勇退という体で冒険者クランを追い出されたおっさんは、邪神に使い捨てられた狼っ娘(元神獣)の人生を素敵なモノに上書きしてあげたい。~とりあえず水浴びしてこよっか?~

柳生潤兵衛

1.プロローグ① おっさんの事情

「うっ、ゥヴ……ん……」

「おっ? 起きるか?」

「…………」

「あー、まだ駄目かぁ」


 夜も更けゆく森の中、俺は焚火の側に寝かせた狼獣人の娘っ子の様子を窺う。

 よほど恐ろしい思いをしたのか、内側に丸めた尻尾を太ももで挟んできつく抱いていて、小さな身体を余計に小さくして横向きにうずくまるように寝ている。

 火に照らされたその子は、鼻梁びりょう(眉間から鼻の先まで)がやや短くなったくらいで、狼となんら遜色のない顔を時折歪めて呻き声を発したりするが、まだ意識は戻らないようだ。そうだよな、ひどい傷だったもんな。


 今は俺が一枚だけ持って来ていた小振りの簡易毛布を掛けてやっているが、この子は見つけた時から肌着しか身につけていない状態だった。

 俺の半分ちょい程しか無い小さな彼女の頭部から肩と背中の中程、腕、太ももの中程から爪先にかけてを覆う体毛は、元の毛色が分からないくらいに濃い灰色にくすんでいて、大量の木の葉が絡み付き、草の汁汚れもついていた。

 小さな身体の毛に覆われていない肌の部分には、落下による・・・・・擦り傷や深い切り傷、それに古いアザや……鞭で打たれた痕までありやがる。

 そして……顔には酷く泣き腫らした様な跡も……



 四〇歳を目前に王都のトップ冒険者クランを“勇退”した俺は、生まれ故郷の寒村で畑仕事や若い衆(いれば、だが……)の基礎鍛練の指導でもして緩やかに老いていこうと、二週間の旅程の中盤に差し掛かっていた。


 ◆◆◆回想


「なあギグスよぉ……今度の依頼を終えたら、俺達ゃ後進に道を譲らねえか?」


 王都のトップ冒険者クランのマスターであるコンマンからそう告げられた俺は、いきなりの言葉に一瞬身体が硬直した。

 十ニ、三歳で冒険者登録してから二十五年以上? ……もっとか。同い年のコンマンと出会ってクランを結成して十五年。当時はフェンリルキラーのコンマンパーティーと“ソロ”ドラゴンスレイヤーのギグスが結成したクランだっつって話題になったっけな……

 今ではそこのサブマスターとして、この王都でナンバーワンの実績と構成員を誇るクランにする事ができた。

 そろそろ四十になろうかというところだし……最前線は若手に譲る時かもしれねえな。


「……そうだな、そうするか」


 俺はそれも悪くねえかと、横と後ろを短く刈っている黒髪をガサガサと掻きながら受け入れる。

 そうしてクランサブマスターとしての最後の仕事を終えた俺は、送別会も辞して相棒の盾と剣そして小さな荷物袋ひとつを持って王都を出た。


 だが、本当は知っているんだ……


 ――依頼遂行中や遂行後に、依頼者にお節介や余計な世話を焼いて帰還が数日遅れることに若手がイラついていた事。

 依頼者の満足度を上げることは成長を目指すクランにとっては必要不可欠だが、王都ナンバーワンにまで上り詰めて多くの依頼を抱える今のクランでは効率が悪くて敬遠されるって事は分かっているが、俺はどうしても止められなかった……

 俺は、いつの間にかクランにとっての邪魔者になっていたんだな。


 ――そして、コンマンは勇退なんかせずに、そのままクランマスターを続ける事。

 数年前の怪我が原因で現場に出渋るようになっていたコンマンが、経営に半ば専念するようになってクランの収支にこだわるようになり、人件費を抑えて効率よく稼ぐ方向に舵を切った。

 一緒に辞めると言って俺を誘ったのは、クランで一番の高給取りであった俺を排除するための方便だったのだろう。


 それでも俺は、クランの迷惑になりたくねぇし、立つ鳥跡を濁さずって言うだろ? ひとり大人しく去る事にしたのさ……

 最後の依頼前に、世話になった連中には挨拶を済ませといたし、結婚を考えていたエミリーには……「無職の嫁になんか、なりたくない」って振られちまったし……


 ◆◆◆


 ――で、街道を外れて地元の人間が徒歩移動でしか使わねえような獣道に毛の生えた程度の道を、故郷目指して一人でのんびりと歩き旅。

 日暮れも近いからと、今日の野宿場所を探していたら……木々の合間から覗く夕暮れの空から一筋の光。遥か上空から俺がいる方向に流れてくる。

 一瞬「流れ星か?」と思ったが、なんか様子が違う。

 それが、俺からほど近い林の中に落ちていく。木に突っ込み、枝の弾ける音までしっかりと聞こえた。


「おいおい……案外近いんじゃねぇか?!」


 藪を掻き分け掻き分け駆けつけると、そこは少し拓けていたが遥か昔に打ち捨てられて、屋根も壁も朽ちて草木や苔に覆われた建物――教会? みてえな施設――の跡だった。

 そのすぐ近くに肌着姿で倒れていた。それがこの狼獣人の娘っ子だ。


 恐る恐る近付いてみれば、酷い傷を負ってはいたが、息があった。

 俺は急いでその子を抱えて元祭壇だったであろう石組みの台に寝かせて、持っていた荷物をひっくり返して応急手当を施して今に至るってわけだ。


 まあ急ぐ旅でもねえし、意識を取り戻すのを待って、事情を聴いてやる時間くらいはあるさな……

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