開始-3

 このポンコツ男がたった一日で難事件を解決したという事実を受け入れられない放心状態の愛子は新三と誠について行き被害者が訪れたとされるキャリーケース売り場へと来ていた。

「私がここの売り場を担当しています。秋月あきつきです」

「警視庁捜査一課の巽川です」

「小永です」

 自分も刑事と言わんばかりに誠に続いて自己紹介をする。

「ちょっ!! 勘違いされるでしょ」

「え? 何が」

 新三は何か悪いのかといった感じで愛子を見ながら、早く挨拶しろと言わんばかりの顔をする。

「深見です」渋々、挨拶する。

「それでですね。昨日、こちらに大隈 泰山という方が来られましたか?」

「はい、大隈さんは来られましたよ」

「何しに来られたんですか?」

「これのセールスですよ」

 秋月は近くに置いてあった試供品のキャリーケースを転がして三人に見せる。

「ああ、ダンぺ製のキャリーケースか。こら、高くて買えねぇわ」

「そう思われるでしょうが、これ税込2万で買えるんです」

 新三にセールスを始める秋月。そして、それを聞いた新三は口をあんぐりと開け驚く。

「噓だぁ~ そんな値段で買えるわけなないでしょう。だって、ダンぺ製だよ! 円換算で、そうだなぁ~ このサイズで30万!!」

「それは無いですよ」

 秋月は新三とこの製品の値段について議論を始めた。

 ダンぺ製という言葉が引っかかる愛子。何故なら、そんなブランド品の名前を聞いたことがないからだ。

「あ、あのこちらの話に戻しても?」

 議論を続けられては捜査が進まないので、誠は事件の話に戻す。

「すいません。」秋月は謝る。

「実は大隈さんが昨晩、殺害されました。

それで我々が聞き込みを行っているそういうわけでして」

「大隈さんが殺されたなんて・・・・・・・・」

 ショックを隠し切れない様子を見せる秋月に誠は質問を続ける。

「大隈さんは昨日こちらに何をしに来たのですか?

それとその後の行動を何か言っていませんでしたか?」

「昨日は・・・・・・・・」

 昨日の15時頃、その男・大隈おおくま 泰山たいざんは売り場に姿を現した。

 全身白色のスーツを綺麗に身に纏いキャリーケース片手に売場を笑顔でうろついていた。

 気味悪がった女性店員に対応を頼まれた秋月は警戒しながら大隈に話しかけた。

「お客様、何かお探しでしょうか?」

「いえ、この製品はこちらには置いていないのだなと思いましてね」

 大隈はそう言うと、自分のスーツケースに視線を落とす。

「はぁ」

「気味悪がせて申し訳ありません。私、こういう者です」

 秋月に名刺を渡す。

 名刺にはこう書かれていた。

 特命販路確保担当

 大隈 泰山

「大隈さんですか?」

「はい」

 大隈は誠実そうに見えてかつ胡散臭い笑顔を秋月に向ける。

「実は今日ここへ来たのは、セールスの為でしてね」

「セールス?」

「はい」

「申し訳ありませんが、新規の会社とは取引しないことになっているんですよ」

 秋月は適当に断って、大隈を追い返そうとする。が、大隈はそんなのお構いなしに話を続ける。

「誤解させてしまったようで、本日は挨拶がてらのデモンストレーションです。

私の説明を聞いて貰ってから取引して頂くか決めてください」

「まぁ、話を聞くだけなら」

 秋月は大隈を事務室に通した。

「どうぞ」

「失礼します」

 大隈は秋月と向かい合う形で着席する。

「早速、説明に入らせて頂きます」

 どこから出したのか分からないパンフレットを秋月に差し出す。

「拝見します」

 ごく一般的なパンフレットなのだが、少し変わっている所があった。

 それは科学分析の項目だ。

 普通は自社で検証する所を業界シェア第二位同業他社に自社の製品を検証させていたのだ。

 そして、そのデータは同業他社の製品を上回る数値を叩きだしていた。

 特に目を見張るのは、強度の部分であった。

 60mの高さから落としても傷一つつかず、中に入っていた卵も割れずに無傷ということだ。

「ここに書いてあるのは本当ですか?」

「はい」笑顔で頷く大隈。

 この男は何故、こんなにも自身に満ち溢れているのか。

 秋月は大隈の態度に訝しむ。

「どうやら信用されていないようなので、御社を担当されている営業さんに確認しましょう」

 大隈はスマホを取り出すと、電話をかけ始めた。

「もしもし。小熊さんでしょうか?

私です。大隈です。ああ、はい。はい。実はかくかくしかじかでして。」

 担当の小熊に事情を説明した大隈は秋月に電話をテレビ電話にし秋月に画面を見せる。

「さ、どうぞ」

 確かにそこには、秋月の知っている小熊が映っていた。

「あ、丸徳デパートの秋月です」

「秋月さん、いつもお世話になっております」

「お世話になっております。あのこのパンフレットに載っている事は事実なんでしょうか?」

「事実です。ウチの上層部もこの結果に腰を抜かしましてね」

「そうなんですね。分っかりました。ありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました。失礼します」

 通話が終了し、画面がブラックアウトした。

「これで、納得頂けましたか?」

「はい」

「で、どうでしょう。こちらの商品詳しく見ますか?」

「宜しいんですか?」

「構いませんよ。さ、どうぞ」

 キャリーケースを転がして、秋月に渡す。

 そこから大隈の商品説明を受けながら商品を色々と触らせてもらう。

 気づけばそこには従業員の人だかりができる程、大隈の話は饒舌で聞くものを虜にするものだった。

 あれよあれよと、商品を納品する段階まで話は進んでいた。

「では、明朝8時に納品させて頂きます」

 大隈は印鑑が押された契約書を懐にしまい秋月と固い握手を交わす。

「宜しくお願い致します」

「では、失礼します」

 キャリーケースを転がしながら、大隈は事務所を後にした。

「といった流れでしたね。次にどこへ行くかまでは存じ上げません。

でも、納品の手配で本社に戻ったのかもしれません。私の推測ですが」

「成程、ありがとうございました」

 誠はメモを取る手を止め、新三の方に目を向けるとダンぺ製のキャリーケース転がして遊んでいた。

「小永さんから何か聞くことは?」

「無いよぉ~」

 新三はそう言いながら、GWなどの連休でよく見る子供がキャリーケースにまたがって移動するあれを一人でやって遊ぶ。

「はぁ~」愛子は手で顔を覆い、深いため息をつく。

 すると、新三の乗ったキャリーケースがサラリーマンとぶつかる。

 床に転倒する新三とサラリーマン。

「大丈夫ですか!?」

 誠は大慌てでサラリーマンに駆け寄る。

「だ、大丈夫です」そう言いながら起き上がるサラリーマンを見た新三は鼻の穴を大きく膨らませ始めた。

「申し訳ありません。小永さん、謝ってください!!」

 愛子が謝罪を要求したその時、新三が突如として叫び出し始めた。

「ぽっぽぉーーーー!! シュッシュぽっぽ!! シュシュッぽっぽ!!! シュッシュぽっぽ!!!!」

 機関車の真似をしながらグルグル回り始める新三を止めようとする愛子を引き止める誠。

「どうして、止めるんですか!?」

「良いんです。あのままで、それより」

 誠はサラリーマンの方を向き話しかける。

「私、こういう者です」

 警察手帳をサラリーマンに見せて自己紹介する誠を見て、このサラリーマンが事件に関係しているとでもいうのか? 愛子は思った。

「警察の方が何か?」

「大したことではないんです。昨日、こちらでこの人を見かけませんでしたか?」

「見てませんね」

「そうですか。宜しければお名前と勤務先を教えて頂けませんか?」

「何故ですか?」

「それは・・・・・・・」

「聞かれちゃ不味いことでもあるんですか?」

 ここで愛子が助け舟を出す。

「そういうわけではないですが。分かりました。はい」

 ぶっきらぼうな感じで、サラリーマンは名刺を突き出してきた。

 サラリーマンは、真希まき 芳人よしとという人物であった。

「真希さんですね。すいません。お忙しい中。

小永さん、行きますよ!!」

 誠のこの言葉で動き回るのをピタッと止めると、何事もなかったように一人駐車場に向かって歩き始めた。

「あいつ、頭おかしんじゃないの」

 愛子はそう口にし転職という二文字が心の中を駆け巡りながら誠と共に新三の後を追う。

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