閑話 うだる夏と映画と、いつかの(別視点)

「あー……マジ良かったわァ!」

「今年も神作だったし、映画限定変身もアツかった……! 去年も去年で良かったけど、今年は落差が逆に手に汗握ったよな」


 それなー! と同意する声は昼の繁華街に消えていく。肌がじっくりと焼けるような日差しももうひと月くらいだが、未だに不快感が残る……が、それでも空が美しい、そんな夏日。


「あ、やべ。パンフ買い忘れたわ」

「げ。俺もやらかした」


 そう言う男達の手には映画館のお土産用の手提げがあり、彼らもまた相手の手元を見てから顔を見合わせた。


「あー……お前も?」

「いやだって、アイツが勧めたからこーしてハマったワケだし……同期の仲、だしさァ」

「同期の仲て。俺達数ヶ月しか一緒に居なかったのに」

「でも、思ってンだろ?」


 にやぁ、と横から伸びてくる顔を押しのける。そんな彼の顔は気温の高さか気恥ずかしさか、赤くなっていた。


「あー、だりーだりー! ただ同い年の仲間ってだけだっつの!」

「それってそうじゃん、思ってンじゃん! 素直になっちまえって~」


 暑い夏の日差しの中、他愛もない会話が続けられていく。それはありふれたものでありながら、彼らの心に悲しみがよぎった瞬間でもあった。

 数年前、彼らにとって親友とも言うべき青年が事故で亡くなった。役者でありながら正義感の強い、好青年。

 ヒーローが好きで、自分の思うヒーローとして演じたいと目を輝かせていた少年の、大好きなヒーローの映画の公開日。


「なぁ、アイツ……今回の作品どんな気持ちで見てたかな。ほら、アイツお姉さんと仲良かったろ?」

「今年のは家族仲拗れてる系多いから、その点はしょんぼりしながら見てそうだよな。そうは言いつつも3号戦士に惚れてるな。ああいう兄弟仲のキャラ弱そうだし」

「そこは2号だろォ~復讐とはいえ正義感の塊だぞ? つかお前の推しじゃん3号は」

「うるせーよ、そう言うお前もだろ」

「ま、でも帰りに焼きプリン買って帰っから」

「夜は焼肉、だろ」


 そんな会話を交わしつつ笑い合う。じりじりとした夏の虫のざわめきとどこまでも広がる青い空の下、ふたりはとある団地の一室まで向かった。

 よくある集合団地の高層階。遠くからは夏休み真っ只中らしき子供のはしゃぐ声が聞こえて、映画館でも似たような感じだったなと思いつつ呼び鈴を鳴らした。

 高い音がピンポーン、と鳴って玄関から現れたのはショートカットに少しだけ強気な眉を合わせた、溌剌とした女性だった。


「お、迷わないで来れた~?」

「もう毎年恒例なんで慣れましたよ。この辺り舗装されてて綺麗ッスから」

「お姉さん元気そうで良かっ……めっちゃ髪短くなりました? かっけーすね」

「でっしょ。先月彼氏と別れちゃってさ~アイツの好みに合わせて髪とか伸ばしてたのに、無駄だったって思いたくなくって。思いっきりね」

「あー……触れない方が良かった?」

「あたしは触れて正解! 褒められて嬉しかったし。ほら暑いっしょ、上がって上がって」


 お邪魔しまーす、と部屋に上がる。キン、と冷えた部屋は少し寒いくらいと感じるが、気付かないうちに汗をかいていたから余計にふたりがそう感じているだけである。

 そう。並んで靴を脱ごうとして去年より玄関が狭い気がするのも、彼らの筋肉量が上がっただけ、である。

 廊下を抜け、まっすぐリビングへ。麦茶を用意している女性を横目に窓の近く、洋室に合わせられた仏壇に近付く。足元にはカラフルな色で回る灯籠があり、仏壇にはロウソクが灯っていた。


「──よ。今年も来たぜ」

「今年も邪魔するよ、お盆だしいいよな?」


 ふたりの目の前──遺影にはふたりの親友の宣材写真が飾られている。優しい笑みでありながら凛とした雰囲気を纏った、イケメンに撮れてるじゃん、などとおちょくった事もある写真だ。こんな事に使うために撮ったわけではないが、いい顔に映っているので誰も文句は言わなかった。


「今年の映画最高だったぞ、前半やっぱトンチキだったけど」

「いい感じにまとまってたろ、俺は結構好きだぞ」

「えー、なになに? ヒーロー映画?」

「ッスねー。今年は本編のアクションめちゃくちゃ好評なんスけど、映画もそこ良かったし! 周年の方は配信者とか芸能人多めで、俺は好きッスよ」

「確かアレ、フォロワーの推しがナレーション? の声やってんのよね。そんなに良いんだ?」

「アイツなら絶対買うと思って、パンフお供えに来たくらいには」


 がさ、と手提げ袋を掲げるふたりの真剣な顔に、思わず笑い声がこぼれる。


「めっちゃ推すじゃん! えー、今年のは観に行こっかな?」

「じゃあ、じゃあ呼んでください! めっちゃ解説しますンで!」

「んー……それはありがたいんだけど、先約があるかな?」


 ね、と女性は仏壇の中の弟に話しかける。

 弟はほのかに笑った気がして、小さく肩を落とす男に、じぃっと見つめながらもうひとりの男がぼそりと呟いた。


「──振られてやんの」

「バッ、違! いや初めてで見るの大変だろーと思ってだなァ!」

「あっははは! お気遣いありがとーねっ」


 そう言うだけ言って、ワイワイ騒ぐ若者ふたりを楽しそうに女性が見つめる。


 ──そんな、うだる夏と映画と、いつかの彼に思いを馳せて。

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