ある惑星の物語

「ある惑星に住む人間たちは、お前の世界より遥かに進んだ文明を築いていた」


 魔法ではなく科学という技術を使って、あらゆる病気を治療し、飢餓を根絶させた。空を飛ぶこともできたし、どんなに離れた場所にいても、一瞬で移動できるという技術もあった。

 その星に住む人間は、地震や嵐などの災害までをもコントロールしたと言う。


「まるで天国みたいね……。神様の暮らしみたい」


「いいや、そこに住む者たちは神などではなかった」


 いくら文明が発達しても、人間の心だけはそのままだった。

 感情がある以上、どんなに生きやすい社会を作ったとしても、多少なりともストレスは発生するし、人同士理解しあえず、衝突してしまうこともある。


「人間の未熟さを置いて、技術だけが先に発展してしまったのだ」


 その星にもまた「国」と言う概念があった。アストリアとオルガレムのように戦争こそしていないが、各国が切り札とも言える強力な武器を持ち、牽制しあっているような状態だった。メリーアンでは想像もつかない、一度切れば世界が滅ぶような切り札だ。


「ある国は一瞬で世界中を炎に包む爆弾を、またある国は一瞬で人を死に至らしめる音を……様々な武器を、各国が保有していた」


 ──きっかけは、ある国の科学者の娘が、敵国の地で殺されたことだった。ある技術の奪取のため、敵国は科学者の娘を人質にし、ゆすりをかけたが、科学者は応じなかった。国に応じることを、許されなかったからだ。結局娘は無惨にもなぶり殺しにされ、その遺体を見た科学者は発狂してしまった。娘を殺された悲しみを受け入れられなかったのだ。そして自らが開発に関わっていた「切り札」を切ってしまった。自分の国も敵国も、世界中を巻き込んでしまうような、切り札を。


「その科学者は、あらゆるものを変質させてしまう物質を撒き散らした。その物質の除去方法は、開発されていなかった。地獄への片道切符だ」


「……神様みたいな暮らしをしていても、中身はアストリア人みたいなのね」


 クイーンは頷いた。


「その物質は、人を病に陥れ、動物を凶暴化させ、屍さえも動かす」


「……」


(それって……)


 クイーンの説明で、メリーアンはハッと気づいた


「お前たちの世界では、これを『ミアズマ』と呼ぶ」


「……!」


 クイーンのガラス玉のように透き通った瞳の中に、メリーアンの呆然とした顔が浮かんだ。


「……その世界では人間が意図的にミアズマを作った。私たちの世界では、自然に発生してしまった。そう言うこと?」


 そうであって欲しい。

 けれどクイーンは首を横に振った。


「……その世界の人間たちは、ミアズマによって滅びた。一部の者たちを除いては」


「その一部の人たちは、どうやって生き延びたの?」


「他の惑星に、逃げ延びたのだ。……他の惑星の、アストリアという大国に」


 それでは、ミアズマは。

 メリーアンの頬に汗が一筋流れ落ちた。メリーアンの考えを肯定するように、クイーンは頷いた。


「ミアズマは、その者たちが持ち込んだ。もともとアストリアにある物質ではなかったのだ」


「そんな……!」


「だからお前たちの世界の神々は、聖女や聖人を排出して、人に味方をするのだ。別世界の因果律を持ち込まれてしまったのだから」


 廃墟の間を穏やかな風が吹き抜けた。湿った土の、水水しい香りがする。

 メリーアンは天井を見上げた。壊れて植物の根が這う天井から、青い空が覗いている。

 管理人になってから何度も見た景色を思い出した。

 

──いくつもの背の高い廃墟や、何に使うか分からない壊れた機械──とてもメリーアンの時代では開発できないような代物だ──があちらこちらにあった。


 廃墟や機械は植物に侵食され、空から降り注ぐ柔らかい日差しを浴びて、穏やかな様相をしていた。


(まるで滅びた文明を見ているような、そんな気持ちに……)


 そこまで考えて、メリーアンは、ああ、と小さく嘆息した。


「真夜中に私がいつも訪れていた、この場所は……」


 クイーンは頷いた。


「汚染物質によって滅びたこの・・・の名を『地球』と呼ぶ。滅びた文明の跡地に、我ら妖精族は暮らしているのだ」


 繋がった事実に、メリーアンは驚くよりも納得してしまった。


「……ミアズマは? ここにはミアズマは、もうないの?」


「いいや、私たちが除染し続けているだけだ」


 クイーンは首を横に振った。


「話を最初に戻そう。管理人の資格とは何か、とお前は聞いたな」


「……ええ」


「単純な話だ。この星に来られる者──つまり妖精の展示室に入れる者には、条件がある。すなわち、この星の人間の血が流れていることだ」


「この星の、人間の血?」


「それがなければ、この惑星へ来るたび、体が弱って死んでしまう。妖精は肉体を持たないから、この地で暮らすことができるのだ」


(じゃあ私って……)


 メリーアンは思わず眉を寄せた。


「お前は前の管理人の名前を知っているか?」


「マグノリアのこと?」


「そうだ。マグノリアの、フルネームは?」


 そう言われて、メリーアンはマニュアルに挟まれていた手紙を思い出した。


(確かあの手紙には……)


「マグノリア・ケイコ・メロウズって……」


 そう言うと、クイーンは頷いた。


「マグノリアのさらに前の管理人は、フィオネと言った。フィオネ・ナナミ・リュビアだ」


「あ……」


 メリーアンは三人の名前を並べ、あることに気づく。


 メリーアン・エリカ・アシュベリー

 マグノリア・ケイコ・メロウズ

 フィオネ・ナナミ・リュビア


 皆、ミドルネームが変わっているのだ。少なくとも、ケイコとナナミに関しては、他で聞いたことがない。


(エリカって名前はいるにはいるけど……でも確か……)


 メリーアンはふと、アシュベリー家に伝わる、奇妙な伝統を思い出した。

 それは子どもが生まれた際、いくつか決められた名前の中から、必ずミドルネームを付けなければならないと言うものだった。メリーアンも確か、その候補の中からミドルネームが選ばれたのだ。


「キョウカかエリカか迷って、最終的にエリカにしたって、お父様に聞いたことがあるわ。お父様のミドルネームは、リツだった……」


 今考えてみると、リツと言う名もあまり聞かない名だ。

 そう言うと、クイーンは頷いた。


「この星へ逃げ延びた幾人かの地球人たちは、自分たちの名前を継がせたかったのだろう。もともとは同類を判別するためにそうしていたのだろうが、今となっては形骸化してしまったシステムだな。地球人たちは体が適応できず、アストリアでは長く暮らせなかった者が多かった。途中でなぜその名をつけるのか、正しく伝えられるものがいなくなってしまったのだ」


 受け継いだものは名前だけはない。

 ある地球人の人種には、魔法を全て無効化してしまうという、奇妙な体質をもった人々もいたという。


「……クロムウェル領では、キャンセラーと呼ばれる子どもが他の地域と比較した時によく生まれるわ。魔法が何も効かないの。それも、昔に住んでいた地球人の性質を受け継いだから?」


 そう尋ねると、クイーンは頷いた。


「アストリアのあちこちに、地球人は移住した。お前たちの領地だけではない。他の場所でも、奇妙な体質、特徴的な顔つき、髪の色や目の色など、アストリアでは見かけない性質を受け継いだものたちがいるはずだ」


 その性質は、もともとはアストリア人が持っていたものではなく、地球人が持つ性質だったのだと言う。


「私たちはアストリアを追い出され、地球へ移住した。しかしいつかまた彼の地へ戻りたい。これはアストリア王の悲願でもある。だから私は博物館を作らせ、この星と繋げた。そしてこの星へ来ることができるアストリア人を、管理人にすることに決めたのだ」


「……じゃあ私は、私の先祖は、この星で暮らしていたと言うこと?」


「その通りだ」


 メリーアンは話を聞いて、複雑な気分になった。

 妖精を追い出したアストリア人。ミアズマを持ち込んだ地球人。その罪の血を、メリーアンはどちらも受け継いでいる。


(でも……)


 メリーアンはそのおかげで、あの博物館とそこにいる人々に出会えた。それもまた事実だ。


 ──なぜあなたなの?


 ベティローズの声が、耳に響いた。


 ──なぜ私なんだ。


 家族を思って涙を流すライナスの呟き。


 ──どうして私なの。


 そして、自分の不幸を恨む、メリーアンの声。


(ああ、そうか)


 人の身に起きる不幸に意味などないのだ。決して。誰かに選ばれて不幸が起こるわけではない。

 あるのは因果、原因のみ。

 起きる出来事に意味はないが、しかし全ての出来事は繋がっている。その繋がりに名前をつけるのだとすれば、人はそれを運命と呼ぶのかもしれない。


(私たちはただ運命を受け入れるだけ? ……いいえ、きっと違う)


 メリーアンはクイーンを見て、尋ねた。


「管理人の資格とは、ただ地球人の血が流れていると言うことだけ?」


 そう尋ねると、クイーンは微笑んだ。


「いいや、それは必要条件でしかない。あの展示室に来た地球人の血を持つものに、私は尋ねているだけだ。そしてマグノリアの死後、最初にやってきたのが、お前だったと言うだけ。全ての決定は、お前のものだ。だから聞いた、お前の意思を。簡単な話だろう」


 要するに、あの展示室の管理人に必要な素質とは。


「やりたいものがやれ。ただそれだけだ」


 運命に意味などない。人はそれを受け入れるだけだ。

 けれど出来事の連なりを運命と呼ぶのなら、運命の方向を自分自身の意思で変えられる場合もある。全ての出来事は、選択から生まれているのだから。

だったら、過去の選択から学び、自分自身の意思で、運命の方向を変えられる時もある。


(博物館はそのためにあるって、エドワードも言ってたじゃない)


 過去は未来を選ぶためにある。

 妖精の展示室の管理人になる未来か、そうではない未来か?

 メリーアンはもし生きられるのなら、絶対に前者を選ぶ。


「私がなるわ。妖精の展示室の管理人に!」


 そう言った瞬間、地面が突然揺れた。


「っ!」


 ぴしり、とヒビが入り始め、足元がおぼつかなくなる。そしてとうとう、ガラガラと音を立てて、地面が崩れた。メリーアンは暗闇に放り出される。


「うわああっ!?」


 ライナスと別れた時と全く同じことが起こっていた。落下していく中、暗闇の中で、黄金の玉座に座ったクイーンが満足そうに微笑んだ。


「ではメリーアン・エリカ・アシュベリー。お前にあの博物館を任せることにしよう。これからもその務めをしっかり果たすように」


「ちょっ、ええっ!?」


(また落ちる!)


 メリーアンが何か言い返す暇もなく、再び体は暗闇に吸い込まれていく。

 落ちながら、メリーアンは奇妙な光景を目にした。暗闇の中に数千枚の動く絵のようなものがあった。絵の中で動いているのは、幼い頃のメリーアンや、博物館で働くメリーアンの姿だった。


 今までの思い出だけではない。見たこともない景色の中で、少し大人っぽくなったメリーアンが、微笑んでいる。隣には誰か、男性が並んでいた。顔はよく見えない。


(これ、未来だ……私に、未来がある)


 真っ逆さまに落ちていく中で、メリーアンは幾千枚の絵が自分の横を通り過ぎていくのを、奇妙な気持ちで眺めていた。それからふと、メリーアンは真っ白で柔らかい光に包まれた。涙が出そうなほど、あたたかい。どこかで嗅いだことのある甘い匂いが、香ってくる。


(アルストロメリア……)

 メリーアンは初めて、クロノア神の存在を側に感じた。

 神が、メリーアンを見守っている……。


     *


「……さん! メリーアンさん!」


 聞き覚えのある声で、メリーアンの意識は浮上した。


「……?」


 瞼が重く、体の感覚も鈍い。

 それでも少しずつ感覚が戻ってきて、少し湿った土の匂いや、夜明けを歌う鳥の声が、耳に入ってきた。

 ゆっくりと目を開けると、滲んだ視界に、見覚えのある顔が並んでいた。


「よかった……! 本当によかった!」


 銀色の髪の少女が、鼻水を垂らして泣いている。


(あれ……私、なんで……)


 ぼんやりする意識の中、眩しい金色の髪を持つ少女が、メリーアンを覗き込んだ。


(この光景、前にも見たような……)


 そうだ、確か、初めて夜の博物館の大騒ぎを体験してから、目が覚めた時と似ているような──。


「初めまして、なんてもう言わないよ。おかえりって言いたかったんだ」


 金髪の少女──ドロシーが、涙を拭って微笑んだ。

 

 ──メリーアンは、生きていた。

     

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