第8話 港で落ち合おう

8話 港で落ち合おう



 ジャスティスは焚き火の火を絶やさないように薪を焚べる。パチパチと爆ぜる音を聞きながら、黄色に近い赤の炎をぼんやりと眺めた。


(カインさん、大丈夫かな? 余計な事、言っちゃったかな…)


 随分と驚いていたカインを横目にジャスティスは密かにそう思った。



 ――ロウファの話をしたら彼の事を思い出してしまう。




『残念だよ、ジャスティス』

 冷たく突き放す声――


 濡れ衣を着せられた事よりも、ロウファにそう言われた事がジャスティスには衝撃的だった。


『拒絶』されたみたいで――。


 今までの事を『無かった』ようにされて。


 膝を抱え頭を埋めた。その姿はまるで置いて行かれた幼子のようで――


(…ロウファ…どうして……?)


 心の中で仲良しの級友に問い掛ける。


『俺の側にいろ』って言ったくせに。いつも挑発的にせがんでくるくせに。僕を――奪ったくせに。


 思い出される過去の残像――。


 それ程までに自分はロウファの事が好きなんだと今更ながらに気づいた。


 いや――気づいてはいたが、気づかないフリをしていた。その想いを認めてしまったら今ある関係が崩れていきそうで怖かったから。


 なのに。どうして? どうしてロウファは自分を?

 

 そう思い、ジャスティスは顔を上げる。目尻に溜まった涙を拭い、


 カインさんが寝ててよかった。


 本当にそう思う。こんな情けない格好恥ずかしくて見せれないから。


 焚き火に目をやると火が弱まっており、ジャスティスが燃料を探そうと立ち上がった時だった。爪先が硬い岩ににぶつかる。足元に目をやれば――両先端が尖っている臼灰色した石塊。


「……」


 こんな所に石なんてあったかな?


 思いつつ、それを持ち上げるジャスティス。



「…ぇ……」

 思っていたのとは違い石は軽かった。


 石――というよりは、どちらかというと骨に近い感じで、

「…もしかして…これ…」

 両手で材質を確かめるように撫で回してみる。

「―…ドラゴンの『爪』?」


 臼灰色した石のような塊は硬質な割に弾力があり――これが武器や防具、骨董品など高級な素材として扱われる代物。


「…初めて見た……」

 長さ三十センチほどの高級素材を手に、ジャスティスは目の前まで掲げて瞳を輝かせる。

「そうだ、これで――」

 何か思い立ったのか、懐から小型の使い込まれたナイフを取り出して、偶然手にしたであろう『ドラゴンの爪』を削り出す。ドラゴンの爪は強度が高い硬質な割に弾力性があり『加工』しやすい。



 それから小一時間経ったのだろうか――


「…あ、いってぇ……」

 と、カインが背中を伸ばして半身を起こす。

「―…悪い、俺大分寝てた……」

 片目を擦りつつ言う。


「いえ、そんなには」

 ジャスティスが首を横に振れば、

「…お前、大丈夫か?」

 気遣うように言われ――


「あ、はい。大丈夫です」


「――ならいいけど。そろそろ行けるか?」

 言って立ち上がるカイン。

「それと」

 ジャスティスが焚き火の後始末をするとカインは真面目な顔をして、

「…あの事は。俺の胸の内に置いておく」


「…はい。あの、カインさん」

「なんだ?」

 移動を始めたカインはジャスティスに呼ばれ足を止めて振り返る。

「あの、これ」

 ジャスティスは一振りのダガーをカインに手渡した。


「―…これ、ダガーか?」


『アレ』を直したのか?


 と聞いてくるカイン。『アレ』とは脱獄の時にジャスティスが折ってしまった鉄拵えのダガーの事だ。


「いえ…えっと、あのドラゴンの爪を拾ったのでそれを少し加工して、貸して頂いたダガーの柄にはめ込んだだけです」



「…加工って…。お前、これ作ったのか?!」

「つ、作った…というか、爪の部分を刃のように削っただけですよ」

 素っ頓狂な声で驚くカインにジャスティスは慌てたように答える。


「にしては、普通作れねーぞ、こんなの」

 柄を握り回しながらダガーの強度や切れ味を確かめるカイン。



「…あの…僕……」

 とジャスティスが恥ずかしそうに俯き――


「どうした?」


「…そういうの…好き、なんです」


「は? そういうの?」

 カインは訳が分からず眉をしかめる。


「あの、その武器とか…作ったり、とか……」


「武器作るって言ったら鍛治職人とかだけど…」


「あ、はい。その鍛治とか大好きで――」鍛治と聞き途端に顔を上げるジャスティス。「街の鍛冶屋さんとかでお手伝いしたりしてました」


「へぇ、お前すげぇな」

 カインが素直に感想を言えば――

「でもあの…趣味みたいなもんで…」

 ちょっと照れたように謙遜するジャスティス。


「でもすげぇわ! ありがとな!」

「はい」

 二人頷き合い笑う。


 そしてまた地下道の探索を開始した――。




 カインとジャスティスの二人は横並びで地下道を進んでいく。


 数歩進み――その歩みを二人とも止める。


「…いますね」

「だな。ゴーレム(石人形)じゃない事を祈るわ」

 言いつつ、ダガーを構えるカイン。ジャスティスもまた双剣を抜く。



 二人が息を殺し少しの間をあけると、通路の奥からのっそりと姿を現す二メートル近い白い巨体の魔物――


「スノウベアか…」

 カインが呟くや否やその『スノウベア』は、


 グゥオオオ!


 大きく叫び四つん這いになってこちらに突進してきた。


「―……ッ!」


 カインとジャスティスは既で突進をかわす。そうするとスノウベアは突進をやめて二足で立ちこちらを向く。


「―…行儀が悪ぃな」


「まあ魔物ですから」


 カインの軽口を苦笑いで返すジャスティス。



 クオオォォォ…ッ!


 スノウベアが口を大きく開け息を吸い込み――



「…ッ! アースシールド!!」


 カインの『晶星術(しょうせいじゅつ)』で、二人とスノウベアの間に透明な地の壁が張り巡らせた瞬間、



 ――カアァァァ……!


 スノウベアが『氷の息(アイスブレス)』を吐き出した。


 ――が。


 カインがいち早く唱えた防御の壁によって、二人はアイスブレスから身を守れた。


 スノウベアの攻撃が終わるその刹那――ジャスティスは走り出す。スノウベアが視線でジャスティスを捉える前に彼はスノウベアの後ろに回り込んでおり双剣でスノウベアの両脚を『削いだ』。


 腱まで削がれたのか平衡を失い前のめりに倒れるスノウベア。



「…行くぞ」

「はい」

 沈黙したスノウベアを横目にカインとジャスティスは足早に先に進んだ。


「…カインさん」

 隣だって道を進む中ジャスティスは口を開く。

「どうした?」


「…さっきカインさんが唱えた術って――」

「ああ。晶星術の事か」

「はい」

 ジャスティスの言葉にカインは事もなげに答える。


「カインさんも使えるんですね」


「…ああ。まあ一応な」と、カインは呆れ混じりに笑う。『防御系はアレしか使えない』と、カインが少し面倒臭げに言うとジャスティスは肩をすくめ小さく笑った。




「…風が、吹いてる?」

 少し進んだのち、前方から風が来ているのを感じたジャスティス。


「出口近いかもな」


 カインはそう言い、二人の歩みは心なしか早くなる。小走りになって進むと次第に目の前が眩しいくらいに明るくなる。


「―…ッ、出口だ!」

 カインが叫ぶ。二人して地下道から解放され着いた先は――


「…と。ここ湖の真上だったな」


 前方に架け橋を見つけるカイン。


 ――ディザイガ城は、真北の大陸『北国タータルネーク』の広い湖に浮かぶ。大陸とは陸繋ぎだが真北はこのように少しの架け橋があるのみ。




 ギュオオオ……ッ!



 ――と。真上から聞き覚えのある獣の『鳴き声』。


 二人して上を見れば、黄色い皮膚の竜が小さな翼を動かして空を旋回していた。


「ドラゴン…」

「地下道にいたやつだな」

 ジャスティスとカインが交互に言う。



 二人から少し離れた場所にドラゴンは両脚を地に付け着地した。途端に舞った砂埃に二人は咽せつつ、


「どうした、お前」

 カインが聞けば――


『ギャオギャウ』

 ドラゴンは再び形容し難い鳴き声を発する。


「待って…いたんでしょうか?」

「まさか」

 カインは一笑するが、


「あれ? 首輪取れてないですね」

「ん? 首輪?」

 ジャスティスがドラゴンの首元を指しカインも見る。

「…ホントだな。あれだろ、備え付けてあった方を外したから――」

「…あ…首輪はそのままなんですね…」

 気付いてジャスティスは少し残念そうに俯く。



「おい、あれ。首輪に鍵穴ないか?」

「…ぇ…?」

 陽光から遮るように手を目上にかざすカイン。もっとよく見ようと背伸びしたり屈んだりしている。

「やっぱ鍵穴だな」


「あの鍵開ければ首輪外せるんじゃ――」

「…今度は『ピッキング』出来ねーぞ」

 南京錠を解錠したジャスティスだが、流石にドラゴンの首についてる首輪の解錠は無理がある。


「…そう…ですよね……」小さく呟くジャスティス。「…鍵、とかなかったですし…」


「…鍵って、そういや――」カインは何かに気付いたのか懐を探る。「この鍵ならあるんだが」と、牢獄で拾った鍵を取り出した。


「どこで拾ったんですか?」


「いや、牢獄で衛兵が落としたのを拾っといた。って、この鍵じゃないよな?」


「…多分その鍵が――」

 言いつつ、ドラゴンの首輪を指すジャスティス。


「あの首輪の……」


「…冗談キツいぜ……」


 心底ウンザリしたように言うカイン。



 ジャスティスとカインは結局ドラゴンの首輪を解錠してやることにした。



 ジャスティスがドラゴンの気を引いてカインが解錠する。幸いにもドラゴンは大人しくしていたのですぐに終わった。



『ギャウギャウ』


 ドラゴンは御礼を言っているのか分からないが首を上下に揺らし、再び宙に舞っていってしまう。



「アイツ、首輪外して欲しかったのか?」


「…どう、なんでしょうか」


 二人真上を見上げて口々に言う。



「―…とりあえず……」


 と、カインが言いかけたその時――


「おいッ、いたぞ!」

 

 地下道の奥から兵士らしき声。二人がそちらを見れば複数の影がユラユラとこちらに迫ってきている。



「…ックソ、追手が掛かったか…!」


 苦虫を噛み締めるカイン。そして出口付近の岩場上部に目をやり――


「お前――弓持ってたよな?」


 視線はそのままでジャスティスに聞いた。


「…え? はい、持ってますけど」


 ジャスティスは不思議そうな顔しながら背中に抱えていた弓と矢筒を手に持ち替える。


「それ、寄越せ」


 カインは視線を外さず、手だけを『こっちに渡せ』とクイクイッとさせる。


「あ、でも矢があと一本しかないですけど…」


 カインの動作に気付いたジャスティスは、彼に弓と一本しかない矢を手渡すが――



「それでいい」


 カインはジャスティスを見ることなく弓と矢を受け取る。



 キョトンと呆気に取られるジャスティスを横に、カインは徐に弓を構える。一本の矢の切っ先はカイン自身が先程から見ている地下道の出口付近の上部を指していた。


 ジャスティスが矢の切っ先を目で追い視線がカインと同じ場所を捉えた瞬間――



「…グランドアローッ!」



 カインの力強い『術』と共に矢が放たれた。


 黄色の光を帯びた矢が、大きな弧を描いて地下道の出口付近上部を目掛けて衝突する。



 ――バシュッ!!



 地の属性を持った矢は岩肌にぶつかり、矢を纏っていた黄色の光が衝撃で乾いた音を立てて霧散した。


 同じ『地』の属性による衝撃波で岩肌には小さな亀裂が入り、ピシッと音を発したかと思えば――



 ――ピシッピシッピシッ! 


 ゴッ!!



 目にも止まらぬ速さで亀裂が奔り、その間に『ズレ』が生じて――



 ――ゴゴゴゴッ!!


 ガゴンッ! ガゴゴォォン…ッ!!



 亀裂の入った場所から徐々に隙間が出来て、『結合』されていた岩肌は巨大な『岩』へと形を変えて重力により落下していった。




 落下による風圧と砂煙が収まったのを見計らい、


「これで何とか足止め出来たな」


と、一息つくカイン。



「カインさん、今のはーー」


 ジャスティスが空に消えゆく砂埃を目で追いつつ呟けば――



「ああ。『攻撃系』の晶星術は得意なんだ」


 少し照れたように笑うカイン。しかしふいに真剣な顔になり、一緒に笑った少年の名を声を張り上げて呼んだ。

「ーージャスティス!」



「は、はいッ?!」

 あまりにもの剣幕でジャスティスは吃驚して声が裏返ってしまった。



「…こうなった以上、城には当分戻れねぇ」

 カインはジャスティスの方を向くと静かにそう告げた。


「…はい…」

 それに答えるように小さく頷くジャスティス。



「…橋を渡ってから一旦二手に分かれる。俺は西、お前は東を経由してティエラ港を目指せ。何日かはかかるかもしれねぇが…ここで捕まる訳にはいかねぇ」


 カインは一旦そこで言葉を切った。


 口中で小さな溜息をついて――


「――とりあえず五日後くらいに港で落ち合おう。そこで今後どうするかを決める。いいか?」


 ジャスティスの両腕を掴み分からせるよう静かに告げた。


「はい」


 ジャスティスが短く、だが力強く答えると――カインは無言で頷き前方の架け橋に目を向ける。



「行くぞッ!」


 カインの言葉と共に二人は橋を渡る。対岸まで来るとカインは橋が固定されている縄紐をダガーで切り離す。そうすると繋がれていた橋は安定を崩し踏み板ごとバラバラになって破片が落下していった。



「ここまですればしばらくは持つだろう」


 出口の埋まった岩を退かし、隙間から兵士が数人向こう岸に見える。


「―…ジャスティス。お互い無事で港で再開するぞ!」


「はい!」


 カインとジャスティスは互いに背を向けて、短い言葉を合図にお互いが進む道を走り出した。

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