第51話 切り札
大将軍ウォーグバダンは視線をフォルスへと移す。
(彼は彼女たちの纏め役。彼もまた、これほどの? いや、彼は魔王シャーレと勇者レムに勝った男。彼女たち以上の実力を兼ね備えているというのか? 雰囲気からそういったものは感じないが……)
再び視線を少女たちへ戻す。
その中でアスカが高らかに勝利宣言を放つ。
「ワシらの圧勝じゃな! しっかし、
「残念ながら」
「選手層が薄いの~。しかも、フィナクルとやらの力を借りてこの程度。シャーレの苦労がしのばれるのぅ。プ~クスクスクス」
アスカは瞳を三日月の形にして、四騎士たちを小馬鹿にして笑う。
肉の焼き焦げた匂いに包まれるドキュノンはこの侮辱に耐えきれず、奥歯から血を流すほど強く噛みしめてアスカを睨みつけた。
「このガキ! ぶち殺してやる!」
「ほほ~、あれだけぼろ負けしても威勢が良いの~。なかなかの根性者じゃ。褒めてやろう。よしよしじゃ」
「うぐぐぐぐ、がぁぁあぁああぁぁ!」
アスカの煽りに神経を逆なでされ、痛みを忘れて雄叫びを上げるドキュノン。
これにシャーレが苦言を呈する。
「やめなさい。裏切り者とはいえ、かつての部下を悪し様に言われるのはあまり良い気分じゃない」
「おっと、そうじゃったな。少々、言葉が過ぎた。すまぬの、ドキュノンとやら」
アスカは手を縦にして微笑みとともに謝罪を述べた。
別に悪気はないが、これもまたドキュノンにとって屈辱。
彼は銀髪を掻きむしり、つめ先を血に染める。
「くそがくそがくそがくそがぁぁっぁ! はぁはぁ、はぁはぁ……こんなところで
彼は
フィナクルを前にして片膝を床につき
フィナクルは厳かな声を漏らし、
『貴様たちの活躍に期待する。だが、万一勇者が戻ってくるようなことがあれば苦労しよう。故に、これを預けておこう』
過去の記憶は今の思考へと返り、ドキュノンはぼそぼそと呟く。
「俺たちだけできっちり完遂する予定だったのによ……フィナクル様の力に頼っちまうことになった。クク、まぁいい! シャーレぇぇえぇぇ! 蹂躙だとかほざいてやがったよな! だがな、こんなもん蹂躙でもなんでもねぇ! てめぇに本物の蹂躙ってやつを見せてやんよ!!」
ドキュノンは懐から黒い六角の形をした水晶を取り出した。
それを目にしたシャーレが目を見開きすぐさま風の刃を飛ばす。
「あれは!? 間に合え!」
「ぐはっ! へへ、おせえよ」
風の刃は水晶を手にしたドキュノンの腕を切り落とした。
腕は宙を舞い、草原へぼたりと落ちる。
腕の先には、五本の指でしっかりと握り締められた黒色の水晶。
その水晶が地面に触れると同時に眩い光を放つ。
放たれた光は天へ伸びて、何かの絵を描く。
それは平面ではなく立体的な三角と四角を幾重にも重ねた巨大な幾何学模様。
その模様の正体をラプユスが口にして、シャーレが中身を答える。
「あれは……召喚魔法陣?」
「ええ、当たり。そして、呼び出されたのは――
シャーレの呼び声に応えるかの如く、巨大な咆哮が戦場を貫いた。
「グァアァァァァァァアァァアアアァ!」
刃と怒号が飛び交う戦場はしばし舞を忘れ、皆が空を見上げる。
巨大な召喚魔法陣から真っ黒な足が見えた。
足には鉄よりも固いうろこが張り付いており、大樹よりも太い。
続く胴も黒に染まり、いかなる刃であろうと傷つけることのできぬ分厚き肉塊が露わとなる。
ゆらりと降りてくる黒の肉は……頭部を見せる。
漆黒の顔にギラリと輝く黄金の瞳。百の命を一度に食らうことのできる巨大な口。
それは大空にとどまり、鋭い
そして、地上を見下ろして、再び咆哮する。
「ガァァァァッァァッァァァァアァ!」
雄叫びは戦場にいる者たちの心を恐怖で縛る。
敵味方区別なく、誰もが純然たる恐怖を前にして全身を震えに包んだ。
そして、世界を一飲みにせんと巨大な
これにシャーレが言葉を見せて、アスカはラプユスの手を引っ張る。
「封じられていた召喚石を持ち出すなんて。しかも、あの
「そんなこと言っている場合ではないぞ! あやつは王都へ攻撃を仕掛けるつもりじゃ。あんなもんぶつけられた日には、王都の結界など紙切れ同然! ラプユス、行けるな!」
「は、はい、きゃっ――!?」
ほとんど返事を待たず、アスカはラプユスの手を握って空を飛翔し、
アスカはラプユスヘ大声をぶつける。
「ラプユス、結界を張り王都を守るぞ! ワシの力も貸す! まったく、せっかく溜め込んだ力を放出せねばならぬとは!」
「え、はい、やってみます。だけど、普通に私もお空を飛んじゃって、今もお空なのに透明な板みたいな地面がある感覚で何が何だかなんですけど?」
「浮遊魔法でおぬしを包んで一緒に空を飛び、足場は磁場をちょいといじって疑似的な地面を産み出してるだけじゃ! そんなことよりも結界! 結界じゃ!」
この間の抜けた小さき二人の姿を目にした
「がぁぁあぁぁぁぁあ!」
「何が、がぁぁあぁ、じゃ! 若造の分際で! ワシが本調子ならば貴様なんぞ小指で消し飛ばせるんじゃぞ!!」
「あの~、古代龍って一万年以上生きてるんですよ。それを若造扱いって……アスカさん、年いくつなんですか?」
「じゃから、乙女に年齢を聞くのはマナー違反と言っておるじゃろ! それよりも
「幸いですかね、それ。とにかく、結界を張ります!」
ラプユスは手にした錫杖を両手で握り締めて前へ突き出し、モチウォンへ
「二つの神の一柱モチウォンよ。そなたの御手は無辺の
――
ラプユスたちの前に水のような透明な液体が
盾となった液体はさらに形を変え、盾の両側に灰の翼を生んだ。
盾と翼には大小様々なゼンマイが埋め込まれており、魔法の盾というよりも機械仕掛けの盾。
アスカはラプユスの背後から今しがた生れ出た盾を見通す。
(液体はただの水ではないな。シリコンオイルを加えてできるER流体? それに何かを混ぜておるのか? これでは魔法というより科学では……トラトスの塔の時も感じたが、この世界は魔導科学を軸に? 魔導科学――科学的価値観に魔導を融合させた技。まぁ、そういった文化圏もまれにあるが――)
ここでアスカはラプユスの力の元を見抜き、黄金の瞳をカッと見開く。
(いや、違う! これは
彼女はラプユスの盾の姿を余すことなく瞳に映す。
(初期宇宙時代の主流技術とは……そうか、この世界は隔絶せし世界。外と交流がないため、かつての主流技術が残っているのか? となると、思いのほか古い世界となるな。最後にこの技術が確認されたのは五十億年ほど前。それもよりも古い世界? ふむ)
アスカは一呼吸挟み、さらに思考を深く沈めていく。
(
頭の片隅に靄掛かったものがある。
(なんじゃ、この記憶は? いかんの~、最近は情報を遮断し整理もおざなりであったため、人のように度忘れが激しくて)
靄に包まれた記憶。それに触れようとしたとき、声が邪魔をする。
「アスカさん! アスカさん! アスカさん!!」
「おお、なんじゃ!?」
「なんじゃ、じゃありませんよ! こんな時にボーっとして! 盾の準備はできましたけど、
「すまぬ、
そう言って、アスカは黄金の風を纏い、ラプユスの盾に神の力である
だが――
「アスカさん、これでも……」
「わかっておる」
たとえ、アスカとラプユスの力が合わさろうとも
龍は巨体を揺さぶり笑う。
「がはははははははぁぁあぁぁ!」
これにアスカは眉を捻じ曲げる。
「まったく、あんな若造如きに舐められるとは! じゃが、これでも初撃は受け止められる。それで十分じゃ」
「え、初撃を凌いでも、続く力の奔流に飲み込まれるのでは?」
「あの小僧の口に集約されている力、見たところ力押しするしか能のない光線のようじゃ。長く生きてあれとは情けないの~」
「その能のない光線でも……」
「な~に、今のワシでも力の流れを操れば方向くらいは変えられる」
「流れを操るって、どうやって?」
「そこはワシに任せておけ」
アスカはラプユスの両肩に手を置く。
「感覚の一部を同調し、おぬしの体を通して魔力の流れを操る。今回はしっかり学ぶが良い」
「よくわかりませんが、アスカさんのお手並みを拝見させていただきます!」
「では、ラプユスよ! 盾を前へ置け! ワシらが背後に置くは、明日を目指して今日を歩む万の命ぞ!」
「はい、如何なる暴虐であろうとも守り切って見せます! さぁ、来い!
小さき者たちの挑戦状。
古き龍は
その中心に集まる黒の球体にバチバチとした電流音が
龍が
線はラプユスの機械仕掛けの盾へぶつかる。
その衝撃で、ラプユスの体は後ろに押されるが、片足を一歩後ろに置き、これ以上下がることを拒絶し、もう一つの片足を前へ伸ばし踏みしめる。
「あ、あすか、さん。もたない……」
「わかっておる。すでに流れは捉えた。ホイッとな」
ラプユスの両肩に手を置いていたアスカは片手を離して、人差し指と中指を揃えて空へ向ける。
すると、黒の線は盾から逸れ、遥か大空の彼方を目標に変え、青の世界へ吸い込まれていった。
背中越しからアスカの力を感じ取ったラプユスは驚嘆に震える。
「魔力の流れ。複雑で捉えどころのない流れの
「なかなか愉快な技じゃろ。ほれ、耐衝撃姿勢の用意を。くるぞ」
「は、はい!」
ラプユスはアスカと自分を包む結界を張る。
それとほぼ同じくして、青空に巨大な閃光が走った。
龍の
閃光が人々の視界を奪い、その数秒後に空から全身を押さえつける衝撃が走った。
爆発による衝撃波は戦場にいる者たちを地面へ張りつかせる。
王都の結界の一部は衝撃によって鳴動し、一部にひびが入る。
もし、この力が空ではなく王都で炸裂していれば……。
だが、それを回避した。一度目は――!
ラプユスは緑の光彩で包まれた黄金の瞳を正面に向けて、顔を歪ませる。
「アスカさん、二度目が来ます。だけど、盾を生むのはもう……」
「ふむ、ワシもせっかく溜め込んだ力がすっからかんじゃ。じゃが、時間は稼げた」
彼女は瞳を下へ落とす。
「またもや、おぬしの力を借りることになってしまったの。フォルス」
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