第27話 2
昨日の自分の判断をこれ程悔いた事はない。自分の部屋に葛城がいる。しかも、裸で。
帰宅してすぐに晴香がシャワーを浴び、その後葛城が入った。葛城が出てくるまでの間に晴香はクッションに頭を埋めてひたすら後悔する。
葛城から提示された三択の中で唯一自分のテリトリーだった物を選んでみたのだが、それは見事に大失敗。己の日常の中に葛城の姿がある。これからこの部屋で土曜の夜の様な事が起きるというのに。
無理、絶対無理、と晴香は呻き声を上げるがそれはクッションが吸い込んでくれた。
初回のアレ、は葛城の部屋であったからこそ帰宅した後になんとか落ち着きを取り戻す事ができた。が、それでも不意に思い出しては恥ずかしさのあまり床を転がりそうになった。それが今回は自分の部屋だ。記憶がこの部屋にも残る。落ち着く暇が無い。
どうしよう、どうしたらいい、と思考が空回る晴香の耳に床が軋む音が届く。葛城がいつの間にか出てきたらしい。恐る恐るクッションから顔を動かせば腰にタオルを巻いただけの葛城がおり、晴香はあまりの衝撃にビシリと固まる。葛城はそんな晴香を事も無げに持ち上げるとベッドの上に転がした。
ぎゃあ、と悲鳴を上げる間にベッドに押し倒されている現状が晴香は理解できない。
「わーっ!? ちょっと!? 先輩!?」
「夜にそんな騒いで大丈夫なのか?」
「うち無駄に壁厚いから防音性高くて」
「ならいいか」
「あーっ! よくない! 全くもってよくないです!! てか服! 服着てくださいよ!!」
「着替えなんてねえよ」
「今日着てたのがあるじゃないですかー!」
「せっかく風呂入ったのにまたあれを着ろって?」
「わ、わたしの服じゃ先輩入らないし」
「まあな。でもいいだろ別に」
「え、わたしの服でですか?」
「違う」
この馬鹿、と葛城の指が晴香の額を軽く弾く。
「着た所でどうせ脱ぐんだし」
「それは」
「あ、後でハンガー貸してくれ」
「それは構わないですけど……って、ちょっ!?」
葛城の髪はまだ濡れている。ちょうどボタンを外され開かれた胸元に滴が落ち、冷たいはずなのに晴香の体にカッと熱が灯る。
「な、なに、を」
懸命に葛城の手を抑えるが、くるりと掌を返されて逆にシーツの上に縫い止められた。そのまま葛城は体を傾け晴香の首筋に顔を寄せる。軽いリップ音に晴香の体は逐一跳ねた。
「こないだのだけじゃ足りなかったみたいだからな」
数回音を立てた後葛城が顔だけを上げる。向けてくる笑顔に晴香の心臓は凍り付きそうだ。
「なにがですかああああこわい! 先輩のそういう顔ほんとうにこわいんですけどー!」
「もう一回お前が誰の彼女なのか教え込まないとだなあ!」
「もうわかってますわかりました大丈夫です今度は間違えませんから!」
「ああそうだったな、それは覚えてたっぽいな」
「ぽい、じゃなくて覚えました! 覚えてます!」
「だから今度はお前の彼氏が誰なのかを覚えさせる番か」
「それも! おぼ、おぼえ、ましたってば!」
「駄目だ。お前がちゃんと分かるまでしっかり教えてやるから安心しろ」
「なにひとつ安心できません……!」
美形の凄味笑いに晴香は本気で泣きそうだ。怖い、怖すぎる。
「先輩服! 服をとりあえずハンガーにかけましょうよ! 皺になっちゃいますってば!」
「自分の心配より俺の服の心配とは随分と余裕だなあ?」
「あー! これまた余計なことを言ってしまったやつっぽい!」
「大正解。前の時は途中からは見逃したけどな。今日は手加減しねえからな」
覚悟しろよ――
色気をふんだんに含んだ笑みと共に発せられる物騒な言葉に、晴香の口からは「ひええ」と言う空気の抜けた様な悲鳴しかでなかった。
覚悟しろと言われて「はいわかりました」だなんて答えられたら苦労はしない。
当然晴香にそんな答えなどできるはずもなく、それどころか覚悟の「か」の字も決まらない間に散々な目に遭った。
自分ですらそうそう触れる事のない場所まで葛城の大きな掌が触れて回った。誰が、どこに、どんな風に触っているのか。それを目を反らさずにきちんと見ろ、と命じられ、少しでも視線を反らしたり目を閉じたりすれば最初からやり直し。より一層しつこく、じっくりと撫で回される。
そんな時間が一体どれくらい続いたのか晴香には分からない。気が付けばぐったりとベッドに沈み、全身で何度も深呼吸を繰り返す。痛みどころか不快感すら無かった。しかし、それ以上に羞恥が凄まじい。世の恋人同士とはこんな羞恥心を乗り越えているのだろうかと謎でならない。いやでもきっと今日のは先輩が意地悪だからこんなひどいことになっただけで、普通の人はこんな目に遭ったりはしていないはず、と徐々に羞恥を怒りにすり替えて晴香は気持ちを立て直す。
しかし、そんな晴香の努力を葛城が暴風並に吹き飛ばしていく。
「晴香」
枕に顔を埋めている晴香の肩に葛城の手が掛かる。え、と思う間もなく肩を引かれ顔を上げると、そのまま顎を持ち上げられた。
唇を塞がれ、そして口の中に液体が流し込まれる。驚きのあまり噎せ返ると、軽く背中を摩ってくれるがそうするくらいなら事前に一言欲しいと思う。ましてや水なら自力で飲めるのに、と恨めしげに葛城を睨み付けるが相手にされない。平然としたまま「まだ飲むか」と尋ねてくるので、晴香は無言で首を横に振る。いつの間にペットボトルなんて用意していたのだろうかと眺めていれば、ベッド下にコンビニで買ってきた袋が置いてあったのでそこから取り出したようだ。葛城はそのまま袋から小さな箱を取り出して中身を開ける。
「輪ゴムじゃねえぞ」
「――わかってますよ!」
中身の小さな袋を口に咥え、腰に巻いたタオルを外そうとした所で葛城は動きを止めた。どうしたのだろうかと見つめたままの晴香にとんでもない忠告が飛ばされる。
「お前初めてだからあんま見ない方がいいぞ」
見ない方が、というのはつまりはタオルの下にある物の事だ。晴香だって好んで見たいわけではないが、翻弄されたばかりの頭はつい余計な突っ込みを入れてしまう。
「え? なんでですか?」
「グロいの平気か?」
「……まさかのPGー18」
「やってることはRー18だけどな」
「いいかたぁっ!」
叫びつつ晴香は顔を背けた。袋を開ける音が微かに耳に届く中、ふと疑問が浮かぶ。
「せんぱい」
「ん?」
「今日も、その……さいごまで、は」
「しない」
「ですよね」
「お前がしていいってなら遠慮なくするけど」
「謹んで遠慮します」
「そこまで即答されると無理矢理にでもヤりたくなるなあ」
言葉の中身は酷いに尽きるが、もちろんそれが冗談であるのは晴香には分かっている。こちらの反応で遊ぶが為だけの戯れ言だ。それにしたって酷いけれども。
「さいごまでしないの、に、どうしてその……つけるんですか?」
覆い被さってくる葛城に素朴な疑問として投げつければ、軽く目を見開いて固まってしまった。あー、と言葉を探す姿も珍しい。いつでも即レス即反応なのに。
「うっかり入ったら困るだろ?」
「うっかり」
あまりの答えに思わずオウム返しになる。
「え、うっかり? うっかりではいっちゃうものなんですか!?」
「うっかり入るしそれでうっかり子供ができたら大変だろ」
「あ、はい」
そうだこれはつまりは最終的にはそうなる行為なわけで、たしかにうっかり妊娠しちゃったら大変ではあるんだけどでもそれってことは先輩とわたしは――?
思考が空回る。なんだかよく分からない感情がじわじわと広がりかけるが、その前に現実からの衝撃が晴香を引き戻した。
「うわ!?」
背中に手を入れられたと思ったらそのまま軽くひっくり返される。
「え? せんぱ」
「お前なんか変なこと考えてた?」
こつん、と額と額が重なる。視界がぼやける程の至近距離に、晴香は今さらながらに鼓動が速くなるのを感じた。
「わ……わかりません」
「なんだよ? 自分の考えだろ?」
「んッ……も、せんぱいのせいで……なに考えてたのかわかんなくなりました!」
ぐい、と葛城の顔を両手を使って下から押し退ける。が、その手をなんなく掴まれて指先に口付けられた。ひえっ、と声を漏らす晴香を葛城は目を細めて笑う。
「それでいい。お前は余計なこと考えるな。ロクなことにならねえし、そもそも考え自体が大間違いってオチになる」
「それはそうかもですけど!」
「考えてもいいけど、一人で結論だけは出すなよ。絶対に俺に確認しろ。ちゃんと全部説明するから」
葛城の垂れ流す甘い空気に晴香は恥ずかしくて死にそうだ。それでもなんとか耐えながら小さく頷くが、攻めの手はこれで終わってはくれない。
「とにかく今は俺にやらしいことされて気持ちいい、ってのだけ覚えてろ」
「わーっ! なんだか今これでイイ感じに終わりそうじゃなかったです!?」
「無い」
「返事が短い!」
「お前の勝手な願望だろうが、それは。そもそもこの程度で終わるならゴムなんて買わねえし付けねえよ」
「あーっ!! もうほんと、先輩の動く十八禁! 発行禁止物!!」
「うるせえ。本を正せば全部お前の自業自得だ」
そこを突かれると反論のしようがない。ぐ、と言葉に詰まる晴香に葛城は殊更笑みを深めると、そのまま「指導」を再開した。
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