第28話 不安から焦燥へ


「それにしても、陛下。

 賊どもはどうして、アースレピオスを盗んだのでしょうな」


 執務の傍ら、声の高い老宰相は首を傾げながら、そんな雑談を振った。


「宰相は……単に価値ある宝であるから――ではないと考えているのですね?」

「あまりにも手際が良すぎましたからな。

 警備員の買収に、一部関係者への鼻薬……。王宮を知っている者の犯行でしょう」

「さすがですね。ちなみに私はもう少し踏み込んで犯人だと確信している男がいますよ」

「だから子飼いの何でも屋に依頼を?」

「それもありますが……王宮の騎士への捜索依頼はしづらいでしょう?

 国家保安官シャリアーブも同様です」

「そのわりにはマイティ・ジョンに指令を出したようですが?」

「彼は欲では動くような者ではないでしょう?」

「そういう意味では、信用に足りますな」


 そんなやりとりをしながらも、双方の手の動きは止まらない。

 書類の内容を確認し、分類しながら必要ならばサインをする。


「捜査を担当する者たちはともかくよ、宰相。

 貴方が気になっている話を続けましょうか」


 そう言って、女王は小さく息を吐いた。


「賊の目的は分からない。とはいえアースレピオス盗難の黒幕はキャシディだと目星を付けています。もっとも、その理由まではやっぱり分かりませんが」

「キャシディ伯爵ですか。無能という噂は聞きませんが、腹黒い噂は多い領主ですな……」


 宰相は女王が口にした名前と自分の知識を照らし合わせながらうなずく。


「以前、ベル辺境領に手を出して、辺境伯に手ひどくやり返されてから、あの地に恨みを抱いたという小物ではありますが」

「小物かもしれませんが、野心は強そうですな……。

 しかしアースレピオスを盗んだところで、別に権威が増すコトもありませんからなぁ……」

「あれは元々、星病みに対するワクチンとして量産されたモノと聞いています。結局、先史文明時代に使われるコトなく保管されていたそうだけれど……。

 そんなアースレピオスの中で無事だったモノを初代女王が遺跡で手に入れ、国宝にしたという経緯があるワケですが……」

「つまりキャシディ伯爵は本来の用途であるワクチンとして使うと?」

「王家に伝わるアースレピオスの秘密を思えば、ワクチンとして使うのは難しいのですが……」

「とはいえそれは、王家以外は知りようがないではありませんか。

 何せ王家だけが語り継ぐ秘密なのでしょう? どこかで変な勘違いをして、アースレピオスを求めるようになっても不思議ではないのでは?」

「そうですね……。宰相の言うコトも一理ありそうです」


 もっとも、ただ星病みを治療したいなどという殊勝な心などキャシディにはないだろう。


 星病みを治療することで権威を手に入れ、あわよくば王になる……あるいは自分の王国でも作ろうとしているのかもしれない。


「ですが、あれは黒蝕コクショクのそばで使う必要があったはず。

 より正確に言うのであれば、霊力源泉レイポイントの近くにある黒触で使う必要があったはずです。

 何らかの手段である程度の使用方法に目処をつけていたとしても……。

 現状、国内で黒蝕が発生したという報告はありません。国の外にアテがあるのでしょうか?」

「陛下の疑問はもっともですなぁ……。

 確かに、使用方法として黒蝕近くの霊力源泉レイポイントでなければならないのであれば、国の外へ行く必要がありますな。

 もっともその条件を満たす場所というのは、決して多くはなさそうですが」


 黒蝕は、星病みの影響が色濃くでた土地のことだ。

 大地が黒ずみ、水は濃い緑に濁って泡立ち、草花の緑は黒くなって枯れ果てる。

 やがて、その黒触の内側にいる生き物は黒い粘性の物質へと変質していくという。


 まるで星の痣。あるいは膿。もしかしたら壊死かもしれない。

 当然、生き物は住むことは出来なくなる。無理にでもそこで生活すれば、生き物もまた黒蝕に蝕まれ、見るも無惨な姿になる。


「それに、黒蝕といっても初期段階であるステージ1では意味がないの。ステージ1なら侵蝕部分を削り取って、取った部分を燃やせばコト足りるもの。

 だから根が深くなるステージ2に使ってこそ、アースレピオスは効果を持つわ。ちなみにステージ3となっている土地はアースレピオスすら作用しなくなるそうだけど」


 ステージ3と診断された土地はもう手遅れだ。

 周辺に封印処理を施し、それ以上の侵蝕が広がらないようにする以外の方法がなくなる。


 世界規模で見ればステージ3と診断された土地も複数存在する。

 もはや、その土地がこの世界の一部であった頃の面影はなく、地獄のような様相を呈しているという。


「ますます難しいですな……。

 はてさて、賊の黒幕は本当になにを考えて盗んだのやら……」


 宰相が首を傾げていると、執務室のドアが乱暴にノックされた。


「なんだ。騒々しい」

「へ、陛下ッ! 緊急のご連絡ですッ!

 国内に黒蝕を確認したとの報告があがってきましたッ!!」


 ドアの向こうから声が聞こえ、女王と宰相は顔を見合わせる。


「入れッ! 場所はどこですッ!?」


 まさに緊急事態だ。

 対応を間違えれば、この国そのものが滅びかねない。


「失礼いたしますッ!」


 文官の一人が中へと入ってくると、女王へと一礼する。


錆び付いた保安官デザーテッドシェリフからの報告ですので、信憑性は微妙であると前置きさせて頂きます」

「それで場所と状況は?」

「キャシディ領、枯れ木の森と領都キャシディタウンの中間に近い場所です。ただ位置が悪く、近くの街道をふつうに通行していても気づかないようなところだったと。

 ステージは1。ですがもう終盤であると補足されております。近々ステージ2へと移行しかねない、と」


 ダン――と、女王は思わず机を叩く。


「本当だとしたらッ、キャシディめは隠していたというのッ!? 黒蝕という国家の危機をッ!!」

「だからこそ、アースレピオスを求めた……ッ?

 いや、リスクしかありませんな。やはり動機になりきらない……」


 その横で宰相も難しい顔をして首を傾げる。

 早めに対処できていれば、そもそもアースレピオスなど必要ない。


「……宰相。緊急会議を開きます」

「でしょうな。キャシディ伯爵めは呼び出しますかな?」

「この会議に参加は無理ででしょうが、召喚状は出しておきなさい」

「かしこまりました」


 宰相がうなずくのを確認してから、女王は改めて宰相と部屋の中の文官たちを見回し告げる。


「黒蝕の対応は時間との勝負ッ、至急動きなさいッ!!」


 女王の言葉に執務室にいた全員が恭順の意を示すと、慌ただしく動き出す。


 そこへ、再び慌てた様子の兵士が飛び込んでくる。


「へ、陛下ッ!」

「ノックを忘れるほどの事態か?」

「も、申し訳ありません……ッ! ですが……」

「構わいません。報告を」

「は、はいッ!」


 慌ててた故のことならば仕方ない。

 マナーを正すより、この兵が慌てていた理由を問いただす方が先だ。


「キャ、キャシディタウンから延びる街道側に黒触があったという報告は……」

「ああ、今し方受けた。君の報告はそれだけか?」

「いえ、その続報といいますか、なんといいますか……」


 やや歯切れの悪い様子に、女王は若干の苛立ちを覚える。

 だが、慌てながらも戸惑っている様子は、想定を大きく外れた事態が起きているからかもしれない。


 兵士が気を取り直すまでやや待つと、大きく息を吸ってから彼はしっかりと告げる。


「……改めて近隣の町の兵士が確認に向かったところ……き、消えていたそうですッ」

「は?」


 誰かが間の抜けた声をあげる。

 あるいは、宰相だったかもしれない。


「何を言っているの? 黒触が消えた……?」

「はい。自分は報告を受けただけではありますが……その、地面をえぐり取った跡だけが……残っていたそうですので……」

「誰かが掘り起こして燃やしたのか? いやだが……」


 誰が何のためにそれをしたのかが分からない。

 キャシディ伯爵が放置していたモノだ。目的があって放置していたのであれば、誰かが勝手に対処したりしないよう気をつけていたはずだ。


「陛下、どちらにせよ会議は必要ですな」

「無論よ。個人が対処したのであれば、その対処が正しかったがどうかを確認せねばなりません。対処した者を探す必要もあります」


 宰相の言葉に、女王陛下は気を取り直してうなずいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る