アストリアの贖罪
「私の要求は簡単よ。メリーアン、フェアリークイーンの鍵を渡しなさい。そうすればリリーベリーを解放する方法を教えてあげる」
そう言うと、ベティローズは今、リリーベリーがどういう状況にあるのかを説明した。
リリーベリーはガラスのランタンの中にいること。そのガラスに触れようとすれば、かけられた呪術によって、全身を焼かれて死んでしまうこと。
クイーンの鍵を渡せば、その呪術を解除して、リリーベリーを返してくれるという。
「生贄としてリリーベリーの命はどんどん削られているわ。このまま呪術の核になり続ければ、間違いなくリリーベリーは死ぬでしょうね」
「……どうして? あなたの目的は、一体何なの? 妖精の展示室の管理人になりたいってこと?」
「いいえ、もはやそんなちっぽけなこと、どうだっていいわ」
ベティローズはどこかうっとりとした目で、メリーアンを否定した。
「長年妖精について調べ続けてわかったことがある。それは、アストリアは愚かだと言うこと。私たちアストリア人は、妖精に償うべきなのよ」
……ほんの少しだけ、メリーアンはベティローズの言っていることが理解できた。初めて博物館に来た時も、パブとルルルについて調べた時も、アストリアの過ちに胸を痛め、憤り、そして自分もまたアストリア人なのだと、複雑な感情を抱いたからだ。
「アストリアは愚かだわ。だから神々は、アストリアにミアズマという罰を与えたの。一生アストリアが苦しむようにと。ミアズマランドがあるのは、正常なことなのよ。アストリアは滅ぶべきなの」
「なっ……!」
とんでもない思考に、メリーアンは言葉を失ってしまった。
「アストリアを呪術によって滅ぼす。そして妖精たちに再び、この世界に帰ってきてもらうのよ。妖精を迫害した愚かなアストリアではなく、オルガレム帝国へ!」
「! 何を言って……」
足音が聞こえ、メリーアンははっとして辺りを見た。
ベティローズに気を取られて気づかなかったが、フードを被った人物が、メリーアンの周りを囲んでいた。それぞれが聞き慣れない言語でベティローズに話しかけている。
(オルガレム語だ……! ベティローズはオルガレムの間者と、手を組んだんだ!)
どこでそのような人脈を手に入れたかは知れないが、ベティローズはオルガレム人と手を組んで、ミアズマランドを増殖させ、そしてクイーンをオルガレムの手に渡すつもりのようだ。大袈裟ではなく、国家転覆を図るつもりなのだろう。
「どうするの? このままじゃリリーベリーはもうじき死ぬわよ?」
「……」
メリーアンは一瞬、ベティローズの言葉を無視して、リリーベリーを救出しようかと迷った。しかし周りをガッチリとオルガレム人に囲まれ、動けそうもない。
「私の尊い計画のためなら、小さな妖精が一人くらい犠牲になるのも、仕方がないことなのよ。でもあなたはそれが許せないんでしょ?」
「……」
メリーアンはわずかな間、地面を見て考え込んだ。
(一か八か、ね)
けれど一瞬で、覚悟は決まる。
「……わかったわ。フェアリークイーンの鍵は渡す。だから、リリーベリーを救う方法を教えて」
「だめ、鍵が先よ」
「……」
そう言われて、メリーアンは仕方なくポケットを探った。それから目的の鍵を見つけると、ベティローズに渡した。金色に輝く、妖精の鍵。
「これが、マグノリアから聞いていた、クイーンの鍵……!」
ベティローズが鍵を空中にかざすと、細い光の線が走り、扉の形を作った。
目が眩んだようにうっとりしたベティローズだったが、本物かを確かめるように、空中のドアノブに鍵を差し込んだ。
ドアがゆっくりと開き──……。
「ム? 何だお前」
飛び出してきたのは、ふかふかの白いうさぎ──パブだった。
(クイーンの鍵なんて、ポンコツ管理人候補が貰ってるわけないじゃない!)
一同が唖然とする中──おそらくオルガレム人はパブの姿は見えていないが、空気で何か感じ取っているのだろう──、メリーアンはベティローズたちの隙をついて、リリーベリーが埋められている地面に急いで手を伸ばした。指先から激痛が全身に走る。それでも必死にメリーアンは叫んだ。
「ごめん、パブ! そいつら妖精をいじめる悪い奴らなの! ちょっとでいいから拘束して、時間を稼いで!」
「むむむ?」
一生懸命地面を掘りながらそう言うメリーアンと、周りにいる人物を見て、パブは首をかしげた。しかしメリーアンの必死な願いに何かを感じ取ったのか、ウサギの姿から筋肉ムキムキの男へと姿を変える。
「よくわからんが、こいつらを押さえておけばいいんだな?」
パブが手をパシリと合わせた途端、何が起こったか分からないが、突然ベティローズたちが地面に倒れ伏した。
「何これ、体が重い……!」
「俺がぴょんぴょんよく跳ねるのはなぁ、重力っつー力を操れるからなんだぞ!」
全員が地面に拘束されたおかげで、メリーアンは何とかリリーベリーの入れられたガラス容器を見つけることができた。ガラスの中では、リリーベリーが苦悶の表情を浮かべていた。その瞬間メリーアンは理解した。もうリリーベリーは虫の息だ。一秒でも早く助けなければ、死ぬ。しかしガラス容器に直接手を触れた途端、心臓が焼かれるような衝撃が走る。
「っぐ、あぁあ!」
痛みを堪えて容器を地面に引き上げ、近くにあった石ころを拾い、握った。
ベティローズはそんなメリーアンを憎々しげに睨みつけている。もう、呪術を解除する方法を吐かせるのは今のメリーアンでは無理だろう。それよりも一刻も早くリリーベリーを解放しなければ、彼女は死んでしまう。
「ベティローズ、あなたの言ってること、ちょっとは分かる。アストリアが、愚かだったと」
妖精たちと交流をし、知識を深めていく中で、人間が彼らにした罪を知った。妖精は人間に愛を持って様々な知識を授けてくれたのに、人間はそれを裏切った。どうしようもなく醜い事実だ。
「けどね! エドワードが教えてくれたの。伝えることこそが、今のアストリア人にできることなんだって! 償うことじゃない。同じことを繰り返さないように、事実を歪めず正しく伝えるのが! それが私たちの使命なんだって!」
エドワードの言葉が、脳裏に思い起こされた。
──人が行き着くその未来を少しでも良くするために。繰り返さないように、情報を歪めてしまわないように、正しく伝えることが博物館の役割だ。そしてそれを守ることが、俺たちの役割だ。
「私たちそれぞれの展示室の管理人は、そのために存在しているのよ」
「馬鹿馬鹿しい! 馬鹿馬鹿しいわ! アストリア人にそんなことできるわけない! ここで終わりにするべきよ!」
「いいえ、私はアストリアを信じる! 今日この日まで、事実をねじ曲げず全て公表し、あの博物館を守ってきたアストリアを!」
二つの正義が対立する。
ベティローズは憎々しげに叫んだ。
「どうしてあなたなのよ! どうして、どうして……私は選ばれなかったのっ……」
最後の声は少し、涙が混じっているようにも聞こえた。
結局、ベティローズは妖精のためなどではなく、自分のためだけに行動していたのかもしれない。自分が妖精の展示室の管理人になりたかったと言う、純粋な欲のためだけに。
メリーアンは覚悟を決めて、石を握った。
「どうして私がって……私の方がそう思うわよ!」
思いっきり腕を振り上げる。
「でも、みんなそうなのよ! 辛い目にあった時、悲しい目にあった時、みんなそう思うはずよ! それでも受け入れるの! 受け入れて、一緒に生きていくしかないの!」
どうして私の家族は死んでしまったの?
どうして私は、ユリウスと別れることになっちゃったの?
どうして私ばかりが、不幸なの?
どうして、どうして。
わからない。
そんなもの、考えてもキリがないのだ。悲しみや不幸に意味などない。ないけれど、そこから学びを得て、成長することは出来る。それに人生は悲しみや不幸だけではない。それと同じ分だけ、きっと幸せも喜びもたくさんあるはずだ。
メリーアンは思う。みんなの幸せな未来を守りたいと。
「リリーベリー、目を覚まして!」
もう迷いはない。ここで死んだとしても、みんなを救えるのなら本望だ。
心臓に強い衝撃を受け、メリーアンの視界はゆっくりと黒に染まっていった。
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