しおりさん

山田

映画

 鈴原くんはずいぶん落ち込んだ顔をしていた。彼はいつも自信に満ち溢れた顔をしていたから、私もどうしていいのかわからない。

ちょうど10分ほど前、忘れ物を取りに教室へ入ると、そこには鈴原くんがいた。教室の真ん中ぐらいの席に座っていた彼は、自身を照らす高熱の夕日など気にしていないみたいだった。彼は私に気づくと、ゆっくりとその光のない目だけを動かした。


 私はいわゆる、普通の女の子だと思う。特に秀でているものもないし、日常でなにか突飛なことが起こるわけでもない。強いていえば、少しトラブルに巻き込まれやすいくらい。そんなの、ないほうがいいんだろうけどさ。


「おかしいだろ、」

鈴原くんはその短い髪をわしゃわしゃしながら、吐き出すようにそう言った。夕焼けで鈴原くんの目がギラギラしている。「俺は悪くない。あいつが俺を傷つけたんだ。」と、彼の口から鉄砲みたいに言葉が飛び出す。

どうやら、彼女さんと揉めちゃったらしい。2人でデートの約束をしてたらしいんだけど、当日、彼女が行けなくなっちゃったんだって。彼女さんはお家の用事だったらしいんだけど、鈴原くんは「彼女が浮気してるんじゃないか、」って思ったらしい。それで彼女を問い詰めたら、喧嘩になっちゃったと。

「なんで当日になってキャンセルすんだよっ。家の用事くらいほっぽって来いよ。」鈴原くんはそのたくましい膝で机の裏を蹴り上げる。斜め前に椅子だけで陣取っている私も、机と同じようにビクンっと跳ね上がる。

どうしたもんかなぁ。下手なこと言うと焼け石に水だからなぁ。私は膝に手を重ねながら、石原くんが忘れていった体操着袋に目を逃がした。

気まずい。コアラと一緒の檻に入れられてるみたい。

 すると、私の小鳥のような心を察したかのように、教室のドアが勢いよく開いた。

「翔一!」ドアが開くやいなや、髪の整っている女子生徒がそう叫んだ。彼女さんか? 鈴原くんは背もたれから身体を離し、目に光をためて彼女を見つめた。

「私が悪かったの。ドタキャンなんてするから。私ね、やっぱり翔一と一緒にいたいの。」女子生徒はまるで私なんかいないみたいに口上を始めた。顔を桃みたいに色づけながら、女子生徒は目をうるませていた。

「美香。」そう言って鈴原くんは憑き物がおちたように立ち上がり、机の角にガンガン膝をぶつけながら彼女のもとへ向かった。美香さんっていうんだ。っていうか膝いたくないのかな。

美香さんの目の前に立った鈴原くんは、彼女をその大きな腕でぎゅと捕まえた。「俺が悪かったんだ。ごめん。」鈴原くんはずいぶん神妙な顔になり、美香さんは彼の胸をビショビショに濡らしていた。私はその映画のようなワンシーンを、即席の観客席から見つめていた。


「帰ろう。」ひとしきり映画が終わったあと、鈴原くんはハリウッドスターみたいな顔をしてそう言った。彼女はビショビショになった両頬を上げながら、小さく首を縦に振った。

あれ。これ、解決したの? なんで? 

鈴原くんは荷物を取りにこちらに来た際に、「ありがとな。」とカキ氷みたいな顔をしながら告げていった。教室から出て行く2人の背中に、茜色の夕日が斜めに線を引いていた。私は開け放たれた出入り口を、ひとり薄目を開けて眺めていた。

 まぁ、解決しなんならいっか。私、なんもしてないけど。

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