第19話 私、先輩のために何かをしたいんですッ
「今日はここで、終わりな」
「はい、お疲れさまでしたー、はあぁ、やっと、終わったぁ……」
「じゃ、後片付けをするだけね」
皆、各々の言動を見せる中、辺りは暗く、時刻は六時半頃。
「あれ? 楓音は、急がなくてもいいのか?」
「……別に。っていうか、私に慣れ慣れしく話しかけてこないでくれない?」
「ごめん」
「キモ、すぐに謝るとか」
「……」
湊は面倒くさい奴だと内心、思っていた。
が、余計なことは口にしないことにしたのだ。
湊はただ、トラックの方へ移動する彼女の背中を見ているだけだった。
「……」
この部活に所属している人は、色々と深い悩みがあるような気がしてならない。
楓音は本当にそれでいいのだろうか?
勝手に、世那先輩に相談しても後々恨まれそうだ。
今は見守るというか。何となく、気にかけておいた方がいいだろう。
――って、なんで、楓音のことなんか……あいつとは、そもそも関係ないだろ……。
教室で席が隣なのと、同じ部活に所属していること。それくらいの関係でしかないのだ。
楓音から特に発言がない以上、余計に考え込む必要性ないと、自身の心に言い聞かせていた。
「まあ、いいや……それより、あっちの件の方が重要だよな」
「何が重要なんですかッ、湊先輩ッ」
「んッ、つ、紬⁉」
「湊先輩、部活が終わったんですよ。もう少しリラックスしないと。疲れが溜まってしまいますよー」
紬は部活が終わったばかりなのに、元気がいい。多少なり疲れてはいるのだろうが、そんな弱みなんて一切見せないのだ。
紬は強いと思う。
湊は一回でも悩みこんでしまうと、どうしても深く行き過ぎてしまうのだ。
「湊先輩、もう少し笑顔にならないとね」
「いてッ」
紬はいきなり、湊の左頬を引っ張った。
「なにすんだよ」
「だって、この頃、暗いよ? 湊先輩、何かが悩んでますよね? 絶対に」
「そ、そんなこと……あるわけないだろ」
「本当かなぁ?」
「……」
紬は、頬から手を離してはくれたが、彼女からジト目を向けられる始末。
「怪しいですね」
「怪しくないから」
二人でちょっとばかし雑談みたいなやり取りをしていると――
「そこ、後片付けな。真剣にやれよ。整備が終わるまでが部活だからな」
「あ、はいッ」
「すいません、今からやります」
世那先輩の大声発言により、二人は体を一瞬ビクつかせる。近くに佇んでいた世那先輩の方を見る二人。
湊はトラックの方へ移動する。それに続くように、紬も駆け足で行動するのだった。
「湊先輩、怒られちゃったね」
「紬が余計に勘ぐるから」
「私のせい?」
「別にそうじゃないけどさ」
「でも、本当のところ、悩んでるでしょ?」
「それは、紬の想像に任せる」
「えー、そうやって誤魔化すー」
今、二人は後片付けを終え、ロッカーのある建物に入る。
紬は明るい表情を見せているが、確実に、湊の心を見透かしているような気がしてならなかった。
単純そうに見えて、意外と他人の心を読んでいるのかもしれない。
「じゃあ、私、帰るから」
二人と入れ替わるように、楓音はアッサリとした口調で言い、建物からいなくなった。
「……」
「どうした、湊」
ロッカー前で着替え終わっていた世那先輩から話しかけられる。
「なんでもないですけど……楓音って、部活動でもいつもあんな感じなんですか?」
「そうだけど。まあ、彼女にも色々あるって聞いてるしさ」
「聞いてるんですか?」
「私の口からは詳しいことはいけないけどね」
「言えないことなんですか?」
「個人のプライベートだしね。あまり、とやかくは言えないさ。それより、明日までに、練習表お願いね」
「……はい」
世那先輩にうまいこと、話をそらされてしまった。
先輩の話し方的に、何かを知っているのだろう。
「じゃ、私も帰るからね。あとの戸締りよろしく」
世那先輩も建物から出ていくのだった。
「湊先輩と二人っきりになりましたね♡」
他に誰もいなくなると、紬は普段よりも積極的になる。
「というか、湊先輩、昨日の私のパンツ。どうしましたか?」
「え?」
そういや、水玉模様のパンツを貰ったのだと振り返る。
爆乳な女の子の下着を受け取っておいて、反応が薄いと思われそうだが、昨日から色々なことが立て続けにあって忘れていたのだ。
「その話は、後で」
「そうやって、話を逸らすんですか?」
「違うさ。それより、もう時間的に暗いだろ。さっさと、着替えてさ。戸締りして帰らないか?」
「いいですけど……私、湊先輩ともう少し会話がしたいんです。少しでもいいので、どこかに寄ってから帰りませんか?」
「どこに?」
「確か、ファミレスとか、途中にありましたし。そこで、どうです?」
「別にいいけど」
湊は、一応承諾するように頷いたのだった。
「湊先輩。悩んでいるなら、口から吐き出した方がいいですよ?」
ランニング場から離れた道を歩く二人。
紬の方から話題を振ってくる。
「また、その話か」
「だって、いつもより、やっぱり暗いですし。だから、私、ファミレスに誘ったんですから」
「いいよ、そういうの。普通の話にしないか?」
「でも、私。湊先輩にために、何かをしてあげたいんです」
「どうしてだよ、いいよ……」
「だって、私が中学生の時、高校受験のための勉強とか、真剣に教えてくれたじゃないですか」
「それは、両親から言われて、成り行きというか、それだけだから。大した意味合いもないから」
「……私、どうしても、湊先輩のためにしたいんです。困ってるなら、言ってください……悩みが解消されるかはわからないですけど」
紬は嘘偽りのない顔つきで、隣にいる湊の横顔を見つめていた。
「……わかったよ。そんなに聞きたいなら、言うから……」
「本当ですよ」
「でも、ファミレスについてからでいいか? ここで話すよりも、少し飲み物を飲んでから冷静に話したいんだ」
「わかりました。約束ですからね」
紬は小指を差し出してきた。
「なにそれ?」
「昔やったじゃないですか。指切り」
「……今もやるのかよ」
「はい」
しょうがないと思い、湊は紬の方を向き、指切りをした。
彼女は笑みを見せてくれる。
これでよかったのだろうか?
けど、少しだけ、悩みを口にする決心がついたような気がした。
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