第10話 楓音って、ここで何してるの…⁉

 貴志湊きし/みなとの視界の先には、ドレス姿の楓音がいる。

 彼女は地面に尻餅をついており、今、湊が手を差し伸べていたのだ。


「そういうのいいから」


 石黒楓音いしぐろ/かのんから拒絶された。


「なんで? というか、どうして、そんな服装をしているの?」

「……」


 彼女はしゃがみ込んだまま俯きがちになり、無言になる。

 見られたくない瞬間を目撃されたことに、苛立ち。その上、動揺しているのかもしれない。


「あんたさ、どっかに行けば?」

「え?」

「だから、早く家に帰れってこと」

「え、うん。そのつもりで、この道を移動していたんだけどさ」

「……どうして、こんな時に、会っちゃうのかなぁ……」


 楓音は嫌そうな声を出し、ゆっくりと立ち上がる。


「ごめん、なんか……」

「別に謝るとか、そんなのはどうだっていいし」


 薄暗くてわからない環境下だが、目が肥えてくると何となく現状を把握できるようになってきた。


 楓音は学校にいる時よりも派手な服装。

 黄色と白色が混ざった、洒落た感じの衣装。

 どこかの会場で何かをしている最中なのかもしれない。


「なに?」

「え?」


 湊は普段とは違う彼女の姿を見入っていたようだ。普段は暴言を吐いてくる彼女だが、ここまで魅力的な姿を見たことはない。

 楓音のことは、あまり好きではないが、素直に綺麗だと思った。

 その上、ドレスゆえに、爆乳さが際立っているのだ。


「キモいんだけど。その視線とか」

「いや……そういう目で見ていたとか、そんなんじゃないけど……」

「じゃあ、何?」

「なんか、その服装、似合ってるなって、思ってさ」

「――ッ」


 楓音は顔を赤く染める。


「別に、あんたに見せるために着ているわけじゃないし」


 彼女は強く批判的な口調になっていた。


 湊はまた、まじまじと楓音の姿を見る。


 これって聞いてもいいのだろうか?

 なぜ、そういった洒落た衣装に身を包んでいるのかを――


「ねえ、あんたはさ。帰る途中なんでしょ? だったら、早く帰れば?」

「そのつもりなんだけどさ」

「何?」

「楓音は、どうして、そんな服装を?」

「これは、まあ、色々と」

「色々?」

「そんなに詮索するな」


 楓音から睨まれた。


「あと、ここで会ったこと、誰にも言うなよ」

「ダメなの?」

「当たり前でしょ。こんなところ、学校関係者に知られたら困るし」

「困るの?」

「そうなの。絶対に、言わないことね」

「……」

「な、なによ」

「特になんでもないけど。わかった、言わないから」

「へえぇ、意外と素直なのね」

「誰にも知られなくないんだろ?」

「……そうよ」


 楓音は後ろめたい顔を見せ、俯きがちになった。


 そんな中、湊は彼女の秘密を知れたことに、内心、優越感に浸っていたのだ。




 刹那、路地裏に面した建物の扉が開く。次第に、辺りが薄っすらと明るくなる。


「ちょっと、早く戻ってきてくれない?」


 建物の中の方から一人の男性が姿を現した。話し方が、少しオネエみたいな感じである。


「す、すいません」


 楓音は焦った感じに謝罪をしていた。


「え? 誰なんですかね」


 湊は楓音に言った。


「しッ、声を出さないで。というか、どっかに行きなさいよ」

「え?」


 湊がそう反応した頃合い。


「ん? 楓音ちゃん? 近くに誰かいるの?」

「い、いないです」


 楓音は薄暗い場所で言い、湊を睨んでくる。建物から出てきた人の視点からは、湊の存在は見えていないらしい。

 楓音は全力で、近くには誰もいないという体でしのぎ切ろうとしていた。


「そう? だったらいいけど。それと、わかっていると思うけど。あまり異性と関わらないようにしてよね」

「……はい。わかってます」

「じゃあ、休憩も終わり、早くね」

「はい」


 楓音は学校にいる時とは違い、比較的大人しい。

 控えめな口調で、その場を乗り切っているような印象だ。


 そのまま扉が閉まり、外に漏れだす光が消え、また薄暗くなった。




「仕事?」

「うるさい。あんたには関係ないでしょ」

「いたッ」


 楓音から足を踏まれてしまった。


「な、なにすんだよ」

「あんたが早く帰らないから、危うくバレそうになったじゃない」

「ダメなの?」

「ダメに決まってるでしょ、そんなの」


 楓音の態度から、絶対に隠したい事情があるのだと察した。


「私ね、あんたと関わっている暇なんてないから」


 彼女は疲れが溜まっている感じに溜息を吐いていた。


「というか、何もかも、めちゃくちゃよ。あんたと関わったせいで、さっき怒られるし。ドレスも汚れるし。もう、嫌なんだけど」

「ごめん……」

「できれば、部活にも来ないでほしいんだけど」

「でも、それは、先生からも言われていてさ。無理というか」

「……」


 楓音は嫌そうな顔を浮かべた後、そのまま建物へと向かって歩き出す。


「死ね」


 建物に入る直前に、楓音から辛辣なセリフを吐かれる。その後、扉が閉まるのだった。






「なんか、面倒なことになったな……」


 湊は、溜息を吐き、夜道を歩いていた。

 先ほどの路地裏を通り過ぎ、今は住宅街を移動している。


 それにしても、楓音はどんな仕事をしてんだろ。

 怪しい気がしてならない。

 建物の中から出てきた人物が多分、店長か、なんかだとは思う。


 だとすれば、楓音はスタッフとして働いているのだろうか?

 そもそも、高校では夜の仕事みたいなことはできない。

 そういう決まりがあった。


 例外として、家庭の都合であれば、バイトができる仕様になっていたはずだ。

 しかし、さすがに夜系のバイトを、学校側が許すことはしないと思う。

 まさか、勝手にやっているとかなのか?

 色々な憶測が飛び交う。




「あとで、もう一度、あのビルに行った方がいいかな?」


 明日は土曜日である。

 時間には余裕があり、街中に行くことは可能だ。


「もしかして……楓音が誰とも付き合わない理由って、バイトの影響?」


 オネエみたい店長と楓音の会話を聞いていたわけだが、バイトの都合上、異性との交流を控える必要があるのだろう。


「でも、なんか、心配な気もするけど……あまり関わりたくないんだよな……」


 一応、同じ部員である。

 毎日、嫌みなことばかり言われてはいるが、どこか気になってしまう。


「……まあ、一応な。一応、明日、あのビルに行ってみるか」


 湊は楓音のことを心配しないとは言いつつも、学校では隣の席同士。その上、共に部活をする間柄である。

 湊は先生から言われ、臨時監督になっているのだ。


 部活に所属している部員を見守るのも使命だと思い、明日のスケジュールを考えながら、自宅に向かって、走り出すのだった。

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