バウンティハンターと春を待つ花
こむらまこと
第1話 火竜のリタ
星の見えない夜だった。月明かりも雲によってほとんど遮られ、目の前の焚き火だけが男の周囲を明るく照らしている。
遠くから馬駆けの音が鳴り響いてくることに気がつき、男は焚き火から顔を上げた。
そっと岩陰から様子を伺うと、篝火がいくつか、段々とこちらに近づいてくるのが見える。男はマグに残ったコーヒーを一気に飲み干し、長剣を手に取ってのっそりと立ち上がった。
岩陰からゆっくりと歩み出て、馬駆けの音が近づくのを待ち構える。程なくして、騎乗した集団が荒野の闇の中から姿を現した。
男がすうっと目を細める。
「…
一行が男から少し離れた位置に馬を止めた。そのうちの1人がひらりと馬から降りて男の方へ真っ直ぐ歩いてくる。歩きながらダスターコートとつば広帽子を脱ぎ捨てて、男の間合いから少し外れたところで足を止めた。
(ガキ…それも女)
男は探るように賞金稼ぎの全身に目を走らせる。
まだあどけなさが残る金髪碧眼の顔立ちに、革のベストと薄緑色の半袖シャツ、首には赤いスカーフをつけている。下半身には太ももの付け根までの短いジーンズを履き、その上にチャップスを装着している。その線の細い体つきから、それが少年ではなく少女であることは一目で分かった。
そして、その顔を照らし出すのは篝火ではなく、宙に浮かんだひとつの火の玉。
「ー
男の口から漏れたその言葉に、少女はフフンと得意そうな笑みを浮かべて男を見返した。
「そうさ、俺が火竜のリタ様だ」
ハキハキとした伸びやかなアルトが、夜の荒野のすんと冷えた空気をビリビリと震わす。
「先週、東の地区で貨物列車を襲ったのはお前だな?」
「だったら何だ?」
「俺達と一緒に来てもらう。残念ながら、今回の依頼は生け捕りにした方が稼ぎが良いんだ」
「俺を、生け捕りねえ」
男がさも可笑しげにクツクツと笑ってみせる。 「まあ、やれるもんなら、やってみな」
言い終わるや否や、男の周囲の地面が紫色にボウッと光った。
「!!」
リタがさっと後ろに下がる。その直後、けたたましい轟音と共に地面が割れ、2つの巨大な影が姿を現した。
「ゴーレムか…!」
リタは自身の身長の3倍はあろうかというゴーレムを仰ぎ見た。向かって右のゴーレムは斧を、もう1体は槍をその手に構え持ち、今にもリタを襲わんと虚ろな眼まなこでジッと狙いを定めている。
男は長剣を杖のように両手で地面に突き、軽く顎をあげてリタを挑発した。
「さて、どうする?」
火竜よーそう続けようとしたところで、男の声が途切れる。
その顔に、リタは獰猛な笑みを浮かべていた。
ひゅうっ
リタが小さな炎を交えた呼気を吐き、ヒップの上に提げたナイフホルダーから素早く短剣を引き抜いた。魔法の炎をその刀身に纏わせながら中段に構える。
「いくぜえ!!」
かけ声と共に炎の刀身を一気に伸ばし、身を翻してくるりと一回転する。そのまま風を巻き取るようにして刀身を数度回すと、3つの小さな炎の渦がギュルギュルと高速回転を始めた。
男が舌打ちをする。
(このガキ、風も同時に操れるのか…!)
リタが地面を蹴った。
斧を振り上げて今まさに振り下ろさんとしていたゴーレムの脇腹に躊躇無く飛び込み、炎の剣で薙ぎ払って風穴を開ける。
ゴオオオ…
ゴーレムが顔面に空いた穴の奥から悲痛な音を立てながら崩壊していく。リタはそれには目もくれず、間髪入れずに槍のゴーレムの懐に飛び込むと、同じく炎の剣でゴーレムの胴体を切り裂いた。
オオオオ…
グラリと崩れゆくゴーレムに背を向けて、リタが男にニヤリと笑いかける。
「くそっ」
男が長剣を構えた。リタが笑みを消して炎の剣を下段に構える。
先に動いたのはリタだった。
あっという間に男との間合いを詰めて鋭い斬り込みを入れる。
「クッ」
反射的に長剣で受け流そうとするも、渦巻く炎の刀身はあっけなく長剣を素通りする。
リタの鋭い眼が、至近距離で男を捉える。
そして。
***
「そして、そいつの服だけを俺の炎で燃やして、素っ裸にしてやったというわけよ!」
フォークを振り回しながら昨晩の大捕物の顛末を語るリタに、メアリーはカウンター越しに呆れた目を向けた。
「あんた、男を裸にひん剥くだなんて。とても年頃の娘のすることじゃあないよ」
期待外れなメアリーの言葉に、リタはむくれてぷうっと頬を膨らます。
「いいじゃねえか、それくらい。あんな悪党、本当なら丸焼きにしたところをぶっ刺してやるくらいがちょうど良かったんだよ」
ギイッと背もたれに体重をかけて椅子を傾けながら、その時の光景を思い出してケラケラと愉快そうに笑う。
「あのゴーレム使いの列車強盗、マッパで夜の荒野に放り出されるのが余程恐ろしかったらしくてよ。ガタガタ震えながら大人しくお縄を頂戴してくれたぜ」
ミディアムに焼いた牛肉のステーキを鉄製の皿に乗せてリタの前に置きながら、悩ましげにメアリーはため息をついた。
この酒場「バッタ亭」は、女主人メアリーがひとりで切り盛りする荒野の町の小さな酒場である。賞金稼ぎのリタは、3年ほど前からバッタ亭2階の小さな空き部屋をメアリーから間借りしている。
ひと仕事終わった後でメアリーお手製のステーキを平らげながら、いかにして賞金首を狩ったかについて熱弁を振るうことは、長らくリタの習慣となっていた。
「リタ、確かにあんたの魔法は凄いよ。今日日あれほどの練度で魔法を使いこなせる奴はそう多くはないさ。しかも、生まれつきの炎だけじゃなくて、見よう見まねで風の魔法も使えるようになっちまうなんてね」
そう話しながら、濡れた布巾をカウンターの内側でギュルギュルと高速回転させて水分を飛ばしていく。
「いやあ、風の魔法に関してはメアリーおばちゃんにはとても敵わないよ」
リタが一口目のステーキをゴクリと飲み込み、鉄板の上の二口目をフォークでブスリと刺した。その途端、フォークの先でステーキの切れ端がボウッと燃え上がる。
リタはあーんと大口を開けてそれを口の中に収めた。その際、いくつかの火の粉がリタの服やカウンターの上にかかったが、魔法の炎がリタの意図しない物体を燃やすことは無い。
メアリーは内心舌を巻きつつも、良い焼き加減だの何だのとモゴモゴと口を動かすリタに、心配の色をありありと顔に浮かべながら小言を続けた。
「それでも、賞金稼ぎが危険な仕事であることに変わりはないよ。怪我するだけならまだしも…」
「だが、稼ぎは最高だぜ」
リタがニヤリと笑う。
「今回の仕事だって…まあ、捕縛と連行を手伝ってもらった分、いくらか俺の取り分は減っちまったけどさ。それでも、1ヵ月は食っちゃ寝食っちゃ寝でノンビリと過ごせるんだぜ」
それに、とリタはウェルダンに焼き上げたステーキの残りを平らげながら続ける。
「俺は、エラソーに上から指図されるのが大嫌いなんだ。牛追いや給仕なんて、毎日の稼ぎだってチマチマしてるし、とてもじゃないけどやってらんねーよ」
終いにコップ一杯の水をゴクゴクと一気に飲み干すと、ダンッとコップをカウンターテーブルに打ちつけた。
「この賞金稼ぎって仕事が、俺にはぴったりなんだよ」
自信満々な様子のリタにメアリーが何か言おうと口を開きかけた時、店の出入り口の方から低い声が割り込んできた。
「そりゃあ頼もしいこった」
「マイク!」
リタがパッと顔を輝かせる。
マイクと呼ばれた男は、胸から膝までの高さのスイングドアを押して店内に入り、砂塵対策におがくずが巻かれた床を踏みしめながらリタのそばに近づいてきた。
「聞いたぜ、例のゴーレム使いの話。流石は火竜だと、あちこちで評判だ」
「よせやい、そんな話」
リタがくすぐったそうな表情を浮かべて指で頬を掻く。
「マイクまで火竜呼ばわりすることねえだろ」
「リタ、賞賛は素直に受け取るべきだぞ」
親しげに言葉を交わす2人を、メアリーは洗い終わった皿を乾かしたばかりの布巾で拭きながら交互に見比べる。
マイクはリタと同じ賞金稼ぎであり、かつ、リタと1、2を争う実力を持つ魔法の使い手でもあった。もっとも、マイクが使うのはリタとは正反対の水の魔法なのだが。
水の確保がそのまま生死に直結する荒野において、無から水を生み出すマイクの魔法はあらゆる場面で歓迎された。また、魔法のことを抜きにしても、明るく社交的で気配り上手なマイクは、他の賞金稼ぎ連中とも良好な関係を築いている。加えて、上背があり端整な顔立ちをしていることから、娼館の女達にも根強い人気があるとの話だった。リタも例に漏れず、マイクのことを兄貴分としてとても慕っている。
しかし。メアリーはそっと顔を曇らせる。正直なところ、メアリーはマイクのことがあまり好きではなかった。
そんなメアリーをよそに、2人は会話を続ける。 「マイクがここに来るなんて珍しいな。なんかあったのか?」
「ああ。実は、俺とお前に仕事の依頼が入ってる。急な話だが、これから依頼主のところに向かおうと思う」
「俺と、マイクに?」
リタがガタッと立ち上がった。それを見たメアリーは、子犬が尻尾を振っている様を連想する。
リタはダスターコートにいそいそと袖を通してつば広帽子を引っ掴むと、マイクに続いてスイングドアを押しながらメアリーに手を振った。
「わりぃ、やっぱり晩飯は無しで!」
そのまま意気揚々と店を出て行くリタの背中を、メアリーはやれやれといった面持ちで見送った。
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