第4話 令嬢の弾丸は正確です


 わたしの言葉を宣戦布告と見なしたのか、警備とチンピラの混成隊がこちらへと向かってくる。


 それを見ながら、ビリーが気に掛けるように訊ねてきた。


「人死にに恐怖は?」

「あったら貨物室で腕キャッチなんてしていないわッ」

「上等ッ!」


 魔獣も犯罪者も少なくない土地に住んでるからね。

 自衛するにも、誰かを守るにも殺しを躊躇ってなんていられない環境だもの。


 それでも、ビリーがわたしのことを気に掛けてくれたのは嬉しいかな。

 正直、わたしの婚約者ってそういうの期待薄だし。


 あーもー……些細な関わりあいでも分かる。

 どう考えても、婚約者よりビリーの方が良い男だわ。


 どうしてこういう男が婚約者じゃなかったのかしら……。


「援護は任せたッ!」

「任されたッ!」


 わたしが応えるや否や、とんでもない速度で踏み込んでいくビリー。

 次の瞬間、その剣が閃く。


瞬抜刃サクラリッジ・露桜・ディスパース


 星を含めた全ての命が内包する力――霊力レイ

 ビリーが放ったのは、そのチカラを武器に乗せて繰り出す一閃。


 振り抜かれた刃から、雫が飛び散るように桜色の光が放たれる。無数の雫はやがて桜の花びらのように舞い、それ一つ一つが触れたものを傷つける刃となる。


 花びら一つ一つは威力が低いのを見ると、本来は斬り付けつつ、余波として花びらで攻撃する技なんだろう。だけどビリーは、それを牽制に使ったみたいだ。

 自分の手持ちの技の特性を理解して、本来とは異なる使い方をするのに躊躇いがないとは、なかなかのやり手だね。


「怯むんじゃねッ! 大した威力はねぇぞッ!!」


 混成隊の誰かが叫ぶものの、舞い踊る花弁刃かべんじんを恐れるなというのは、難しいんじゃないかな。


 とはいえ、尻込みせずに突っ込んでくるのがいないワケではない。


「ちッ、行くぞオラァ!!」

「うおおおおおおッ!!」


 迫り来るサーベル隊に対して、ビリーは剣を戻し、再び構える。


 花びらを無視して突っ切ってくるサーベル隊。

 だけど当然、ビリーの剣閃がそれを拒み、斬り散らす。


「近づけねぇならッ!」


 そして後方から、銃を構える連中がいるワケだけど……。


「甘い」


 こちらは最初から、後方のデバイス組に狙いを付けてるんだ。

 向こうのリボルバー型の使い手が構える直前に、わたしはマリーシルバーの弾鉄ひきがねを引いた。


 パン! というマリーシルバーの歌声と共に放たれた弾丸が空を駆ける。

 それが当たるかどうか確認せず、わたしは続けて構えた。

 当たるという確信があるのだから、確認なんてする必要はない。時間の無駄だ。


 次に狙うはオートマチック型の使い手。

 リボルバー共々、小型で取り回しがしやすい銃だからだ。


 パン! と、マリーシルバーが再び歌う。


 飛んでいく二つの銃弾は、前面に出てきているサーベル隊や、ほかの隊員たちの隙間を縫って、目標へと届く。


「ぐあッ!」

「うおっ!?」


 ほらッ、ドンピシャ!!


 リボルバー持ちとオートマチック持ちの二人はうめいて、デバイスを落とした。


「マジかあのガキッ!?」

「このメンツの隙間を縫って、撃ち抜いたってのかッ!?」

  

 ほかの混成隊員たちは、突如自分たちの背後から上がった声とその理由に驚愕の声を上げる。


 驚いている暇はないわよッ!


 声を出さずにそう告げて、わたしはさらに続けて三発の銃弾を放った。


 ショットガン持ち、ライフル持ちなどのSAIデバイス使い全員の手元を撃ち抜いて、武器を落とさせる。


「信じられねえ……」

「この揺れと風の中、人を縫って後方のデバイス使いの手だけを撃ち抜くとか……」

「どんな腕してんだよ……」


 近づけばビリーに斬られ、黙っていてもわたしに撃たれると気づいた彼らは、さすがに怖じ気付きだしたらしい。


「良い腕してるねッ!」

「でしょう」


 そして、向こうが躊躇ったのを見るや、ビリーはわたしの元まで下がってくる。


「そろそろトンネルだ。

 君の身長であっても直立してると、頭の天辺の髪がなくなるよ」

「それは困るわね」


 わたしの身長でギリギリってことは、ふつうの成人男性はちゃんとしゃがまないと危険ってことよね?


「屈んで」


 耳元で囁きながら、ビリーがわたしの背中を叩く。

 優しい声色に身体が気持ちよく痺れそうになるけど、余韻を堪能している暇はないッ!


「お前らッ、トンネルだッ! しゃがめッ!」


 後方からもそんな叫び声が聞こえてくる。


 それを聞きながら、わたしはビリーに言われた通り身体を屈めた。


 次の瞬間――ッ!


 周囲が闇に包まれたッ!


 いや、トンネルに入っただけなんだけど。


 奥の方から光が近づいてくる感じはあるんだけど、突然暗くなったせいで、目が馴れずまともにモノが見えない。


「ちょっと早いけど俺の手を握って。

 このまま少し前に行こう。想定よりも前に出れてないんだ」

「わかった」

「あと、外に出たら片目だけ瞑っておくといいよ。

 トンネルの中でのみ開けると多少マシになる」


 もはや言われるがままだ。

 だけど、こういうのに馴れてないから仕方がない。

 ……いや、馴れてるビリーが何なんだ? って感じはしなくもないけど。


「立ち上がらないようにね」

「うん」


 別に腕を組んでいるわけじゃないんだけど、社交界でエスコートするかのように、ビリーは優しく手を引いてくれる。

 こちらを気遣っているのがよく分かるから、困る。いや困らないか。


「光がくるよ。片目だけは瞑って」


 同時にトンネルを抜けた。

 トンネルとトンネルの隙間にあるこの場所は断崖絶壁。

 右手にそびえる高い岩山。左は細く流れる川が見える谷の底。


 二本の線路がギリギリ通ってる危険な場所だ。

 しかもカーブしているせいで、遠心力で外にひっぱられそうになるのがめっちゃ怖いッ!


「足を止めて。足下にある天井の凸部分を掴んで」

「これも計算のうち?」

「本当はトンネルに入る前に来たかったんだけど」


 言われるがままに足下の出っ張った部分を掴むわたし。

 何というか、とんでもなく計画的っぽいぞこれ。ビリーは最初からアースレピオスを狙ってたのかな?


「二つ目のトンネルは動かないで。

 カーブが続く上に、揺れが大きくなるから」


 とはいえ、ビリーの言葉に逆らう気はない。

 自分の命がかかってますから、これ。


 やがて二つ目のトンネルを抜けると、カーブが緩やかになり、下り気味の坂を下りていく。


「三つ目のトンネルは天井が高い。俺でも立ってられるから、ここから出来るだけ前の車両へ進むよ」


 背後の方の声はだいぶ聞こえなくなっている。

 なにが起きているかは敢えて考えず、ビリーに従う。


 そして、三つ目のトンネルの出口が見えてきた。


「声は抑えて。俺を信じて」


 ビリーがわたしを抱き寄せる。

 え? 手を掴むんじゃないの?


 想定外の事態にパニクっていると、次の瞬間――ッ!


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 次の更新は0時頃を予定しています。




【用語補足】

『SAIデバイス/サイ・デバイス』

 詳細は本編内にてのちのち解説予定なのでここでは簡単に。

 先史文明の遺跡から発掘される、SAI機能を保有した道具全般のこと。

 銃の形をしていることが多いがそうでないモノも少なくない。

 霊力を用いた能力は基本的にSAIデバイスを通して使用する。

 その為、この世界において、SAIデバイスを使わず身体能力を高めたり、魔法や必殺技を使ったりすることは原則難しい。


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