第5話 侍女と主人の邂逅

 冷たくなった娘を連れ家へと帰る。

葬儀の準備をしている間。

屋敷の中を見て回ることにした。

マディアはここでどんな生活をしていたのか。

死ぬまでの間にあの子が頼み事をしてきたのは一度きり。

貧困街で拾った子供を自分の侍女にしたいと。

どうしてそんなことを言ったのか。

あの時は皆目見当がつかなかった。

近くに使用人なんて掃いて捨てるほどいるのに。

今思えばそんなことはなかったのだな。

棺に横たわった姿を見て気がついた。

何日も食べていないであろうやつれた体。

苦労を知らない令嬢たちとは違う、

働く者特有の固く傷の多い手。

ぼろ切れのような布を纏い。

服の隙間からは古い傷が垣間見えた。

王子の婚約者だったとは思えない娘の姿。

辛い思いをさせていたことに今頃気がつくなんて。

…本当に気がついたことはなかっただろうか。

彼女によく似たその瞳に見つめられることが辛くて。

屋敷にはほとんど帰ることはなかったのに。

誰も知らない小部屋で彼女の肖像画を前に懺悔する日々。

いっそいつまでも戦火の中に居られればと考えていただろう。

娘として育てると彼女に豪語したくせに。

守ることもできず。

何もかも失った。

中身のない見かけだけの城を歩く。

軋む扉を開け中を確認しても明かりの灯らない部屋。

主人のいなくなった場所。

冷たい机に手を当てる。

マディアの部屋は埃が積もり。

家具は幼かった頃のまま。

洋服ダンスに並ぶのは今の彼女が着るには小さな衣服。

落としきれていない泥汚れがこびりついている。

あの子が健やかに暮らせる資金を求め家にも帰らず働いた。

豪華な食事に素材から厳選した衣服。

あの子を思って送った品は…。

部屋を出る。

あの子はこの屋敷のバラ園を大層気に入っていた。

月の光に照らされる廊下を進む。

前を歩く侍女が視界に入る。

「その髪の色…」

すれ違った侍女を見て引き止める。

「お前はマディアの侍女だな」

見覚えのあるピンクの髪。

路地裏にいた小汚い子供と同じ色。

振り返った侍女の顔は悲しんでいるようだった。

泣き腫らし赤くなった目。

鼻水を啜る音。

止まらぬ雫を絶え間なく拭っている。

「あの子のことを聞きたい」

声をかけるとこちらを睨みつけた。

体格差のある私の胸ぐらを掴み悲痛な声で叫ぶ。

「お嬢様は誰のせいで殺されたとっ」

「それ以前にどうしてこんな状況になるまで報告しなかった」

「お嬢様の話を聞こうとしたことなんてないくせに」

「もっと早くに現場を知ることができていたら」

「何を今更。父親づらでもするつもりですか」

「そんなこと…」

「主人に楯突いたと思うなら殺せばいい」

何度殴られても戦場に出ている私には効かない。

効かないはずなのに。

痛くて涙が出てくる。

心に穴が空いたようだ。

娘と同じくらいの年端の少女。

マディアのために意見し。

そのために死ぬことも厭わないとその小さな牙を向ける。

あの子は味方を探していたのか。

この牢獄のような屋敷の中で彼女を必要とし、

同じように必要とされていた侍女。

まっすぐな瞳に射抜かれた。

自身の罪と向き合わなければいけない。

彼女の侍女以外の侍従は解雇した。

主人を殺めようとした侍従として警備に引き渡し。

海が好きだったあの子のために墓を用意した。

翌日マディアが蘇った時は天使か悪魔か逡巡したが。

あの子が戻ってきたのなら悪魔でも構わないと思った。

これからでも罪を償っていければと。

気を失った娘を連れて帰った。

朝になるとマディアも侍女も姿を消していた。

膝から崩れ落ち喘ぎ声が口を突く。

「お前は罪を償うことすら許してはくれないのだな」

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