320話 熱
「なんなんだ、クソックソッ!!」
混乱――
「どうして、震え、震えがとまらな……」
恐怖――
「こ、これは……目を合わせるだけで。まさか、本当に……本当にッ」
後悔――守護者は各々から生まれる負の感情に襲われる。
「落ち着きなさいッ!!」
ない交ぜの感情を一喝する女の声。タナトスだ。冷たい中に、何処か熱を感じる声には様々な感情が覗く。それでも守護者か、この程度で崩れる程に脆いのか。らしくない、まるで鼓舞の様な声と、眼前の光景に守護者達は辛うじて崩壊を免れる。
黒衣が、空を踊った。狼狽え、尻込みする守護者を他所にタナトスが猛然と飛び掛かる。その光景に守護者達が続いた。戦いが、再び激化する。が、状況は依然として守護者側に不利。
精神状態の良し悪しは個人の生死に影響し、ひいては戦況に多大な影響を及ぼす。守護者が切札とした、ルミナが宿す力の正体の暴露が裏目に出た。情報の拡散により、数合わせの守護者達も一緒くたにルミナを視界に入れる事が出来なくなった。そもそもからして、ルミナの視界を気に掛けながらスサノヲを捌くなど不可能に近い。
数の優位は崩壊せず。しかし、切札で崩せると見込んだルミナが発揮した想定外の力が守護者側に重く圧し掛かる。だからタナトスは前に出た。スサノヲ側の優位となるルミナを仕留める為。
「森羅万象ッ!!」
即断。タナトスが言霊を叫びながら、青い刃を振り下ろした。直後、無数の刃が空中に出現、そのまま地上目掛けて豪雨の様に降り注ぐ。
「だから……ソレがどうしたッ!!」
が、降り注ぐ刃の大半はルミナが力一杯に振り抜いた刀が描く白い軌跡に薙ぎ払われ、残った刃も火球に燃やし尽くされた。
「仲間外れにしないでもらえます?」
赤い、光。驚いたルミナとタナトスが仲良く振り向いた先には、周囲に炎を纏わせたカルナが悠然と立つ。
「不倶戴天の敵の力を持つと知って、それでも助けるの?」
「アナタほどの方がどうされたのです?それに、答える必要ありますか?頭があるならご自身で考えるべきですよ」
カルナの返答は淀みない。彼はルミナが置かれた現状を知りながら、何の躊躇いも無く手助けを行う。恩義ではない。そんなモノは切っ掛けでしかない。赤い髪をした好青年はタナトスを前に不敵に笑う。覚悟。マガツヒの恐怖をねじ伏せる強烈な意志が、彼を前へと進める。
「そう……馬鹿正直なだけかと思ってたけど、随分とネチッこいのね。意外だわ」
「誰かさん程じゃあないですよ。さて、覚悟して貰いましょうか」
タナトスを抑える為、ルミナとカルナが再び動く。一方……
「だから邪魔しないでよ!!」
「そうはいきません……アナタの為に、必ず止めます」
「そうそう、まだ若いんだから身体捨てるなんて暴挙に出なくてもいいでしょ?」
「部外者のオッサンは引っ込んでてよ!!」
「ヤレヤレ。話を聞かないヤツってのはどうしこう語り口が同じなのかねぇ」
少し離れた場所では山県令子の暴走を止める為に白川水希とアックスが立ちはだかっていた。破壊した胴体部分はナノマシンによる修復が進んでいるが、未だ操縦席は露出している。当然、弱点となる脳も見えたまま。山県令子は操縦席を守りながら戦わねばならず、圧倒的に不利。恐らく、決着はそう遠くない内に付く。
「子供を利用する外道に負けるつもりはねぇよ!!」
『貴様にどうこう言われる筋合いはないッ!!それにあの女が決めた事だ、俺達が口を挿む事では無いッ』
「たかだか十数年のガキが汚い大人の言葉の裏を読めるはず無ぇだろ馬鹿野郎ッ!!だから守るんだよ。だから拒否されてもそれでも助けないと駄目なんだ!!」
『フンッ。戦場に感傷に浸るな、馬鹿は貴様……うぉっ!!』
大聖堂正面ではタガミとアルゲースの改式が激突する。口喧嘩はタガミ優勢だが、勝負自体は圧倒的なまでに劣勢。相手は元スサノヲ、対するタガミは見習いレベル。必然、両者の実力差は明白となる。
が、助力が入る。アルゲースの改式の攻撃はタガミに当たる直前で何か硬い物にぶつかりはじき返された。予想外の援護はタガミの直ぐ傍で戦うタケル。彼はステロペースを牽制しながら、同時に自らが操る無数のクナドの一本をタガミの援護に回した。
『随分と器用な真似をしますね』
「ソレは俺の台詞だ。ザルヴァートルの異端とは誰もがこうも強イのか?」
『さて、ね。私はただ自分の才能を伸ばしただけ、ですよ』
そのタケルとガブリエルを相手取るザルヴァートルの異端、ステロペースはただの一度として優勢を崩さない。何を目的か、ひたすらに両者を牽制し続ける男の実力も、意図も底無しで、行動がまるで読めない。
「あの事件の後、アナタが助けた少女がどうなったか知っておられますか?」
『……興味ないですね』
その男が、初めて綻んだ。男の過去に言及したガブリエルの"少女"と言う何気ない単語に男の行動が露骨に鈍る。動揺、あるいはその少女との過去に思考を阻害された為か。
「少女は立派に育ち、今や賢人会議の末席に立っています。ご存知でしたか?」
『ならば、助けた甲斐もあったというものですよ』
「助けた?」
「彼女はアルマデル総帥の意志を継ぎ、異端の廃止に動いています。誰の為か、分かるでしょう?」
『どうでも良いですよ。何をどうしようが私は異端として追放された。いや、自ら出奔しました』
「アナタは私達が考えるほどに強くは無かったようですね」
『人を値踏みするのは結構ですが、程ほどにしておいた方が良いですよ。人の価値は、簡単に推し量れるものでは無いッ』
「今、僅かに怒りの感情を発露したな。お前が何を理由に動くのか、知るつもりも無イし知りたくも無イ。だが、この馬鹿げた騒動の責任は取って貰う」
『初めからそのつもりですよ』
戦いの最中で、これまで隠し通してきたステロペースの仮面が剥がれ落ち始める。
「クソッ、主星を護る分まで全部コッチに回しているのかッ、正気とは思えん!!」
「だが、逆にココを叩けば決着はつく!!」
「マガツヒと、化け物と一緒に戦う様な貴様の様な奴等に負けんッ!!」
「「フザけるなッ!!」」
そんな、様々な感情を呑みこみながら、大聖堂周辺の戦闘は巨大なうねりへと変化してゆく。
大聖堂の裏手では守護者の主力と激突するスサノヲ達が気勢を吐く。半年前に旗艦と地球を救った英雄。今も尚、苦境に追い込まれ、悪意に責め苛まれても前を向く彼女への絶対的な信頼は、例えハバキリの正体が露見したとて揺らがず。寧ろ、化け物と吐き捨てた守護者への怒りを糧に更なる力を呼び込む。
もし、彼らが抜かれれば戦況は一気に悪化する。既に相当数の守護者達が薙ぎ倒され、黒雷も破壊されたが、言葉通り守護者達は戦力の大半をこの場に投入している。
しかし、何よりも厄介なのは遠巻きから一進一退の戦況を一方に伝え続ける報道の存在。何処までも守護者側に有利な情報はルミナと行動を共にする全員への憎悪を膨らませ、今や市民の大半が守護者の思惑通り罵詈雑言を吐き出すに至った。
しかし誰もがそれでも尚、戦い続ける。傷つき折れそうな意志を支えるのは、彼らを支えるのは2人の人間。絶望的な状況でも尚、真っ直ぐに前を向く者。
「必ず止めるッ!!」
「なら、やってみなさいよ!!」
1人はルミナ。
『必ず止めるッ!!』
『今度こそ、今度こそ俺が勝つッ!!』
もう1人は、旗艦から遠く離れた主星フタゴミカボシで戦う伊佐凪竜一。
両者はただ真っ直ぐに何かを見ているが、何かまでは当人以外の誰にも分からない。だが、あの2人が挫けない限り、その意志の元に集った仲間の意志もくじける事は無い。私は、その光景を呆然と監視している。私は、私達は自らを監視者と名乗った。その使命の通りに、ただひたすらに監視だけを行い続ける為に。
ソレが私達の存在理由。能動的に介入してはその星に芽生えた固有文化を破壊してしまうから。そんな風に、様々な理由をこじ付けては直接的な介入を拒み続けた。その選択肢は正しい筈だ。何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も
「私は、絶対に正しい」
しかし、その言葉は今や虚しく空に霧散する。軽い綿埃の様にふわふわと空気に揺られる様は、なんて事はなく私が唾棄する市民と同じだ。
「本当に正しい?」
何時の頃からか、そんな疑問が心に生まれ、浸食する様になった。決定的な切っ掛けは半年前、地球の
「本当は、間違っている」
頭が、認めたくない結論を囁く。遠い過去、何世代か前の私が聞いた主の言葉が頭に浮かんだ。
『監視せよ』
それだけだ。介入するな、とは一言も言っていない。ソレは私達のルールだ。主の意向に沿う為、より多様な文化文明の中から"絶望に抗う希望"が生まれる事を期待した主の意をより確実に汲み取る為に、私達が勝手に決めたルールだ。
だけど、今更どうやって逆らえば良いのか。私は、人は、自らが決めたルールを破ることが出来ない。凄く、勇気の必要な行為だ。
だけど、と私は映像を見る。食い入るように、それ以外の何も視界に入れず、ただジッと見つめる。英雄。伊佐凪竜一とルミナ。2人の行動を見る度に、私の意志は激しく揺さぶられ、揺り動かされ、収まったかと思えば疑問を投げかける。
「コレで良いのか、コレが本当に正しい事か?」
何度も何度も語り掛ける自らの意志を辛うじて抑え込みながら、私は監視を続けた。しかし必死で抑え続けた何かは、抑え続けても消え失せたたわけでは無いその何かは何時までも心に残り続け、やがて胸の奥から熱い何かを押し上げるようになった。その熱に、熱の中に、私は己が疑問の回答を見た気がした。
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※321話以降、監視者による一人称視点から第三者視点に変わります。
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