第32話 逆巻く風を、この背を押し出す追い風にして


「し、死ぬかと思ったぁ……」


 川から川岸へとあがりながら、わたしは思わず呻く。

 正直、涙目になっている自覚はある。


「アルトン川はこんなご時世であっても充分に水を湛えているからね。大丈夫だって言う勝算はあったよ」

「その勝算をわたしは知らなかったわ」


 わたしは、うー……と呻きながら、思わずビリーを睨む。


「俺としてはシャリアのびしょ濡れ姿が堪能できて満足だ」


 だけどビリーはそんなわたしの眼光なんて気にした様子はない。


 まぁわたしもわたしで、濡れたビリーを見れたのはちょっと役得感あるけど。

 うーん……濡れたビリーもカッコいいというか、ちょっとドキドキしちゃう色気あるのズルわ。 


「ふふ、シャリアちゃんだけぇ?」

「いいや。綺麗どころがびしょ濡れだからね。眼福なのは間違いない」

「嬉しいコト言うわねぇビリー?

 だったらびしょびしょに濡れたお姉さんをいっぱい堪能していいわよぉ?」

「姉さんの場合、普段からそういう振る舞いをしているせいでありがたみが半減してませんか?」


 川から上がりながらそんなやりとりをしていると、わたしたちの髪や服から滴る雫が、乾いた岩に落ちていくつもの円を描いていく。


「それはそうとナーデちゃん、乾燥お願いぃ~……」

「もちろん。みんな、この円の中へ入って」


 そしていつのまにかナーディアさんは、木の枝を拾って地面に綺麗な円を描いていた。


「炎系の神霊吹術ブレスを応用して、身体と服を乾かしますね」


 ナーディアさんはそう告げると、霊力レイを足下の円に流した。すると、円の中に星法陣が浮かび上がり、そこからちょっと熱めの乾いた風が吹く。


「あ、これ気持ちいいですね」

「ずっと浴びてるとカサカサになっちゃうけどねぇ」

「それは困るかな」


 そんなやりとりをしているうちに、服と身体が綺麗に乾いていた。


「さて、身体や荷物が乾いたコトだし……。

 俺はそろそろアースレピオスとお金を取り返す為に動きだすけど、みんなはどうする?」

「私はつき合うわぁ……というかぁ、お金は取り返えさないとだしぃ」

「姉さんに同じくです」


 そして、三人の視線がわたしに向いた。


 ――まぁそうだよね。

 わたしだけは、三人に付き合う理由がない。


 ……いやまぁ、なかった――が正しいかな。

 つまり、今はあるんだな、これが。


「わたしも行くわよ」

「え? いいんですか?」


 ナーディアさんが驚いているけど、仲間外れにはしないで欲しいかな。


「帰るコトより優先するべきコトが出てきたっただけよ」

「そうなのぉ?」


 ナージャンさんにうなずくと、わたしはシルバーマリーを抜き放ち、それに口づけをした。


「わたしが人質に取られたコトで、ビリーも二人も目的地から遠ざかった。なら、それを元の道に戻す。その責任は果たすわ」

「俺たち全員が油断してたんだ。そこまで気負うモノでもないと思うけど?」


 ビリーの言うことは一面では正しい。

 全員が油断していた結果が今の状況だと言えばそうだろう。


 でもねぇ……。


「わたしをわたしたらしめる矜持の問題って言ったら納得してくれる?

 貴族シャーリィとして、みんなへ礼と筋を通す為ッ!

 無法者アウトローシャリアとしてナメられたコトへの落とし前を付ける為ッ!

 それがわたしの同行理由ッ!

 責任を感じている面がないって言えば嘘になる。だけどねッ、そろそろ守られっぱなしやられっぱなしもシャクだッ、ていう気持ちもあるのよッ!」


 それに、わたしが列車の一室に閉じこめられた時点でゴールドスピーカー一家とは因縁ができた。

 加えてベル家を目の敵にしているキャシディ伯爵も、バックにいるっぽい。


「ウィリアム王子の婚約者として、次期女王候補としても、アースレピオス盗難は見逃せない――みたいなところもある?」

「言われて見ればそうね。ええ、そうよ。それもあるわね。ビリー、ありがとう。それも動機に加えておくわッ!」


 次期女王がどうこうっていうのはともかく、カナリー王国に属する貴族として、国宝を取り戻すことに協力するのは、何も問題はない。

 むしろ、動機として口にしておいた方があとあと有利なことは多そうだ。


 何せビリーは――多少間に人が入ってはいるだろうけど――女王陛下から国宝の奪還を依頼されるような錆び付きデザートだしね。

 彼の証言が、わたしに付きまとう罪状やら何やらを打ち消してくれる可能性はある。


「まぁ付き合うとは言ったけど、三人が同行を許可してくれるなら――よ。邪魔だから帰れと言われたら素直に帰るわ」


 わたしの言葉に真っ先に手を伸ばしてきたのはナージャンさんだ。


「それならよろしくねぇ、シャリアちゃん。とっても心強いわぁ」


 そこに、ナーディアさんも続く。


「はい。シャリアさんの腕は信用に値します。頼りにさせてもらいますね」


 そして、ビリーは少しだけ葛藤のようなモノを見せてから、小さく息を吐いて微笑んだ。


「俺ももう少し素直に喜ぶとするか。

 ありがとうシャリア。手を貸してくれるコトを嬉しく思う。

 二人が言うように、キミという戦力がいるかいないかじゃあ、作戦の成功率も大きく変わるしね」


 わたしはマリーシルバーをホルスターに戻して、三人の手を取る。


「それじゃあ行きましょうか、みんな。

 ケンカを売ってきた連中に、岩肌人のロクシニアン勝鬨歌・ロキシィを聞かせに、ねッ?」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る