あの世はつらいよ。極楽浄土で悠々自適… と思ったら、この世に強制送還されたけど、超お金持ちだったから最高かよ!の件

@shizukuchan

第1話 善ポイント獲得のすすめ

 第一章 極楽浄土からの転落




(いやー極楽って本当にあったんだな。働かずして贅沢三昧、きれいなお姉ちゃんに囲まれて呑んで食って寝放題。ゲーセン、カラオケ、テーマパーク、映画館まであるとは至れり尽くせり。金の心配、身体の心配後無用!  これを極楽と言わず何と言う? 良かった~真っ当に生きてきて)



 超一流ホテルの高級マットレスもアスファルト同然に成り下がるほどの極上ふわふわの寝床の上で、幸福の絶頂を満喫しているのは 中間善人なかまよしひと。享年二十九歳。


 平凡な人生を送り、これと言った特徴もない。大した善行もしていないが、若くして命を落としたが故に、悪事に手を染める暇もなく、こうして無事、極楽浄土に入国できたという次第。


 極楽浄土といえば、山紫水明、千紫万紅と表され、桃源郷といったイメージで描かれるだろう。




 それは、そう。確かに美しい世界だ。だが、それだけではない。それだけじゃあ、退屈じゃないか。


 ここは、例えるなら地球の縮図。雄大な自然があり、リゾート地もあれば、大都会もあって遊戯施設もある。通貨がないから、インフレもデフレもない。


(ここに比べると、あっちは地獄だな)


「善人様、封書が届いておりましたわよ」


 着物の襟元を肩まで下げて胸元を露出させた、善人専任の女中が、封筒を乗せた黄金の盆を手に歩み寄る。


「手紙? なになに、まだ何か褒美をくれるって言うの?」


 善人は封筒を手に取り、裏書を見る。


「極楽浄土入国管理局?」


「頑張って下さいね。善人様」


 女中は笑顔を向けるが、ファーストフード店のカウンターで頂くそれのように、まるで心に響かない。


「どゆこと?」





 ―極楽浄土入国管理局―


「お~う。よう来なすった。そなたが、え~っと、中間善人じゃな?」


 二十畳ほどの広間の奥、一段高い場所で老人風情の男が座禅を組んで、帳面を広げている。


「ぷぷっ」


 口を手で覆い噴出しそうになる老人。


「まぁそこに腰をおろしなさい」


 善人は、首を90度回転させて訝しげに女中に問う。


「あの爺さん、誰?」


「口を謹んで下さい。菩薩様です」


 人差し指を唇に当てて小声で制す女中。


「菩薩様……?」


 善人はこの状況を把握できず、頭の中は浮かんだ疑問符に占領されて、思考能力を失っている。


「なんじゃお主。まさか、こっちの世界の説明書読んどらんのかい。入国する時に一式配布されただろうが」


(あぁ、確か、パンフレットだの約款だの名簿だのいろいろ渡されたな。入学式に早速、新品の学生かばんパンパンにされる恒例行事を思い出したよ。そんなもんいちいち見ないっしょ。親に渡して終わりだもの)


 善人は呑気に肘を付いて、掌で顎を支えている。


 この手の反応は菩薩にとって想定内。


「ま、読んだからって何も変わるわけじゃなし……」


「で?」


 ここに呼び出された訳も解らず、人のリアクションを楽しんでいるような菩薩の態度に少々苛立つ善人。


「さて、本題に参りますか。率直に、ズバッとバシッと申し上げます! 本日を持ちまして、中間善人氏の極楽浄土入国ビザが切れま~す」




(………)



「ビザってなんだよ。天国って、期限付きなの?」


「極楽浄土じゃ」


「そんなのどっちでもいいよ。いや、天国が永久だったらそっちの方がいいし!」


「ざ~んね~ん。中間家は浄土真宗」


「意味わかんない。ビザが切れるって、更新すればいいの? 面倒な手続きなのかな? 説明書見ればできる?」


 善人はまだ事態を把握できずにいる。


「ビザが切れたら強制帰国じゃ」


 善人は目を瞑り、一言一句かみ締める。


「きょうせいきこく? って、どこに?」


「あの世に決まっておるだろう」


「あの世って。ここがあの世でしょ」


「こっちではここが『この世』じゃ」


「も~ややこしい。で、そのあの世っていうのは?」


「そりゃ、君がこの世に来る前にいた世界でしょう」


「えっ、えっ、えっ~~~~?」




(うっそぉ~ん)




 正に、晴天の霹靂、驚天動地。


 しばしの沈黙の後、善人は頭を抱えて髪の毛をくしゃくしゃに掻き乱す。



「輪廻転生。っていうやつですか……」


「それは人間が考えた都合の良い言葉。ざっくり言うと、再試験ってところだな」


「再試験?」


「ここに来るには、まず、一次試験合格が必須、落ちれば当然地獄行き。んで、ここでのビザの種類が二次試験」


「ビザの種類って、他には?」


「最低が二週間。今、お主が持っているのがそれで、次が十年、次が百年、五百年、永久とある。当然、ここでの判断で即退場もありますよって…」


「差がありすぎでしょ!」


「ま、最初から永久ビザなんて簡単にはいきませんよ。わしでさえ、一回目は十年で次が百年。三回目でやっと永久ビザ貰えた次第じゃ」


「う~ん。てことは、俺はそんなに素行が悪かったってこと? 俺、結構いい奴だぜ? 人に優しく、波風立てず、をモットーに生きてきたもの」





「そなたの善は」


 手にしていた帳面を捲り朗読を始める菩薩。


「地下鉄で老人と妊婦に席を譲ること七回。青少年ボランティア活動で海岸の清掃一」回。コンビニエンスストアのレジ横の募金箱につり銭を投入十八回、金額にして十八円。転入生の最初の友達になるが二回。後輩のミスを庇うが一回。祖父の墓参りが八回。親孝行は零回・・・」


「わかった、わかったから。ね? いい奴でしょ」




「そなたの悪は……」


 善人の目をチラリと見て、含み笑いを堪え朗読を続ける菩薩。


「寝坊して仮病が十五回。親の目を盗んでテレビゲームに興じること四十回。友達の九十六点のテストを拝借して自分の名前に書き換え母親に見せたが一回。給食で苦手だったプロセスチーズをポケットに忍ばせて帰り道でゴミ箱に捨てたが一回。おっと、教科書の仏像の写真にイタズラ書きをしたな? 千手観音様の手に携帯電話を持たせた…これはけしからんぞ。大人になってからはタバコの路上喫煙二百七十回。そのうちポイ捨て八十回。パチンコでぼろ負けして台を叩くが三十回。ボートレースに負けて選手に暴言を吐くが二十二回。おっと、元恋人に三万円借りて返してないではないか」



「うぅ。もう、やめて。なんか自己嫌悪で生きてく自信なくす。死んでいるけど」


 善人は首をガックリ落として諦めの姿勢に転じる。


「中間善人、中くらいの善い人ってね。変な名前付けてくれたよな、父さん」


善人の頭の中で、映画のエンドロール風に『仮病』『ポイ捨て』『ギャンブル』『借金』という文字が繰り返し浮かんでは消えている。




『コンコン』



扉をノックする音がして、善人は我を取り戻し振り返ると、女中を四人も連れた美女が不機嫌そうにこちらを伺っている。


「遅いよ! 近頃は労働基準法が厳しくて時短のために二人一緒に裁いとるのに、これでは結局倍の時間がかかるではないか~」


 菩薩は面倒臭さを隠しきれない表情だ。


 美女は無言で進み出て、敷かれた座布団に善人の分も重ね、ドスンと尻をつく。


「ブレイクリー美麗。享年二十七歳。某国の人気ファッションブランドの創業者一家に生まれ、幼少期より贅沢三昧のパーティーピーポー。常時二十人を下らないボーイフレンドがいるにも関わらず、クラスメイトの恋人に手を出してはポイ。ミス・コンテストで自分より上位にいた女の髪の毛を掴んでハサミでチョッキン。女中や抱えの運転手を毎日罵倒し、料理人には毎度二十品の料理を作らせ、ほんの少し口をつけては食べ残す。交通違反を繰り返し、あげくマリファナ中毒。死因は薬物の過剰取」


 善人は両手を天に広げ、お手上げのポーズで固まる。


「それでどうして地獄に落ちなくて済んだんだ? そもそも、宗教関係ないの?」


「細かいことは言いなさんな。母親が日系とかでないの?」


「設定守ろうよ…。でもさ、それだけの悪行に勝る善行ってあるのかよ」


「それはな」


「それは?」




「金じゃ」




「金って、まさか賄賂?」


「馬鹿を言うな。この世で金は無価値じゃ。こちらのお方は、有り余る金を慈善団体に寄付しとったんじゃ」


「それって、税金対策とかイメージアップのために会社がやってたんじゃないの?」


「あのねぇ、わしらも全能じゃないの。真意なんて読み取れんから、こちらの名義で寄付されたらこちらの善行ってことでいいの」


「ほんっとに、いい加減だな。それでビザの期限決められたんじゃ、堪らないよ」


「と、いうことで」


 肘置きに寄り掛かっていた菩薩が、ピンと背筋を伸ばし、改まる。


「まずは、これまでの記憶をリセット致します。来世でずる賢く生きられては公正な審判ができんからな」



(そもそも公正じゃねーだろ?) 頭の中で突っ込みをいれる善人。


菩薩が背後にある金庫らしき物体の重厚な扉を開けると、中から派手な色合いのスロットマシンのようなものが現れた。


「それでは粛々と」


手を上げ大げさに振りかざして、左側のボタンを押す菩薩。


善人と美麗は思わず、硬く目を閉じて肩を竦めた。




 …………?


菩薩がくっくっと肩を揺らしている。


「びっくりした? びっくりしたでしょ」


善人と美麗は、子供のようなイタズラで盛り上がる老人を白けた目で見る。


「今のは~ロック解除のボタンでした~。それではいよいよ」


 今度は、地味なアクションで人差し指を右側のボタンの上、二cmの位置に留めた。


「ポチッと」


「菩薩様~ん」 


ちょうどその瞬間、やけに妖艶な天女が肢体をくねらせながら、しゃなりしゃなりと菩薩の傍らに控えた。


「どうした、重大な任務執行中であるぞ」


「如来様がいらっしゃいましたわ」


「にょ、如来様が~? 直々にこちらへ?」


「菩薩様に面会をと」


 菩薩は慌てて立ち上がり、痺れた足を庇いながら広間を出て行く。途中、廊下からドテッと音が響く。


(転んだな)



 ―入国管理局応接間―


豪華絢爛な欄間に金屏風、ふち色が赤と紫の畳敷きの居心地の悪そうな応接間で、如来は座禅を組み瞑想中。


「すんません。お待たせ致しました。いや~直々に如来様が小職をお訪ねとは、一体何事で?」


 菩薩は体を一回り小さくしてヘコヘコ頭を垂れる。


「菩薩殿、妙な噂を耳にしましてね。」





「えっ、いや、その~」


 心当たりが山ほどある菩薩は、しどろもどろにうろたえる。


「3ヶ月前の入国審判で、元ミス・ジャパンの若いモデルに、自身の専任天女になることを条件に永久ビザを発行したとか」


「あ、あ、あのですね。それはまぁ、その、なんとも良い娘でしたもので。良い娘って、そういう意味ではなくて…」


「理由はどうあれ、審判に私情を挟んではなりませぬ。ここではすべて前世の善悪ポイントだけが基準です」


 如来はそれだけを言い残し、そのまま応接間を出て行く。


 この世の最上位階級、如来に、小賢しい性分を見透かされたショックで首を重力に預けて呆然と立ち尽くす菩薩。




(昇進試験、絶望……)




「お待たせ致しました」


 先ほどとは、別人のような神妙な面持ちで静々と入室する菩薩。善人と美麗は、如来様から恩赦が与えられたか、はたまた、急転直下地獄行きを下されたのではないかと、心臓をバクバクさせている。パチスロでボーナス抽選演出を拝んでいるときと一緒だ。そうは言っても、パチスロの場合、前兆演出でほぼ当選、非当選がぼ判るのだが。



「時間がありませんのでね。早速、あの世へ戻って頂きますよ」


「なんだよ。結局なにも変わってないじゃん」


「待たせるだけ待たせておいて失礼ね。」


 善人と美麗の小言も空しく、菩薩は例のマシンの、記憶リセットボタン横に突き出たレバーを下ろした。




                            第二章へ続く


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