~18 分岐点~
アリスは各地に巡らせていた結界を解いて、ゼブラン王国の結界の維持を最優先に行った。維持もバカでかいと疲労もたまる。だが、ここでへこたれる訳にはいかない。国境の兵士たちは気が付いているはずだ。見捨てられたという事実に。
「珍しく嫌そうだな」
イージスは集中するために与えられた部屋の椅子に座っているところに、ノックも無しにやってきた。もうアリスもイージス如きに驚かなくなってしまった。
「アナタには聞こえないでしょうね。私には聞こえるのよ。結界の近くで叫んでいる人の声。結界の内部は把握出来てしまうから」
「結界の外に出すなよ。分かってるだろうが、国は民無くしては成り立たない。この病は全土に広がる。分かることもあるんだよ、俺にもな」
「全土は……どうなるっていうの?」
「通常で考えれば病で倒れて終わりだろうな。多分俺の力を使えば、止められる。でももう一人の俺が止めるんだよ。干渉するな、とな」
「世界は結局滅びの道を辿るというの? 私には耐えられないわ。ごめん、イージス。私は……」
「行くんだろ? 無茶はするなよ。俺は、今回は、ちょっと思う所あるから別で行動するぜ。だが王城からは逃がしてやるよ」
イージスに手を差し伸べられて、アリスはその手を取った。
瞬間、何か電流が走ったような感覚が一瞬したが、それはほんの一瞬で、イージスも同じように感じ取ったのか、きょとんとした顔で互いの目線が合う。
「多分、これが分かれ道なんだろうな」
「え?」
「お前も砂漠で何か見たんだろ? 俺も見てさ。詳しくは言えないけどな」
「ふふ。昔に囚われ過ぎないように、今を選択しなさい、と言葉は違うけど教えてくれた人がいるわ」
「何となく誰か分かる気がする」
「お互い決めた道を進もう。きっとそれが間違いでも、後悔はしないわ」
イージスは少し柔らかな表情で頷いて、だな、と言い、一瞬でアリスを結界との境界際まで送ってくれた。
「結界は維持したままにするから、アナタの出入りを許可したから、アナタは自由よ」
「ああ。ここから先はどうする?」
「私? 私は国境へ行くわ。大丈夫よ。ここまでで。変に飛んでいくと怪しまれるわ」
「ちょっと距離あるぜ」
「地図を見たから平気よ」
「……俺の用事が終わったら、迎えに行く」
イージスは少し名残惜しそうにアリスの手を離した。
「案外、心配性ね」
「俺もここまでお前に執着するとは思わなかった。だから、無理だと思ったら引き返してくれ」
「約束するわ。イージス、アナタも無理しないで」
「俺も約束する。じゃ、さっさと終わらせるために、行ってくる」
イージスはシュっと一瞬で消えた。
神の装備品が揃った今、きっとイージスはイージスで何かを思い出しているはずだ。力も使えるようになってきており、特に暴走と言った風も感じとれない。きっと神という存在に、人間から近づいて行っている。世界が何かを代償にしてまで、イージスを欲したのだから。
アリスはふっと軽く笑みがこぼれた。
ずっとイージスを好きになってはならない、恋してはならないと、己を律してきたのに、移動の時に触られた手が熱を持っている。そしてもう認めないといけないのかもしれない。だからこそ、アリスはこの方法を選んだ。
禁呪を知っているゼブランの国王陛下と宰相が止めた理由。イージスが何となく感じとっていそうな雰囲気だったが、アリスはこの選択をすることにした。
適当に地面に落ちている枝を一本拾い、土に刺す。そしてそこにアリスの結界の力の九割を注いだ。これでアリスに何かあっても結界は、この依り代で暫くは保つ。
そして一割の結界の力を持って、自身の結界の外へ出て、国境へと向かった。
国境までの道のりは確かに長く三日ほど歩き続け、漸く国境が見えてきた。
そこは遠くから見ても分かる。異常だった。国境、ましてやフルールとの間で、友好国ではない。何時いかなる時も対処できるよう、それなりの装備に、それなりに兵もいるはずなのに、人が見えない。そして少しどんよりとした空気が漂っているように思う。それは禁呪の反応。少しずつ禁呪の扱いに敵だと思う集団は慣れてきて、痕跡が残らなくなってきたと思ったのだが、離れていてアリスが感じ取れるほどだと、敵は一枚岩ではないのか、また別の集団の仕業なのか、隠す必要性を感じなかったのか、だ。
アリスはほとんどの力をゼブランへ置いてきた。もう決めた覚悟だ、と足を進めて国境の砦へと着いた。
そこはきちんと門は閉められているが、兵たちは病に倒れ、見る人、見る人、全身が緑色に染まっている。生きている人はいないのか、と砦内を闊歩するアリスを止める声も、どこかで誰かが話している声や歩いている音もしない。アリスの靴音だけがする、異様な雰囲気であった。
「っかは……」
アリスは自分の靴音以外の音が聞こえて、近くで倒れている男性からだと思い、近寄った。
男性は黒装束を身に纏っていた。国境のゼブランの兵士じゃない。それでもアリスは助けようと、禁呪を解く禁呪をかけようとしたところ、後ろからガンと強打を受け、痛みに目がくらみ、叩いた相手を見る由もなく、視界は暗転した。
—————
誰かに後ろから殴られた。それだけは覚えている。後頭部の痛みが事実だと教えてくれる。その中、アリスは見知らぬ場所で目が覚めた。
牢屋のようで、地面は石畳、外に出られないよう鉄の格子が張られていて、当然扉はあるが、鍵はかかっているだろう。窓はない。
どれくらい寝ていたのか分からないが、牢屋はそこまで狭くなく、一般的な部屋のサイズくらいはあるが、アリス以外に入っている人はいない。
アリスは痛む後頭部を手で押さえつつ、鉄格子に近寄り、辺りを見回すが、誰もいない。人の気配もない。結界を今の持てる力で張り巡らせるが、人のいる感じはなかった。
すぐに結界を解いて、アリスは座り込む。たったこれだけの力を使っても、疲弊が激しい。アリスに残された時間はそう長くない。
「まだ、だめよ」
自分に言い聞かせるように、言葉を口にしてアリスは立ち上がった。そしてある禁呪をかけて、鉄の格子を腐らせて、格子を破壊した。
誰もいないなら問題ないだろう、とアリスはそのままこの場所が何処かを把握するために、疲れた体を無理やり動かして歩く。誰もいないはずだったのに、一人、黒装束の男が立っていた。
「初めまして」
あまり声に抑揚なく話しかけてきた男に、アリスも逃げられはしないか、と思い応じる。
「はじめまして」
「いや、さようなら、というべきか。どうやら手を下さなくても、もう時間が残っていないようだ」
「貴重な時間なの。分かっているなら、何故現れたのか聞いてもいいかしら?」
「邪魔だから消すように、と指示を受けた。だが勝手に消えてくれるのならば、時間を消費させるだけでいい。知りたいのだろう? 我らの目的と、何が起ころうとしているのかを」
黒装束の男の言葉にアリスは素直に頷くと、黒装束の男は石畳の上に胡坐をかいた。習うよう、アリスも立っているだけでやっとだったので、石畳の上に座った。
「君は良い働きだった。だから敬意を称そう。嘘偽りなく語ろう。我らが悲願を」
「アナタたちの為に働いた覚えはないけどね」
「結果論だ。時間消費も兼ねて、だが最後まで聞き取れるよう、話そう」
黒装束の男の言葉に、アリスはきっとこの男には自分の残りの時間が見えているのだと感じた。そして、だからこそ分かる。この黒装束の男もアリスと同じであることが。この男の時間も限られている。
お互い、残りの時間が短い者同士故か、面倒な腹の探り合いもなく、男は語り始めた。
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