第28話 誰かに見られてるの…

 休み明けの月曜日――

 学校の雰囲気が大きく変わっている。

 そんな空気感に、教室が支配されているようだった。


 嫌な予感しかしない。

 貴志湊きし/みなとは普段通りに、教室の入り口から、自身の席へと向かう。


 席に座り、右を見ると楓音の姿はなかった。

 が、机の横には通学用のバッグがあったことで、一応、学校には登校しているらしい。


 それにしても、辺りからは嫌な話し声が聞こえる。楓音に関する噂話が、こっそりと飛び交っているのだ。

 自分のことではないが、気分が悪くなった。


「それでさ、やっぱり、あの件は本当らしいよ」

「マジか。じゃあ、パパ活みたいなことをしてるってことか」

「そうそう。だから今、職員室に呼び出されているんだってさ」


 クラスの男子らの小声が聞こえ、湊はドキッとした。


 湊は出しゃばった言動を見せない。それが、この前の土曜日、ランニング部内で話し合った結論である。




 土曜日。ランニング部員だけで、石黒楓音いしぐろ/かのんのことについてやり取りをした。

 まだ、楓音の事情の全てを知っているわけじゃない。

 だから、憶測だけで語ってはいけないと約束をしたのだ。


 湊はそこまで楓音のことは好きじゃない。けど、放っておけなかった。

 同じ部員ということもある。が、彼女と直接会って心から会話したのだ。

 彼女は別にパパ活という如何わしいことなんて、一切していない。

 なのに、この言われようは残酷である。


 が、しかし、何も知らない奴らに言ったところで、ただでさえ悪い現状が覆ることはないだろう。

 信じてもらえないどころか、場合によっては、楓音を傷つけてしまうかもしれない。


 湊は朝のHRになるまで無言で過ごす。

 スマホを弄り、過ごそうとしたが、湊は、この息苦しい環境下に馴染めなかった。


 席を立ち、廊下に出る。

 湊はそのまま、どこかへ、何となく歩き出したのだ。

 特に目的地なんてない。

 朝のHRになるまでの間、誰もいないところで休息を取りたいだけである。




 湊が廊下を歩き、階段を下ろうとした時、そこで楓音と出会う。


 彼女の表情は暗く、普段のように敵意のある視線を湊に向けてくることはなかった。

 もしかしたら、職員室にいる教頭先生とかから、指導を受けたのかもしれない。


「なに?」

「……おはよう」


 楓音からジト目で見られたことで、気まずくなり、咄嗟に挨拶するしかないと思い、口にしたのだ。


「……そんな気分じゃないし……というか、そこをどいて。邪魔だし」

「ごめん……」


 普段通りに、謝る形になってしまった。


「でも、困っているのなら、相談に乗るよ」

「あんたに相談しても、何とかなる気はしないんだけど」

「そんなことはないよ。相談すれば、何とかなる時だって……」

「そんなことないじゃない」

「そんなことはあるよ……」

「なんで、そこまで、私のことを気にするのよ」

「仲間というか。楓音からしたら、仲間とは思われていないかもしれないけど」

「……」


 楓音は俯きがちになる。


「……別に、湊のことは、仲間とは思っていないし」


 湊が想定した通りのセリフが、彼女の口から帰ってきたのだ。


「でも、そんなに言うんだったら、ちょっと相談に乗ってよ」

「え?」

「聞こえなかったの?」

「いや、そうじゃないよ。本当に?」

「別に、あんたに嘘なんてつく必要性なんてないし……」


 楓音は頬を紅葉させ、気恥ずかしそうに独り言を呟いていた。




「じゃあ、こっちに来てよ」

「どこに?」

「屋上。まだ、朝のHRまで時間はあるでしょ?」

「それはね」


 楓音と湊は、一先ず二階廊下まで向かう。

 そして、近くにあった階段を上り、屋上の扉がある四階へと移動するのだった。






「あのね。私、あのバイトをしていることがバレたの」


 四階廊下の先にある屋上。その外の空間に二人は出、ベンチに隣同士で並ぶように腰掛けている。が、二人の距離感はまだ遠かった。


 苦しいからこそ、外の夏になり始めた風が、心に突き刺さるようだ。


「やっぱりか」

「やっぱりって何? 知ってたの?」

「知ってるっていうか、さっき教室で話題になっていたしさ」

「そうなの?」

「というか、先週の時点で、噂になってたんだ。さすがに隠すのとか無理だと思うけど」

「そ、そうね……」


 楓音は大人しい口調で言っている。

 表情が暗くなっており、俯きがち。

 迷いの感じられる顔つきになっていた。

 その瞳からは、雫が滲んでいる。


「でも、どうしてバレたんだろ……」


 ようやく口を動かしたと思えば、楓音は大人しい話し方をする。


 楓音にも理由があって、あのバイトをしているのだ。

 学校の規律を破っているのは確実だが、あまり問い詰める学校側も酷いと思う。

 湊も、そこに関しれは同情してしまうのだ。


「そもそも、誰が噂を広げたんだろうな」


 湊はボソッと呟いた。


「ねえ……そのことなんだけど」

「ん?」

「私知ってるの。その噂を広げた犯人」

「だ、誰⁉ というか、目星がついていたの?」

「そうだね」

「それで誰なの?」

「……先生よ」

「……えっと、ランニング部の?」

「そうよ」

「いや、まさか、それは……」

「でも、この頃ね、湊のほかに視線があったの」

「視線が?」

「うん。それで、バイト先の店長にも話して調査してもらったの」

「店長って……オネエみたいな声の人?」

「そんなこと、本人の前で言ったら殺されるよ」

「ごめん……言い過ぎたよ」


 湊は反射的に言った。


「でも、オネエなのは確かだけどね」

「だよね……」


 湊と楓音は口元を緩めた。

 そして、笑ったのだ。


 同じ話題で笑い合う。

 奇跡としか言いようがなかった。


 距離感が遠いようで、近いような存在の彼女と、ようやく心を通わせることができた気がする。

 どうかはわからないが、湊はなんか嬉しかった。


「ん?」


 刹那、楓音は真顔になり、屋上の扉へと視線を向けていた。


「どうしたの?」

「しッ」

「なに?」

「誰かに見られている」

「どこから?」

「あの時と同じ視線よ」

「まさか、先生の?」

「多分……ね」


 楓音は緊張した面持ちで、辺りをサラッと見渡していた。


 湊は楓音に言われ、大人しくなる。


 すると、屋上の端の方から足音が聞こえた。

 誰かが近づいてくる。


「なんで、静かになったのかな? もしかして、バレちゃった?」


 そこに姿を現したのは、用事があると言って。この頃、部活に顔を出すことのなかった、先生であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る