第3話 エリアナ(3)
「侯爵家からの圧に、そして、ニアお嬢様に暴力が振るわれる現状を知り、そして、オスカー様のご両親や領地にも被害が及ぶ為、貴女との結婚を承諾するしかなかったのです」
まだ、アレックスは話し続ける。
知りたくない事実を突き付けてくる。
目を逸らし、耳を塞ぎたくなる事実を。
私が知ろうともしなかったことを。
「前伯爵夫妻は、ご自分達の息子が幸せになることを望んでいました。本当は、貴女との結婚などではなく、ニアお嬢様との結婚を祝福されていました。それが貴女に取って代わって、貴女の顔など見たくあるはずもなく、だから爵位を譲って領地に帰って行かれたのですよ」
私が……私が追い出したわけじゃない…………私のせいじゃない…………私が奪ったわけじゃない………………
自分に言い聞かせたところで、事実は変わらない。
「それともう一つ。宮廷魔法士になりたいと仰られたのは、直前に貴女のお父上よりも年上の貴族男性の後妻になるようにと、ニアお嬢様が言われたことが直接の原因なのですよ」
もう、アレックスの言葉を一方的に聞くことしかできなかった。
だから……ニアは戦場から帰ってこなかった……
帰りたくても、帰れなかったのだ……
私は、ニアへの手紙に何て書いた?
早く帰ってきて、結婚しろって……
自分の倍以上も歳の離れた男の後妻になんか、私だって嫌だ。
ましてや慕っている相手がいたのだから。
私が慕っていた相手を奪ったにせよ、侯爵令嬢のニアにはもっとマシな結婚相手がいたはずなのに、よりにもよってどうして……
「貴女の婚約が決まったあの日、意識を失うまで殴られたニアお嬢様を、お部屋までお連れしたのが俺でした。目を覚まされたお嬢様は、貴女に知らせようとする俺を止めました」
「どうして……」
さすがに二人が愛し合っていたのを知っていれば、私が婚約者に名乗り出ることなんかしなかった。
「貴女とオスカー様が結婚しないのであれば、ニアお嬢様と結婚することを選ぶようなら、オスカー様の事業を手を尽くして潰してやると、貴女の御両親がニアお嬢様に言い放ったからです」
私が伯爵夫人として過ごしてきた二年、ニアはどんな気持ちでいたのか。
どんな気持ちで私の手紙を読んでいたのか。
「私……私……あの子が不幸になればいいなんて、思ったことなんか、ない」
唇がワナワナと震えていた。
そんな事を言ったところで、あの子がことごとく不幸になるようにしていたのは自分の存在ではないか。
言葉を失って立ち尽くしたまま、幾ばくかの時間が過ぎていた。
私が地面を見つめている間は、サワサワと風に揺らされた木々の音しか聞こえてこない。
「ニアお嬢様は、貴女の幸せを願っていました。貴女がニアお嬢様の不幸を願っていないように。俺には、ニアお嬢様から託された事があります。これらのことをお伝えした上で、貴女には今すぐにディエム侯爵領へ向かってもらわなければなりません」
再びアレックスが話し始めたことによって、沈黙の時は終わった。
「どう、して……」
どうして今さら、実家の領地に行かなければならないの。
「貴女の兄君が、貴女を保護する為にお待ちです。そのような手筈になっていました。領地のお屋敷の使用人達は、貴女の兄君の味方であり、雇用人です。ニアお嬢様の助けになるようにと、兄君は少しずつ侯爵家の実権を御自分に任されるように仕向けてきました。こうなった今、エリアナお嬢様がニアお嬢様の代わりにブルーピグ伯爵家に連れて行かれてしまう事態を避けることが優先されます」
「ブルーピグ伯爵家!?ニアの結婚相手って、#あの__・__#ブルーピグ伯爵だったの!?」
現ブルーピグ伯爵は、前王の庶子だとの噂があって、何か問題を起こしても王家はなかなか介入しないで傍観ばかりしている。
伯爵が手をつけた女性達は、妻を含めてことごとく行方不明になっている。
虐待された挙句に殺されたとの噂だ。
そんな男に嫁がされるなら、私だって戦場に救いを求めたくなる。
本当に今さらで、私はどうすればいいのか、ニアを死地に追いやった私が逃げるように領地に向かっていいのか、それを問いかける為にアレックスの顔を見上げた瞬間だった。
突然、背後で空気を切り裂くような悲鳴があがった。
アレックスが警戒を強めて私に近付いたけど、私の周囲では何も起きていない。
何かが起きていたのは、背後にある教会の中でだった。
オスカーを探しに安置所に戻ると、冷え冷えとした空気が辺りを包んでいて、口元を押さえてガタガタと震えている修道女の視線の先に、血を流して倒れるオスカーの姿があった。
棺で眠る青白い顔のニアに、覆いかぶさるように倒れているオスカー。
すでに息をしていないのがわかる。
自らナイフで喉を刺したのか、私の足元にたくさんの血が流れてくる。
立て続けに失われた二人の命を前にして、なんでこんなことになってしまったのか、取り返しのつかないことに、私のせいでしかない状況に、頭が考えることを拒否して、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
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