第52話 君は名乗り、君を知る


 戦いが終わって倒れちゃったわたしや、能力の反動で著しく視力の低下しているビリーは、ラタス姉妹の自宅でお世話になっていた。


 Mr.は、今回の一件を報告するといって帰っていったらしい。

 アースレピオスは伯爵と一緒に黒触に取り込まれたので、それも報告するんだとか。


「お二人が目覚めたなら、この森を出ていく覚悟をしないといけませんね」

「そうよねぇ……長老樹があんなになっちゃってるしぃ……」


 わたしの頭痛が治まり、ビリーの視力もある程度回復してきた頃に、ラタス姉妹はそんなことを口にして嘆息していた。


「それなんだけど、ちょっと実験してみたいコトがあるだ」


 その実験の内容を聞いたわたしたち三人は、思わず顔を見合わせる。


「ロボロシェードが言ってたの?」

「そんなところ」

「それなら、実験してみるのもいいかもね」


 わたしがあっさりとうなずくと、ラタス姉妹は困惑したように顔を見合わせていた。

 まぁ実際に夢で会ったことがないのであれば、ちょっと理解しがたい話だとは思うわ。


「ともあれ、長老樹のところに行きましょう」


 ロボロシェードが夢で教えてくれたことなら、まぁ信用してもいいんじゃないかなって。




 そして、わたしたちは長老樹のところまでやってきた。


「あれ? 黒触の範囲狭まってる?」

「そうなのよぉ、戦闘が終わったらぁ、ちょっと小さくなっててぇ」

「感染した長老樹だけが残ってたんですが、地面の黒触は消えてたんです」


 ――となると、ロボロシェードが何かしたのかな?


 暴走しているような状態だったけど、やっぱり根幹の部分は星守獣なのかもしれない。


「シャリア、君にやって欲しい」

「え?」

「今だけは、グリムエッジを君に貸すよ」

「でも……」

「最初の契約者は間違いなく、君だから」

「……わかったわ」


 視力が完全に回復してないせいか、目は藪睨み気味のビリーだけど、その双眸に真摯な想いが宿っているのは見て取れる。


「デバイスはどれ? 刀身? 柄? 鞘?」

「柄。元々は両刃だったんだけど、瞬抜刃が使いやすいように、刀身も鞘もソレ用に変えたんだよ」

「へぇ」


 まぁ柄がデバイスなら、それでも特に影響はないのかな?


 わたしは剣を抜くと、鞘をビリーに返す。


「普段通りデバイスに霊力を流しつつ、ロボロシェードに祈るというかお願いするようにチカラを込めるとかなんとか」

「曖昧ね」

「説明されたけどピンとこなくて」


 うーん……そしたら、霊力を込めた口笛でも吹いてみる?


 わたしはグラムエッジを構え、盟友の唄を口ずさむ。

 すると、手にしたグラムエッジの中から何かチカラを感じるようになった。


 それをラタス姉妹も感じているんだろう。


「なに? この霊力……」

「なんだからロボロシェードみたいなチカラねぇ……」


 星から汲み上げた霊力とは違う――明らかに異質な何か。

 だけど、それは別に不快というワケでもなく……。


 剣から伝わるチカラがわたしの中に流れ込む。


 ……なるほど、これなら……ッ!


 わたしはグラムエッジを地面に突き刺すと、マリーシルバーを抜き放つ。


「え? シャリア?」

「剣、使わないんですか?」

「あらぁ?」


 驚くビリーと、首を傾げる姉妹を余所に、わたしはマリーシルバーを顔の前まで持ってくる。


《……剣で使ってくれよッ!!》


 何やら心の奥底の方で狼の声が聞こえた気がしたけど無視をして、わたしはマリーシルバーに口づけを一つ。


 そして、わたしは長老樹に狙いを付けてしっかりと構えた。


《まぁいい。初めてのお披露目だ。

 この世界で生きていきたいというお前……お前らの強い活欲かつよくを、我に見せてみるがいいッ!》


 言われなくたって……ッ!


「セット、星狼黒ピュリフィング・グ浄咬弾リードルフ・バイツ


 シルバーマリーが、艶やかな黒色に包まれる。

 黒触とは違う。暖かくて優しくて、見守るような夜の黒。


「ドライブ……シュートッ!」


 弾鉄を引く。

 次の瞬間に響いた、マリーシルバーの歌声は、銃声ではなく狼の遠吠えのような声。


 放った銃弾がまとう黒い光は、狼の頭部に代わり、大きな口を開くと長老樹に噛みついた。


 次の瞬間、その表面の黒触にヒビが入り、やがてそれは長老樹のみならず、そこから広がったすべての黒触に走っていき――


 そして、パリンと、パリンと薄い氷が割れるような音とともに、長老樹たちの表面を覆うように広がっていた黒触が砕け散りながら、虚空へと霧散していった。


「黒蝕が消えていくわぁ……」

「これが星守獣ステラニマのチカラ……」

「これほどとはな……」

「撃っといてなんだけど、ビックリだわ……」


 みんなと一緒に驚いていると、急に身体からチカラが抜けて、膝が勝手に折れ曲がる。


「え?」

「シャリア」


 ビリーが咄嗟に受け止めてくれたけど、身体にチカラが入らない。


「これ……反動がひどいわ……。動けない……」

「みたいだね。黒触を浄化できるのはすごいけど、あんまり言って回らない方がいいかな」

「そうね……」


 一回使うだけでこれだから、世界中を浄化して回れって言われたら逃げ出すわ。


「ま、外交手段としてはありだね」

「わたしたちが駆り出されるコトになるのよ?」

「嫌気が差したら一緒に家出をしよう」


 そう言って笑うビリー。

 コイツ……もう完全に隠す気ないな。


「ま、未来の話はおいておいて」

「え? え?」


 ひょいっとビリーはわたしを横抱きした。


「動けないんだから文句は言わない」

「ううぅ……」


 めっちゃくちゃ恥ずかしいんですけど……ッ!


「ナージャン、ナーディア。二人は長老樹の様子を確認してくれ。

 オレはシャリアを連れて先に小屋に戻るよ。

 完全に浄化されてない可能性もあるから、二人とも十分気をつけるように」

「はーい」

「すぐに戻りますので」


 そうして、ビリーはわたしを抱えたまま森の道を歩いていく。


 横抱きされたまま無言というのはちょっと耐えられなくて、わたしはビリーに話しかける。


「旅の途中に手を出して来なかったのは、わたしに正体を明かすつもりがあったから?」

「その前に誤解を解いておきたいんだけど……別にオレ、旅仲間に手を出す気なんてないよ?」

「そうなの?」

「まぁパーティ内でそういう関係になっている人たちはいなくもないだろうけどさ」


 ……考えてみたら、手を出すとか出さないとかって本人から聞いたワケじゃなかったわね。


「次の質問。あの影武者は何?」

「母上の悪趣味。目的そのものは、オレを侮って貰うコト……かな?」

「だからって、初顔合わせの時まで影武者が、そのキャラのままってどうなのよ」

「あとから、『実はこの前のは影武者で本物がいまーすッ』ってやるつもりだったんじゃないかな」


 身体にチカラが入らないので、頭を抱えることができないんだけど……まぁ何というか何だかなぁ……。


「あーもー……つまり何。うちの両親も、それに乗せられてたってコト?」

「というよりも、逆らえないからやむを得ずってところじゃない?」


 そうか。だからか。

 パパはともかく、ママのあの無関心な空気はそういうことか。


 ――家出しなかったら、ネタバラシがあったのかもなぁ……。


「今……シャリアは家出をしなければ良かったかもって思った?」

「えーっと……」

「それは困るな」

「どうして?」


 キョトンとしながら訊ねると、ビリーは笑顔で――それも錆び付きデザートではなく、王族らしい笑顔を浮かべて告げた。


「オレ――いや、私ウィリアム・ヘントリック・カナリーの婚約者が、これほど素晴らしい女性ひとであると知れたのだ。

 会わなければ、そんな風に思うコトなくただの政略として受け入れていただけだったかもしれないからな」


 あー……ズルいわよ。このタイミングでそれって……。

 だけどまぁ、うん。仕方ない。そっちが全部バラすっていうなら、こっちもバラしちゃうんだからッ!


「わたし――私シャーリィ・アスト・ベルも、家出をして良かったと思っております。

 旅の中で、私は……私は貴方に惹かれ、お慕いしておりましたから……。

 一度は貴族の使命と矜持の為に諦めた想いですが……貴方様が私の婚約者であるのでしたら……その、この想いを……」


 捨てなくてもいいんですよね……そう口にしようとした時――


「捨てなくて良いよ。捨てられても困る」


 ビリーに戻ったウィリアムが、わたしを横抱きしたまま、唇を重ねてきた。

 わたしは驚いて目を見開き――だけど、そのままを受け入れる。


「オレもずっと正体を開かすかどうか悩んでたんだよ。

 ただ、影武者に対する君の態度を見るに、ちょっとバラしづらかった……」


 唇を離し、困ったように笑うビリー。

 そこに関してはわたしが悪いような、悪くないような……。


「さて婚約者殿。

 母上のイタズラから始まってこんな大冒険になってしまったワケだけど何か望みはあるかな?

 迷惑を掛けたお詫びってワケじゃないけど、オレに叶えられるコトなら、少しぐらいは聞くけれど」

「別に何が欲しいとかはないんだけど……そうねぇ……」


 ビリーの瞳は断らないで何か言えって感じなので――何か欲しがった方がいいんだろうけど……。


 願い、望み……うーん。


「なら、お願いしてもいいかな?」

「なんなりと」


 わざとらしい貴族の笑みを浮かべるビリーに、わたしは自分の望みを口にする。


「とりあえず、そろそろおうちに帰りたい」


 それを聞いたビリーは、目を瞬いてから、すぐに破顔するのだった。

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