・」
「そうです。これは、我が主人の魔力の一部でしかありません。」シェスターは、アルグレン王大使の後ろに空間転移で出現し、静かに話し出す。
「でも、この程度なら、私にも出来ますよ。」
『クリティカル・ゼロ・フィールド』
アルグレンの周囲にいる数百人の近衛兵団を一瞬で凍らせてしまった。アルグレンは、驚き慌てて後ずさる。
「私はアンブロシアの魔力強化種の生き残り。訳あって別の勢力として活動していますが、アンブロシアは貴方が勝手にしていい国では無いのですよ。覚えておきなさい。」
《シュイィン》
「ぐああああっ・・・」
シェスターは、アルグレンの左腕を切り落とした。
「今回は、これで許してあげます。今まで侵攻した領地を含めて返して下さいね。それと、戦争賠償金として白金貨1万枚をアンブロシアに納めるように、お願いします。守られない場合は、私が直接頂きにあがります。」
シェスターは、淡々と休戦条件を告げると消えていった。
エールドベルグ軍は、這々の体で帰路につかされたのだった。
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