第21話 (16) 痩せっぽちの捨て犬
誰もいなくなったのを確認して、木箱の向こうを覗き込むと、うつ伏せ気味に体をくの字に曲げた男の子が倒れていた。
どうやら、脇腹あたりを負傷しているようだ。
血が流れて、服を染めていた。
私、なんでこの子を庇うようなあんな嘘をついたんだろう。
この子のことを何も知らないのに。
それどころか、とんでもない問題を抱えていたらどうするのか。
どうしてこの子は追われていて、そして怪我をしているのか。
何か、盗みでもしたの?
盗みならまだマシな方だけど、怪我人だから、いきなり襲ってくるなんてことはないよね……?
男の子は、浅黒い肌をしている。
労働者の中にはとても日焼けした人はいるし、町中で肌色の濃い人を見ないわけではないけど、この国の出身でない者の方が多い。
この子はいったい、どこから来たのか。
ベージュ色の髪に隠れて、目の色まではわからない。
ともかく、この男の子の怪我の状態を確認しなければと、そばにしゃがんで服をめくった。
うわぁ…………
刃物で斬りつけられたのか、酷い傷を初めて見たけど、間違いなく痛そう。
ぞわっとした感覚が自分を襲った。
この子にはどうにかして自力で歩いてもらわないと、私が背負って連れ帰ることなんかできない。
「ねぇ。あなた、大丈夫?動けそう?いつまでもここにいたら、また兵士が戻って来るから移動したいけど」
「俺に……構うな……」
目を閉じたままのその子が、拒絶の声を絞り出した。
「構うなって、もう無理だから」
男の子の目がうっすらと開かれると、緑色の瞳がこちらを覗いた。
それがニアとおんなじだと思ったら、余計にほっとけないと思えた。
それと同時に、ニアの顔がチラついたら、あの優しい子なら、こんな時に絶対に見て見ぬ振りはしないんだろうなって思った。
私はニアのような善人ではない。
でも、今だけは、傷付いている子供をそのままにできないでいた。
虐げられている子供が、ニアやルーファスと重なって辛い。
償いじゃないけど、目の前のこの子をどうにかしたいと思っていた。
「俺なんか、どうせ……」
苦悶の表情を浮かべた男の子は、何かを言いかけて目を閉じたかと思うと、そのまま気を失ったようだった。
幸いと言っていいのか、デュゲ先生に頼まれた品物の中には応急セットも入っていた。
後で買い直さなければならないけど、それを使わせてもらって止血する。
応急手当てのやり方がこれでいいのか、これ以上は、助けたいのにどうすればいいのかわからなくて途方に暮れる。
こんな時、私は本当に役立たずだ。
ずっと甘やかされて育てられたから、経験値が足りない。
誰かにしてもらうのが当たり前で……
不安に駆られて、泥で汚れた男の子の手を握ることしかできない。
誰か呼びに城に戻るべきなのかと思っていると、すぐ真横にストンと人影が降ってきて悲鳴をあげそうになった。
驚きのあまり心臓がバクバクと鳴って、でも、現れたその人が誰かわかって安堵した。
「レアンドルさん」
私達を見下ろすように立っていたのは、レアンドルだった。
「貴女の手助けをするようにと、デュゲから言われました。大丈夫ですか?少し、探しました。デュゲはもう少し説明を付け加えてくれれば楽なのですが」
私に気遣いを向け、次には落ち着き払った態度で足元に横たわる男の子を一瞥すると、
「助けたいのですか?」
それを私に確認してきた。
「はい。この子を助けたい。兵士に追われていたみたいで」
「わかりました」
簡単に返事をしたレアンドルは、躊躇なく自分のローブで男の子を包むと、丁寧な動作で、そして軽々と抱き上げた。
普通なら、貴族令息なら、もうちょっと大切なローブが汚れるとかで躊躇しても良さそうなのに。
「では行きましょう」
「その子、痩せてて軽そうではあるけど、お城まで運べるの?」
「ズルはしています。魔法で多少は補えますので。それと、追っ手の方は大丈夫です。別の場所に誘導しましたから。彼らには申し訳ありませんが」
レアンドルが男の子を抱いたまま移動を始めたから、後ろをついて行った。
「少し急ぎますが、頑張ってついてきてください」
「はい」
レアンドルは私に恨んでいると言ったのに、当然のように手を貸してくれている。
結局、誰かを助けたいと思っても、いつもいつも私は人の手を借りないといけないようで。
悔しい思いを抱きながらも、レアンドルの後ろを一生懸命に追いかけて駆け足で城に戻ると、男の子はデュゲ先生の執務室のソファーに寝かされた。
そしてこの部屋の主は、私達の姿を認めるなり満面の笑みを浮かべていた。
「おめでとう、エリアナ。上々の出来だ!君はまた、奇跡的な幸運を自力で手繰り寄せたようだ」
意味がわからなかった。
「デュゲ先生。勝手に部外者を連れて来て申し訳ありませんが、この子を匿うことってできますか?この子が何をしたのかは知らないけど……」
「簡単なことだ。君の奴隷にしてしまえばいい!」
神々しいほどに綺麗な顔で作り出される笑顔で、耳を疑うような言葉が聞こえてきた。
奴隷って……
「奴隷、人身売買は禁止されていますから!隣国ならともかく、この国では大昔に廃止された制度です!」
「じゃあ、ペットだな。それでどうだい?」
「話になりません!」
まともな会話ができそうにない。
デュゲ先生に比べたら、私の方がはるかにマシな人間に思えてきた。
助けを求めるように、レアンドルを見た。
「孤児の子供を保護すること自体は違法なことではありません。当面は庇護下に置き、身分については追って考えましょう。空き部屋の確認をしてきますので、エリアナさんは彼の汚れを落としてあげてください」
私が視線を向けた途端にそれを答えてくれて、レアンドルがどれだけ頼りになるのか、今初めて理解した。
そして、デュゲ先生は自分が楽しむことしか考えていない。
「痩せこけた捨て犬の世話が、当面の君の任務だよ。エリアナ」
いや、犬じゃないから。
それ、宮廷魔法士じゃなくてもいいから。
デュゲ先生の物言いに、終始呆れるしかなかった。
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