第2話 大切なモノを取り返したいだけなのに…


 金バッジをつけたチンピラ集団をこっそりと追いかけていく。

 そしてたどり着いた第二貨物車両の天井には大きな穴が開いていた。


 さっきの派手な音と振動はこれかなぁ……。


 物陰に隠れて様子を伺いながら、わたしは思考を巡らせる。

 強盗目的か、それともほかに何か目的があるのか……。


「金目のモンが盗られてないな……。

 例の献上品はどうだッ? アレだけは死守しろよッ!」

「箱の中を確認しますッ!」


 わたしのマリーシルバーを引き抜いて周囲を警戒しながら指示を飛ばすチンピラリーダー。

 献上品……ねぇ……。


 地味でボロい見た目の箱。

 だけどそれは、妙に厳重なカギを掛けられている。

 そしてチンピラの一人が、複雑な工程を経て箱を開けると、中から小さな杖を一つ取り出した。


「無事みたいです」

「それはなによりだが……なら、何でここの天井に穴を開けた?」


 天使の羽を生やした双頭の蛇。それが巻き付いた巻き付いたデザインの豪華なデザインの短杖。


 わたしもそれを一度だけ見たことがある。遠目から見る限り、間違いなく本物のように見えるそれは……。


 この国――カナリー王国の国宝である短杖アースレピオス。


 ……っていうか、国宝が何でこんなふつうの貨物車両で運ばれてるのッ!?


 ただ銃を取り戻すはずが、なんかとんでもない陰謀に巻き込まれそうな気配がするんだけど……。

 でもなぁ、取り返さないって選択肢はないし……。


 むむむむむ……と悩んでいると、新たに男性の声が聞こえてきた。


「開封ありがとう。面倒くさそうだったんで助かるよ」


 次の瞬間、アースレピオスを掴んでいた下っ端の腕が宙を舞う。


「え?」


 斬られた本人すら何が起きているのか分からない中、天井の穴から飛び降りてきた長身痩躯の男だけが素早く動く。


 強盗の類にしておくにはもったいないほどの顔の良さ。下手な貴族よりもよっぽど美形だ。


 天井の穴から降りるなり、目にも留まらぬ速度で剣を振るったのが、あの美形。


 彼は宙を舞うアースレピオスを下っ端の腕ごとキャッチ。

 腕の方は無造作に放り投げると、とても良い声で告げた。


「これが欲しかったんだよね。助かるよ」

「テメェッ!」


 チンピラリーダーが銃を構えるよりも先に、男はアースレピオスを天井の穴へと放り投げる。

 すでにそこに仲間が待機していたのだろう。

 美形の仲間と思わしき人影はアースレピオスを受け取ると、即座にその場から離れていく。


「お前らッ、逃がすなッ!」


 リーダーの号令でチンピラたちが動き出す。

 わたしは物陰で息を潜めてチンピラたちをやり過ごした。それから、美形とリーダーのやりとりを注視する。


「リボルバー型SAIサイデバイスか。

 七発装弾とは珍しい型だね。まるで伝説の銃セブンスターだ。それも盗品かな?」

「うるせぇッ、答える必要はねぇよッ!」


 美形の言葉にリーダーがそう答えつつ銃を構えたその瞬間をチャンスと見たッ!


「返せッ! わたしのマリーシルバーッ!!」


 物陰から飛び出し、わたしはリーダーの背中に向かって体重を乗せたジャンピング前蹴りを繰り出したッ!


「テメェッ!!」


 前門の美形。後門のわたし。

 その瞬間の迷いを、目の前の美形が見逃すわけもなく――


「斬ッ!」


 鞘に納まっていたはずの剣が閃く。

 鞘走りの勢いのまま振り抜かれ、瞬く間に鞘へと戻る。


 一瞬遅れて、わたしの体重の乗った蹴りが男の背中を捉えて吹き飛ばした。


 美形の使った今の技――聞いたことはある。

 剣で行う早撃ちクイックドロウ――確か、瞬抜刃しゅんばつじんだったかな?


 見るのは初めてだけど、マジで早いのねッ!

 早撃ちには自信があるけど、あの美形の間合いでやったら勝てるかどうかわからないや。


 それはそれとして、チンピラリーダーの腕が斬られて宙を舞っている。

 今日はよく腕が宙を舞う日ですねッ!


 でも助かるッ!


「わたしのマリーシルバーッ!」


 落ちてくるチンピラの腕ごとを受け止めてから、腕はぽいっと放り投げる。邪魔。


「テメェら……グルかよッ!」

「違うしッ!!」


 腕を押さえながら恨みがましい視線を向けてくるチンピラリーダーに、わたしは反射的に否定する。


 なにその勝手な言い草ッ!


「アンタたちが勝手にわたしを閉じこめた上に、わたしの相棒を取り上げたんでしょうがッ!!」

「じゃあ何でテメェみてぇな身なりの良い錆び付きデザートが、この貨物車両にいたんだよッ!」

「二等客室に行きたかったのよッ! 捕まった時にそう言ったはずよッ!」

「信じるワケねぇだろそんな嘘ッ!!」


 嘘じゃないのにッ!!


「一等客室を利用できるような金持ちが、二等客室以下の車両に用があるわけねぇだろうがッ!!」


 あぁぁぁぁもぉぉぉぉぅッ! 信じてくれないッ!!

 

 どうしよう――と思っていると、この貨物室に新しいチンピラがやってくる。こっちのチンピラはちょっと身なりが良いし、警備員か騎士かって雰囲気はある。


「モヴィ!」

「コーザ! 優男とガキはグルだ。やっぱここを狙ってやがった!」

「テメェら……ッ!」

「ちょっとッ、わたしは無関係だって言ってるでしょッ!!」


 モヴィと呼ばれたチンピラリーダーは、即座にやってきたコーザなる警備騎士っぽい人へと説明をした。

 それはもう盛大に誤解されたまま。


「ごちゃごちゃうるせぇんだよッ!」


 コーザが腰元のサーベルを引き抜く。完全な臨戦態勢。


 あーもーッ!


「これッ、自衛だからねッ!!」


 わたしはそう宣言して、マリーシルバーを素早く構えると弾鉄ひきがねを引いた。


 バン――という銃声とともに、コーザが構えていたサーベルを手から落とす。

 鍔元を撃ち抜いて、弾いてやったわッ!


「このガキッ!」


 ギリィと音が聞こえそうなほどの歯ぎしりをしつつ、こちらを睨むコーザ。


 どうしよう。

 そう迷っていると、いつの間にやら天井の穴から脱出していたらしい美形が。こちらに手を差し伸べながら声を掛けてきた。


「逃げ伸びたいならこの手を握れ。二人を説得したいなら今すぐ断れ。どっちを選ぶにしろ時間はないぞ」


 ほんの僅かな時間、わたしは美形の手とこちらを睨む二人の間に視線を巡らせ――


「あーもーッ!!」


 そう叫んでから床を蹴ると、天井の穴から伸ばされた美形の手を取るのだった。



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また1時間後くらいに3話目を更新予定です。



【用語補足】

『錆び付き/デザート』

 正しくは「錆び付いた保安官デザーテッドシェリフ」。それの略称。

 この世界における、いわゆる冒険者のようなもの。あるいは何でも屋。


 かつては風にのってフラフラと彷徨う綿毛のような旅人たちを綿毛人フラウマーと呼んでいたのだが、今では錆び付きデザートと呼ぶ方が主流になっている。

 その主流に伴い、綿毛人ギルドも錆び付きギルドに名称を変更した。


 錆びだらけの保安官バッジシェリフスターを付けた伝説のお人好しに肖ってこう呼ばれるようになったというが、真実を知るモノはもうこの時代にはいない模様。



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