313話 外法

「この程度、今まで何度も乗り越えてきたのよ!!」


 気勢と共に無数の青い閃光が走り、爆風が斬り裂かれる。タナトスが新たな刃を生成した。防戦一方のルミナとカルナは豪雨、あるいは濁流の如き攻撃を器用に交わしながら、更に僅かな隙を見つけては反撃を試みる。功を奏し、戦場を飛び交う刃の数は増減を繰り返すだけに止まり、その数を大きく増やすには至らない。


「チ、ちょろちょろと」


 追い詰める筈があと一歩及ばない現状にほんの僅か、タナトスが苛立ちを表出した。集中を乱したのか、攻撃の精度が徐々に落ち始める。しかし、2人共に慎重な姿勢を崩さない。演技。アレは油断を誘う演技だと、その可能性に2人は懐まで踏み込まない。もし迂闊に突っ込めばバラバラにされる未来が頭の中に描いているのだろう。


 が、攻めあぐねる間にも時間は無情に過ぎる。婚姻の儀はまだ続いているのだ。時間を掛ければ掛けただけ、姫の殺害阻止に失敗する確率が上昇する。焦りに背を押されたのか、ルミナが突如としてタナトス目掛け猛スピードで接近した。


「時間稼ぎに付き合うつもりは無い!!」


「あら、バレてたのね。じゃあ精々頑張りなさい。根負けしたら、死ぬわよ」


 やはり演技、油断も隙も無い。タナトスの言に呼応し無数の刃が地面から出現、ルミナ目掛けて一斉に襲い掛かる。同時、上空と前方にも刃が出現した。後方にしか逃げ場が無いが、今の速度で後方退避は不可能。もうあと僅かで彼女の肉体はバラバラに刻まれる。ほぼ全方位を覆う青い刃の不気味な輝きを見た誰もがルミナの最期を脳裏に描く。


「甘いッ!!」


 事実は小説より奇なり、と言う言葉が地球にあるそうだ。今、目の前に広がるのは正しく言葉通りの光景。食い入るように私が見つめる映像には、ルミナの周囲に展開された刃が全て破壊されるという信じ難い光景。最初に青年の叫びと共に遥か後方から炎の矢が大量に生み出されると、青い刃の大半を叩き落とした。これはカルナだ。


 が、問題はその次。何処からか飛来した真白い弾丸が幾つもうねりながら残る青い刃を全て破壊した。


「何処からッ!?」


 想定外の攻撃にタナトスは驚き叫び、同時に僅かな隙を晒した。刹那、その華奢な身体が大きく吹き飛んだ。無防備となったタナトスに、ルミナが勢いを乗せた蹴りを見舞った。


 その顔に、初めて焦りが浮かぶ。真面な攻撃を受けながらも、タナトスは即座に飛び起きると反撃とばかりに無数の刃を生み出した。しかし、生み出された刃はやはりカルナの攻撃と何処からか飛来する無数の銃弾に全て破壊された。


「狙撃!?位置を変えた?いや……」


 タナトスは攻撃の手を止め、突如飛来し始めた援護攻撃の出処を探り始める。荒い呼吸を整えながら、冷ややかな視線で周囲を見渡す女は、やがて荒漠と化した戦場の一角にまだ形を留める建造物の残骸に一本の青い刃を突き立てた。剣閃が走り、建造物が崩れ落ちる。その瞬間、2つの人影がまるで獣の様に逃げ出し、監視カメラの前に躍り出た。


「君達は、地球の!?」


「お久しぶりです」


「微力ながらお手伝いします。私達の事は気になさらずに」


 驚くルミナの視線の先、崩れ落ちた建物の影から姿を見せたのは関宗太郎の元秘書だったセオとアレム。緊張か、その笑顔は酷くぎこちない。


「お知り合い、ですか?」


「関係者は全員記憶している。そう、確か地球人ね」


「地球……地球人って、そんな無茶な。どうしてここに!?」


 タナトスが零した"地球人"という単語にカルナは酷く驚いた。ハバキリに選ばれた伊佐凪竜一というイレギュラーを除いた地球人類はカグツチ適性が異常に低く、他星と比較した戦闘能力が極めて低いという事実は当然の事実として周知されている。しかも、この2人は共に地球から旗艦アマテラスに上がって数日も経っておらず、訓練する時間さえ取れていない。


「まさか、外法?」


 その地球人がカグツチを使いこなせる理由を、タナトスは看破した。


 外法。セオとアレムの腕には手の甲にまで続く太い管状の何かが伝っていた。その先端に針と思しき金属が取り付けられ、それが肉を貫通し、無色透明な管を時折流れる白く光る何かを腕へと伝う。その管の出処は腰に下げた携行用の黒いバックパック。


 外法とは大量のカグツチを強引に体内へと入れる行為、及びその為の装置一式を指す。確かにそうすれば体内のカグツチ濃度を強制的に引き上げられる。が、鍛錬はしているだろうがカグツチを操る訓練を全く行っていないセオとアレムには当然ながら力の制御など出来ない。出せる力に対し肉体が余りにも貧弱な為、2人が受ける激痛は並レベルでは無い。恐らく、引き金を引く度に気絶しても何ら不思議では無い程の激痛に耐えていた筈だ。


 元々は言葉の通り法の外の行為。カグツチを扱う事が出来れば戦闘能力は飛躍的に向上するという周知の事実に対し、適性を持つ人物は少ない。持つ者|(スサノヲと守護者)と持たざる者|(それ以外)の間に横たわる圧倒的な差を僅かでも覆す為、技術的に解決しようと目論む犯罪者ないし組織が現れるのは必然だった。


 アレは、幾つかの犯罪組織が非人道的な実験の果てに生み出した産物。貯蔵した高濃度のカグツチを直接体内に注入する事で戦闘能力を飛躍的に向上させる。しかし、問題も多かった。


 適性も無いのに肉体にカグツチを注入して力を行使しても肉体が耐えきれず、容易く悲鳴を上げるのが最初の問題。その激痛は余りの酷さに戦闘が行えないと言う矛盾した結果を引き起こす程で、結局のところ適性を持たない人間以外には役に立たないという何とも無意味な結果を示す。


 次の問題は、外法を使いたがる組織にカグツチを貯蔵する為の技術が無いという点。調達先は端的に事故と廃棄品。特に事故はその状況次第ではほぼ無傷で手に入れる事が容易で、手っ取り早く資金を手に入れたい、または犯罪組織と繋がった組織が積極的に回収し闇ルートに横流しする。余談だが、スサノヲと守護者はこうした闇ルートに出回った品々を回収すると言う重要任務も帯びている、と言うか寧ろ主要任務の一つでもある。


 最後に、違法に手を染めるという対価に見合わない変換効率の悪さ。カグツチを扱う為には長い時間を訓練に費やす必要があるのだが、外法に手を染める人間がそんな真似をする訳が無く、結果として一般人から見れば驚異的な程度で、スサノヲや守護者、果てはヤタガラスよりも低いという何とも中途半端な結果となっている。


 よく鍛えた程度でカグツチが扱えるならば苦労はしないのは夥しい犠牲と歴史が証明してきが、果たしてあの2人はどうだろうか。


「良くもまぁそんな強引な手段で。使えなくは無いけど、でも大丈夫?激痛で気絶しそうなんじゃない?」


「私達に気を使って下さるとは、冷酷との評判に反して随分とお優しい性格のようで」


 タナトスの言葉は正しい。真っ当な人間が意識を喪失する程の苦痛に見舞われるのは過去のデータが示す通り。だというのにセオにそんな様子は微塵も無いどころか、タナトスに嫌味を返した。


 引き金に手を掛けると管から白い光が伝い、手が仄かに輝き、最終的に銃口へと吸い込まれる。が、やはり痛みに気を掛ける様子は微塵もない。それどころか、不敵な笑みさえ浮かべる始末。


 制御出来ているとは思えない。出来るならば外法に手を染める必要はどこにも無い。2人共に、強靭な精神力で痛みをねじ伏せている。出鱈目すぎる。鍛えられた人間であれば激痛に耐えられるなんて話は聞いたことがない。誰もがその光景を唖然と見つめる。


「危険ですよ!!後遺症か、下手をすればショック死するッ!!」


 カルナは堪らず叫ぶが、悲しいかな届かず。アレムも同じく、躊躇いなく引き金に手を掛けた。彼の言葉が聞こえていない訳でも、無視している訳でもない。覚悟だ。この戦いに、彼女も命を懸けている。その意志に呼応したのか、管から手を経て銃口へと吸い込まれたカグツチがほんの僅か、強く輝いた。


 彼女にも痛みを感じる様子は全く無い。見る人間が見ればとんでもない執念か、あるいは無痛症だと勘違いするだろう。目の前の2人が痛みを意志で捻じ伏せる状況はそれ程に異常な光景。この土壇場で現れた想定外に、外法処置を躊躇ためらいなく施し、激痛をねじ伏せ平然と戦闘に参加する規格外の存在に、さしものタナトスも僅かに揺らぐ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る