第4話
激しい衝撃が珠緒の身体の中を走って暴れまわる。珠緒の胸にぶつかったキューブは貫通せず、そのまま珠緒の身体の中を動き回り、やがて安住の地を見つけたかのように鎮まっていく。
しかし、激痛は晴れない。視界が外側から徐々に暗くなっていく。受け身さえ取れずにその場に倒れ込みながら珠緒は、最後にチラリと父親を見た。
「タマオ」
父親の口元は確かにと呟いているように見えたが、微笑んでいるようにも、苦悶を浮かべいるようにも見えた。さっきと同じ奇妙な表情だった。
ボクは気が付いた。どうやらカプセルの中で記憶の波間を漂いながら眠ってしまっていたようだ。日も差さない地下だけに時間の感覚がまるで分からない。一瞬間のようでもあり何日も経ったようでもある。
「さすがに一週間ってわけはないだろうし、一週間だったとしても問題はないか」
ボクの他には誰もいないガランとした室内に、小さな独り言が反響する。
その反響音とともにさらに記憶の糸を手繰り寄せていく。
三つのキューブを体内に取り込んだままのボクは、最初の四千年というもの半覚醒というか、夢見心地な状態った。もちろん外見上は植物人間のようにただ眠っているだけだ。ただ、脳波測定などのために接続されたネットワークからは、遠慮会釈なしに、ボクの脳に情報が流れ込んできていた。
政治情勢や経済の動向、爛熟する文化や娯楽風俗、混沌とした世界情勢や影響力を発揮できない古い宗教……。
よくよく考えてみれば、ボクが生きていた時代が、人間社会の絶頂期であり、すでに衰退への萌芽は見て取れていた。
行き過ぎた個人主義は、やがて個人は国家であり、個々の判断で、個々を運営していくべきものである。他者との関わりは外交であり、干渉は不都合があれば排除しても構わない「個人国家主義思想」とでも呼べる鬼子を生み出すに至っていた。
五十人あるいは百人単位で、しかも社会システムのすべてをその人数で賄えるのならば、確かに間違いではなかったのかもしれない。しかし、膨大に膨れ上がった、歪までも含めた社会を、小さな箱庭には持ち込めない。
結局のところ、不都合は国や行政に委ね、享楽だけが人生の目的となった人々により社会は活力も失い、しかも他に手立てを見出すだけの柔軟ささえ放棄してしまっていた。
先の見えない混沌と、濁った眼をした人々に選ばれた為政者たちもまた、選んだ人々と同族であり、ただダークグレーのスーツに身を包み、ひな壇に座っているだけのマネキンに等しかった。
行政は有益なサービスを市民に提供する機関ではなく、ただ愚痴話に耳を傾けるだけの苦情受付係に過ぎなかった。これは全世界蔓延し、社会は急速に衰退していった。
四千年ほどが過ぎた頃、同時多発的な戦争が勃発。当初は小さな火種に過ぎなかった紛争が、燎原の火のように全人類を巻き込んだ大戦へと発展していった。それはまさにリセットする戦争だった。
時を同じくして、それまで半覚醒だったボクの意識は、徐々に薄暗いものへと変わっていき、情報も途切れがちになっていった。三つのキューブがボクへの侵食を完成させつつあったのだ。
そして目が覚めたのが今から約二年前。
これは覚醒後にカプセルのメモリから分かったのだが、完全に意識を失い、つい最近目覚めるまで二万年ほどが経過していた。
その間、ボクを侵食していたキューブと半ば一体化し、身体は大きく変異していた。本来人間は身体の約七〇%が水分だとされているが、ボクの身体はほとんどが水分で、残りはキューブ本体で構成されている。見た目は半透明の水人間そのものなのだが、体内で生成される硬化皮膜で、外見は普通の人間を装っている。どんな形にも変わり、好きなように変身できるわけではなく、硬化外皮は水人間の外側をごまかすだけで、見た目はボク固有のものだ。おそらく、全世界でボクだけだろうけれども、水人間という呼び名は、どことなしか妖怪じみていて響きも良くない。よって、ボクは自分自身を水人間ではなく、アクエリアスと呼んでいる。
この硬化皮膜は、柔軟さがありながらも超硬度を持ち、伝説のオリハルコンやヒヒイロカネをも凌ぐのではないだろうか。
水の身体も存外便利であり、手足を伸ばせば、等間隔にならんだ水球が数珠状にズラリとならび、いくらでも伸ばせる。おそらく水球の多きさが素粒子レベルになるまでなら、どこまででも伸長が可能だ。つまりそれは、素粒子レベルにまで分解されたとしても、再生可能なのだ。手を剣のような形にもできるが、見た目にも無粋なだけに、あまり好きではない。
この特性と硬化皮膜の防御能力の高さからいって、この世界の誰よりも高い戦闘能力をボクはもっている。唯一対抗できるのはおそらく一人、いや一頭と言ったほうが適切な一種一体のあいつだけだろうが、相性からいってあちらには分がない。体重比であれば圧倒的にこちらの勝ちだろう。今、自分自身で把握している身体の特性はこれぐらいで、まだ何かと隠し持っている可能性も高い。
さて、今回もこれと収穫はなかった。もしかしたら、しばらくは来なくてもいいかもしれないな、などと考えつつボクは部屋を後にした。
部屋の中では全く気が付かなかったが、外は静かで細かな雨が降り、世界全部に霞がかかったかのように真っ白の世界が広がっていた。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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